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ゴブリン討伐戦前夜 親子の戦い

 真っ暗な闇の中を、訓練場の所々に立てられた松明の明かりが照らす。そしてそこでは、ある親子の戦いが行われていた。


 ガツンっ! ガツンっ!


「ふんっ!」

「なにくそっ!」


 上段から振り下ろされるバイマンさんの力強い一撃を、ライはどうにか肩口の手前で剣で受け止める。しかしそれだけで終わる筈もなく、


「ほらほら。どんどん行くぞ」


 バイマンさんの連撃が休む間もなく襲い掛かり、ライは防ぐので手いっぱい。だが、その目はまるで諦める素振りもなく、


「…………今っ!」

「そうだ。それで良い」


 一瞬、それは本当に僅かな隙。おそらくわざと晒されたそれを見逃さず、ライは必要最低限の力でバイマンさんの剣を逸らし、そのまま反撃に出る。


 一撃、二撃、三撃。


 次に守勢に回ったらもうチャンスはないとばかりに、ライは一気にここで決めるべく剣を振るう。しかしそこは流石と言うべきか、バイマンさんは全て軽々と合わせていき、


「はああっ!」

「げっ!?」


 四撃目で下から掬い上げるように剣ごと両腕を跳ね上げられ、ライの胴体はがら空きに。後はそのまま一撃当てて終わり。そうバイマンさんは考えていたのだろう。だが、


 ……スッ。


「むっ!?」


 そこで初めてバイマンさんが僅かに驚きの声を漏らす。ライがその体勢のまま足さばきのみで身体を急に捻り、ギリギリで剣を回避したのだ。


 そうなると後は、互いに体勢を崩した状態からどれだけ早く持ち直すかの勝負。


 腕を跳ね上げられたままのライが振り下ろしの体勢に入るのが先か、バイマンさんが体勢を整えて切り上げるのが先か。


「うおおおおっ!」

「はあああっ!」


 互いに気合を入れて剣を振るおうとした……その時、



「……こんな時間に何をやってるんですか二人共」



 さっきから傍で様子を窺っていた俺の、冷たい声が鋭く響いた。





「あのですねぇバイマンさん。明日は朝早いのに何をやってるんですか。ライもライだ。訓練なら夜中じゃなくて昼間にやってくれよ」

「いやあスマン。いよいよ明日となって支度も終わったのだが、肝心の私自身が最近事務仕事ばかりですっかり身体が鈍ってしまっていてな。これはいかんと寝る前に軽く鍛錬をしている所をライに見つかって。起こしてしまったなら申し訳ない」

「俺も目が冴えちゃって、軽く身体を動かそうと思ったら父さんが居てさ。そう言えば最近稽古をつけてもらってないなと思ってつい声を。……ゴメンって先生。そう怒んないでよ」


 鍛錬も一段落し、二人は汗を拭いつつ並んで近くの足場に腰掛け一休みする。そこを俺がたまらずに苦言を呈すると、二人して照れたように頭を掻いて笑った。この辺りのそっくりさはやはり親子だ。


「あ~あ。だけど、結局父さんからは一本取れずじまいか。前やった時から俺も大分強くなったと思ったんだけどな」

「まあそう言うなライ。実際途中剣を跳ね上げられた時の回避は中々だったぞ。一瞬だったが私が目で追うのに苦労したほどだ。あの技もカイト殿から教わったのか?」

「うん! 咄嗟にやってみたけど上手く行って良かったよ! でも先生がやるともっと凄いんだぜ。なんせ目の前でやられると、一瞬完全に視界から消えちゃうんだ!」


 ライはそう言って俺をキラキラした眼で見ると、バイマンさんも興味深そうにこちらを見ている。別にそこまで凄い事ではないんだけどな。誰だって練習すれば出来るようになる技術だし。


「そうか。最初はライがジュードーなる武術を習うと聞いてイマイチ不安であったが、きちんと身になっているようで何よりだ。剣を振るうにも足腰や歩法は重要だからな。これからもカイト殿に教わってしっかり励むのだぞ」

「おう! オレ、絶対もっと強くなるぞ!」


 そう言って気炎を上げるライだったが、俺は僅かに違和感を感じていた。それは、


「なあライ。前々から聞こう聞こうと思っていたんだが、何故そこまで強くなる事に拘るんだ? この前はゴブリン達にもう負けないためにかと思ったが、それだけにしてはその……何となく違う気がしてね」


 最初は子供の頃によくある英雄願望やその類かと思った。しかし何日も接していれば少しずつ分かってくる。ライのそれは特に理由もなく強さを求めるのではなく、何かはっきりとした目的があって強くなりたいと願っているように見えた。


 目的は人の成長を早める。しかしあまりに早い内からそれだけに邁進すると、それ以外の道が狭まる事も多々ある。


 ライはまだ子供。例え未来の勇者だろうとも、それ以外の道を捨てて良い筈もない。なら、今の内に聞けるなら聞いておこうと声を掛けた。すると、


「ライ。良いのか?」

「…………うん。先生になら良いかな」


 バイマンさんが軽く声を掛けると、ライは少しだけ考えて小さく頷く。そして、


「と言っても、これはそんな大した話じゃないんだ。単なる意地って言うか……母さんとの、約束なんだ」


 そうしてぽつりぽつりとライが話してくれたのは、少し昔の思い出話。数年前に亡くなった、ライとユーノの兄妹の母、エリナ・ブレイズとの約束だった。


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