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ゴブリン討伐戦前夜 眠れぬ者達

 ゴブリンの軍勢による村の襲撃まで……あと1日。


 時間が経つのは早いもので、いよいよ明日の早朝討伐隊が出発する。


 と言っても俺に出来る事は特にない。ライへの指導もこれまでと同じく基礎の積み重ねだ。一日二日でモノになるような都合の良い必殺技などある筈もない。


 まだ少し落ち込んだままのユーノにもさりげなく声を掛けてみたが、相変わらず内面の深い所までは立ち入れていない。こちらもやはり時間を掛けて解決する問題なのだと思う。


 ヒヨリが『まあユーノさんの事はワタクシに任せてくださいな。開斗様はライ君の方に集中ですよ!』と言って毎日話しているので、今はそれを信じるしかない。


 俺はとりあえず指導以外の暇な時に村を見て回り、いざという時の避難経路や重要な場所を頭に叩き込んでおいた。村のどこからでも見える高台や、村人が避難するための建物とか。


 後は、村の万が一の時はヒヨリに動いてくれるよう頼みこんだくらいだ。


 以前森であったように、ヒヨリがボディのモチーフにしたサンライトバットは、モンスターに対して多少の陽動になる音波を放つ事が出来る。また、サンライト日光の名の通り、太陽光を溜めこむ事で緊急時に光を放つ事も出来るという。


 最悪村にゴブリンがやってくるような事があれば、ヒヨリがまた陽動を行えば少しは防衛も楽になるだろう。そう思ったのだが、


『う~ん……まあ良いんですけど、その間開斗様はどうされます? ワタクシ的には“勇者”と開斗様の身の安全が割と優先事項なもので、ユーノさんやライ君と一緒に避難所に退避するとかだとちょっとは安心なのですが』

「その時はその時で、俺に出来る事をするよ。避難誘導とか」

『ま~たそういう事言う。お仕事以外でそんな真面目に頑張ってばかりだと疲れちゃいますよぉ。作戦名いのちだいじにでお願いしますね』

「分かった。(みんなの)いのちだいじにだな!」


 そう言ったら、何故かヒヨリは微妙に引いた顔をしていた。





 そうしてもうすっかり日も落ち、夕食もやるべき事も大体終えて後はベッドに入って休むだけ……だったのだが、


「……眠れないな」


 夜中だというのに目が覚めてしまい、それからどうにも寝付けない。情けない話だ。あくまで戦うのはバイマンさん達なのに、こうして一番楽な立場に居る俺がこんなにも緊張してしまうなんて。


 水でも飲もうと身体を起こして水差しを手に取り、ふとヒヨリが居ない事に気が付く。


 コウモリなんだから夜行性だと思いきや、ヒヨリ曰くサンライトバットは逆に陽の光を定期的に浴びてエネルギーにする仕様上夜は普通に眠るという。それなのに寝床に居ないのは奇妙さを覚えたが、まあそういう事もあるのだろうと考える。


「少し散歩でもするか」


 俺は静かに身支度を整え、ふらりと部屋を抜け出した。


 コツリ。コツリ。


 なるべく音を立てないように歩いてはいるが、それでも夜の静寂の中では廊下に小さく足音が響く。


 普段なら屋敷の使用人の一人や二人とすれ違うのに誰も居ない。それはそうだろう。討伐隊が出発するのは明日の早朝。それに備えて早く寝るのは当然の事。こんな時分に出歩いている俺の方がおかしいのだ。


 何か目的があった訳じゃない。単に少しぶらついて夜風にでも当たれば、自然と昂った気分も落ち着いて眠くなるのではと思っただけの事。なので、


「……ふぅ。何をやっているんだろうな俺は」


 スッと我に返ったというか、こんなことしてる場合ではないと気づいたというか。いくらこんな状況だからと言っても我ながらどうかしている。


 うっかり誰かを起こしてしまっては大変だ。眠れなくても無理にでも布団を被って寝てしまおう。俺は一度かぶりを振って、さっさと部屋に戻ろうとした。その時、



 ガツン。ガツン。



「……んっ!?」


 どこかから、音が聞こえた気がした。何か固い物同士をぶつけ合うような音が。


 ガツンっ!


 まただ。……外からか?


 こんな夜中に一体何が起きているのか? どうにも気になって近くの窓から外を覗く。すると、俺の目に映ったのは、



「ハハッ! 少し見ぬ間に、随分と腕を上げたではないか!」

「それは父さんが鈍ってるからだろ。見てろっ! 今日こそ一本取ってやる!」



 外の訓練場にて、勢いよく互いに木剣をぶつけ合うバイマンさんとライの親子の姿だった。




 ◇◆◇◆◇◆


 一方その頃。


 コンコンコン。


 ユーノの部屋に、小さくもはっきりとしたノックの音が響く。


「……はい? 誰ですか?」


 ここ数日ぐっすり眠れず、目が冴えてしまっていたユーノが扉を開けると、そこには誰も居ない。


 それもそのはず、ノックの音は扉からではなく、外に繋がる窓から聞こえていたのだから。


 ふと気づいたユーノが、ゆっくりと窓を開けるとそこには、


『ど~も! 眠れぬ夜をお過ごしのお嬢様。血のように紅い大人向けジュースはありませんが、代わりに温かいミルクでも飲みながら眠くなるまでお話ししません?』


 器用に湯気の立つミルクの入った容器を抱えつつ、ヒヨリがパタパタ羽ばたきながら笑っていた。


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