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燃え滓の男、ライにユーノの事を頼まれる

 ◇◆◇◆◇◆


『いや~。まさかここまでスムーズに行くとは思いませんでしたねぇ』

「ああ。言ってみる物だ」


 自室に戻った俺は、大きく息を吐いてベッドに腰掛けた。


 つい先ほどとんでもない予言が出た時は慌てたが、これはいくら何でも俺だけではどうにもならないと即座に判断。


 疑われて断られる事を覚悟でバイマンさんに報告したが、調査してくれると言ってくれただけでも御の字と言える。


「しかし……まだ変化なしか」


 予言板を出現させて内容を確認するが、依然としてゴブリンが村を襲うという文章に変化はない。


『このシステムの予言は、起きる可能性が高ければ高いほど早い段階で出ますからね。そう簡単には変えられないという事ですよ。……極論開斗様が勇者を連れて逃げるだけならこれだけ猶予があれば楽勝なんですが』

「却下だ。それだと村が襲われる事実は変わらない」

『……でしょうね。聞いてみただけですよ』


 ヒヨリは困ったもんだと言わんばかりに苦笑する。実際依頼を達成するだけなら勇者、つまりはライを連れて逃げれば良いのだが、短いとはいえこの村に関わった身としてはそれ以外も守りたいと思ってしまうのだ。


『まあ拾える物を出来るだけ拾うのは結構ですけど、本当にいざとなったら……優先するべきものを見失わないようにお願いしますよ』

「ああ。分かってるさ。何が何でもあの子達は守ってみせる」

『……そこは自分の命も加えてほしいんですけどねぇ』





 そうして翌日。昨日の話通り、バイマンさんは早速行動を開始した。


「諸君聞いてほしいっ! 先日我が息子達が襲撃された件を鑑みて、本日よりしばらく森に何か異変が起きている可能性を考慮し調査を行う」


 自身の演説に加えて村の広場に御触れを出し、村全体に事態をオブラートに包んで通達。そして村を拠点としている冒険者、まあこの世界で言う所の何でも屋みたいな職業の方々に森の調査を依頼したのだ。


 そうして紹介されたパーティーの名は『鋼鉄の意志』。冒険者の中でも中堅所であり、バイマンさんとリーダーが知り合いだというそのパーティーは、村人達に見送られながら森へと向かって行った。


「それに伴い、特別な事情がない限り数日の間、森への立ち入りを禁ずるっ! 不便ではあるが、数日程我慢してほしい」


 そして立ち入り禁止は納得のいく処置なのだが、生活の為にどうしても森に入らざるを得ない者に対しては、男爵としての私兵を数名護衛に付けるという徹底ぶりだ。フォローがしっかりしている。


『なんだかんだ名君ではあるんですよねぇあの男爵様。な~んで男爵で止まってるんでしょうか?』

「さてね。能力とは別に政治的なしがらみでもあったんじゃないか?」


 そんな軽口を叩けるぐらいにはバイマンさんの手腕は迅速だったし、周囲に安心感を与える物だった。もうとりあえず俺達の出る幕はないぐらいに。


 あとは調査の結果が出るまで、引き続きライの訓練をしたり村に顔を出して親交を深めるだけ。……と思っていたのだが、


「…………はぁ」


 何故かそのさらに翌日。ユーノが目に見えるほどに気落ちしていた。


 俺がどうしたのかと聞いても大丈夫ですと答えるだけ。仲の良いヒヨリが尋ねても同じ。あまり他人の事情に首を突っ込むというのもよろしくないのだが、なにせ食客の扱いで同じ屋敷に住んでいるのだ。ずっと知らぬ存ぜぬというのもやりづらい。なので、


「ふんっ! ふんっ! …………へっ!? ユーノが何で落ち込んでいるのかって?」

「ああ。ライなら何か知っているんじゃないかと思ってさ」


 訓練場で木剣を振るっていたライを見つけ、休憩がてらに話を聞いてみる事にする。すると、ライは多分だけどと前置きをした上でぽつりぽつりと話してくれた。


「実は……森の散策は何日かに一度のユーノの日課でさ。それがしばらくおじゃんになったからだと思う」

「えっ!? ……それだけか?」

『ユーノさんのお悩みにしてはその……意外ですね』


 ヒヨリの言うように、ここ数日一緒に過ごした限りではユーノはどちらかと言えば自分からガンガン動くタイプではなく、ライにずっと付き合っているというイメージだった。


 森の散策というアクティブな日課が少しイメージと離れていて驚いたが、まあそれくらいなら別段数日の辛抱で落ち込むほどでもないと思うのだが。


 しかし、ライはふるふると首を横に振る。


「最初は3年ぐらい前にユーノが言い出したんだ。山菜なんかを取りに行きたいってさ。でも……それは建て前で、ユーノは何か別の物を探しているみたいだった」


 さらに深く尋ねると、俺達と初めて会ったのもその帰りの事だったという。


『別の物ですか……何かの生き物とか?』

「それが何かは未だにオレにも話してくれない。父さんなら何か知ってるかもだけど。でも、ユーノにとっては今でも探し続けているくらい大切な物なんだ。なら……良く分からないけどオレはそれに付き添うだけだよ」


 そう答えるライの目には、面倒だとか大変だとかそんな気持ちは微塵も見えなかった。


「……そうか。となると、俺からこれ以上口を挟むというのも筋違いだな」


 大切な家族にも話さないような隠し事だ。落ち込んだままなのは気にかかるが、部外者の俺が無闇に聞いていい話じゃない。


「ハハハっ! それも森の調査が終わる何日間かの辛抱だから。それが終わったらまた元の調子に戻るって。……まあ時折で良いから、先生やヒヨリにはユーノの事を気遣ってあげてほしいかなって」

「ああ。分かったよ」

『そのくらいでしたらお安い御用ですとも! どうせワタクシも森への立ち入りを禁止されて手持無沙汰ですし、ユーノちゃんとガールズトークに勤しんじゃいますよ!』


 妹を気遣う兄の頼みを断る筈もない。俺達がそう返すと、ライは顔を輝かせる。


「おおっ! ありがとよ二人共! さ~て休憩おしまいっと。今は剣術の稽古の時間だけど、先生はどうする? なんなら一緒にやる?」

「俺は次の稽古の準備があるんだが……そうだな。横で一緒に素振りをするくらいなら付き合おうか」

「そう来なくっちゃ!」

『ワタクシは近くで応援に徹していますので。お二人共頑張って!』


 そうして、傍からヒヨリの応援時々野次を受けながら、軽く木剣を振って汗を流すのだった。




 ゴブリンの軍勢による村の襲撃まで……あと5日。


 ◇◆◇◆◇◆


「今日も……ダメだった」


 その夜、ユーノは自分のベッドの中で独り言ちる。


 日課である森の散策。怪しまれないよう森の山菜を取るなんて名目でもう何年も続いたそれは、今は父であるバイマンの御触れで止められている。


 一体いつ立ち入り禁止が解けるか分からない。そんな状況にユーノは微かな気落ちと、さらにほんの僅かだけの安堵を覚えていた。


(このままで良い。このままが良い。……でも、いつかはまた探さなくちゃ)


 探したい。探したくない。見つけたい。見つけたくない。知りたい。知りたくない。


 矛盾する二律背反。でもどれも、どちらも本物で。


 そんな思いを胸に秘め、ユーノは今日も眠りに就く。


 そして、彼女はまた時が来れば探すのだ。


 自分が、大切な父や母や兄と、血の繋がった本当の家族ではないかもしれないという……真実を。


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