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燃え滓の男、新たな予言を見る

「アイタタタ」


 ライは痛そうにしているが、きちんと受け身は取れているな。あれだけ練習させた甲斐があった。しかしそれはそれとして、立ち上がらせるべく手を伸ばす。


「大丈夫かい? フェイントを混ぜるのは良かったけど、無理な方向転換でその後が続かなかったな。……今日はここまでにしようか。ユーノっ!」

「はい。兄さん服を捲って。痣になってたら治すから」

「このくらい平気だって。それよりもう少し続きを……アイテテっ!?」


 やせ我慢しようとするライの背中を確認し、肌の青あざが出来ている所に手を当てるユーノ。すると以前最初に会った時と同じく、手から温かな光が溢れ出す。


「いつ見ても凄いな。これが回復魔法か」

「そんなに大したものじゃないですよ。怪我を治すのも限度があるし、わたしには……これくらいしか出来ないから」


 ユーノは穏やかに、しかしどこか寂し気にそう呟く。


 魔法。現代社会では幻想に過ぎないが、ヒヨリ曰くこの世界では確かに実在している能力の一つだ。基本属性土水火風に加え、少し珍しい光と闇の計6属性が存在し、使い手の適性によってさまざまな自然現象を引き起こすのだという。


 実際に一度ライに見せてもらったが、小さいとはいえ火球が掌に現れて、そのまま的に投げつけた時には驚いた。剣術に加えて魔法も出来るなら柔道など必要ないのではと聞いたが、


「オレ魔法は下手くそだから。なら身体を動かすこっちの方が良いや」


 との事だった。まあ向き不向きは誰でもあるだろうな。


 そして回復魔法は主に水と光の属性で使われ、文字通り生物の傷を癒す魔法らしい。こんな物が現代日本に有ったら医療の歴史がひっくり返るが、使い手はあまり多くない上病気や毒はまた別の魔法が必要になるのだとか。


「これくらいなもんか! ユーノにはこ~んな小さな頃からいつも魔法を掛けてもらってるんだぜ先生!」

「それは兄さんが昔っから生傷が絶えないから……ふぅ。出来たよ兄さん」


 自分の胸くらいの所に手をやって笑うライに、ユーノはどこか呆れながら治療を終える。


『へぇ~。そんな小さい頃から魔法を。それはまた珍しいですね』


 そこへ、急に今まで見守っていたヒヨリが口を挟んできた。


「珍しい?」

『ええ。魔法は本人の適性と、それに合った訓練で出来るようになりますから。訓練は基本身体がある程度成長するまでやりませんし、それでも出来るとなると幼い頃に訓練を強行したか……生まれつきとんでもなく才能があるか』

「……ふふ。それは誤解ですよ」


 ヒヨリがどこか意味ありげな視線を向けると、ユーノは首を振って否定する。


「わたしに出来るのは生まれつきこれだけ。他の魔法はどれも使えませんでした。使えたのなら……あの時も兄さんに怪我をさせる事もなか」

「よ~し元気回復っ! さあ先生。早く訓練の続き続きっ! ユーノ達はそこで見ていてくれよな! 今度こそ俺が先生を捕まえる瞬間を」


 話をぶった切る様に、ライがぐぐっと伸びをして立ち上がると俺を急かした。……ライなりにユーノを気遣ったのだろうな。なら、俺もそれに乗っかるとしよう。


「そうだな。じゃあもう一本だけ追加するとしようか。あとヒヨリはそろそろ俺の代わりに調査に行く時間じゃなかったか?」


 元々調査に来ている旅の学者という設定なので、訓練だけしていては不自然だ。なので代わりにヒヨリが毎日森に向かい、調査……と言う名の散策を行っている。


『おっといけない。では皆さん。これにて失礼っ! また後でお会いしましょう』


 そうしてバサバサと窓から森へ羽ばたいていくヒヨリを見送り、今日の訓練を再開した。





 その夜。自室にて俺がバイマンさんに提出する予定の今日の指導内容をまとめていると、


『いや~。中々堂に入った教えっぷりじゃないです? これは案外はまり役かもしれませんね!』

「偶々だよ。どちらかというと、生徒に学ぶ意欲があるから上手く行ってるだけの事だ」


 カラカラと笑いながら、調査から戻ったヒヨリはここ数日の俺達の訓練の様子を語る。実際教科書がある訳でもなく、手探りで教えられているのはライの気質によるものが大きい。


 さらに言えば才能もあったようで、たった数日受け身を練習し続けただけで大分型が様になってきている。そろそろ足さばきの方も教えていく必要があるな。


『それにしても、嗜むだけなんて言って大した腕じゃないですか! これならあの時ゴブリンとまともにぶつかっていても』

「それは無理だ。試合と実戦は違うからね。俺はどこまで行っても生臭い事に縁のないただの日本人だよ。すぐに怯えて動けなくなっていたに決まってる」


 一対一の試合ならまだしも、あれはルール無用の戦いだった。それに、乱戦になればライ達の方に向かって行く可能性もあった。ヒヨリの言うような大した腕なんてものでもないしな。


 しかしこれからどうしたものか。正直言って、今の暮らしが心地良いと思い始めている自分が居る。


 食客扱いされているからというのもあるが、屋敷の人達は礼儀正しく気遣いも上手い。村も少し見て回っただけだが、雰囲気も良いし村人達も善人ばかりだと思う。


 そしてなにより、暫定勇者であるライとユーノの兄妹を近くで見守るというのは……なんというか、心が穏やかになる。


 これからどのくらいこの状況が続くのかは分からない。或いは明日にでもバイマンさんの気が変わり、ここから追い出されるという事があるのかもしれない。


 それでも、もう少しこのまま。この穏やかな日常を過ごしていたいと思っていた、そんな時、


 ビーっ! ビーっ!



 日常が壊れる音がした。



 警告音と共に、半透明の予言板が目の前に出現し、赤文字の文章で迫りくる危険を予言する。その内容とは、


“七日後。この村にゴブリンの軍勢の襲撃有り。死傷者多数。開斗及び勇者、死亡の恐れあり”。


 この村がまとめて被害に遭うという、とんでもない惨状だった。


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