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燃え滓の男、少年少女に村を案内される

「オジサン! 昨日は本当にありがとうなっ!」

「礼はもう昨日聞いたから良いよ。それより無事に治って良かった」


 翌日。朝食の席にて俺は、昨日の今日ですっかり回復したライから熱烈な礼を受けていた。


「へへっ! これくらい余裕余裕! 何なら今日から普段通りに剣の稽古でも……っとと!?」

「兄さん。まだ体力は完全に戻った訳じゃないんだから」

「そうだぞ。医師も今日はまだ激しい運動は控えるように言っていただろう? 大体お前は剣才はともかく自己判断が甘い所が」

「は~い。分かってるよ父さん。ユーノ」


 剣を振るうような仕草をして軽くふらついたライは、ユーノとバイマンさんに窘められて頭を掻きながら自分の席に着く。少し見たら分かるが、家族仲は悪くないようだった。


 そうして和やかに朝食を摂り、大体食べ終わるなという時に、バイマンさんが昨日の俺の待遇の件を切り出した。考えてみれば、ヒヨリと仲が良いユーノはともかく、ライが反対するのならこの話は御破算になる訳だ。それを少しだけ期待したのだが、


「えっ!? しばらくこの家にオジサンが住むの? そりゃあ良いや!」


 何故かライからは好印象。ユーノからも特に反対はなく、ますます逃げ場は無くなった。


「そうだ。折角なので二人共。カイト殿にこの村を案内してあげなさい。……カイト殿。少しこちらに」

「はい。少し頼むぞヒヨリ」

『はいは~い。ごゆっくりどうぞ』


 兄妹がそれを聞いて沸き立つ中、俺はヒヨリにこの場を任せて静かにバイマンさんと内緒話の体勢に入る。


「何でしょうか?」

「すまないが、調査は明日からにして今日は二人に付き合ってはもらえぬだろうか? あの通りライは放っておくとまた無茶をしかねん。ユーノが付いているが、それはそれとして心配なのだ」

「私の案内という名目で休ませたいのですね。了解しました」

「頼むぞ。それにこの村を知る事はカイト殿にとっても悪い話ではあるまいよ」


 やはり息子の事が心配なのだろう。軽く目配せしながらそう言うと、バイマンさんはでは頼んだぞと自室に戻っていった。


「よ~し。じゃあオジサン。早速外へ行こうぜ!」

「だから兄さんってば。カイトさんにも色々と準備があるでしょ。……すみません。出発はカイトさんの都合が良くなってからで良いですから」

「ハハッ。そんなに気を遣わなくても良いよ。むしろこっちが案内してもらう立場なんだから合わせないとね」


 実際俺としても、しばらく村に厄介になるのだから見て回るのは必要だ。そうして幾つかの準備を済ませ、早速俺達は村へと繰り出した。




 さて。一言で村と言っても様々だが、ここは一般のイメージに比べるとやや大きい。広さだけなら村と言うより小さな町が近いか? やはり貴族が治めているともなると違うのだろうか?


 建物の多くは木造式。次いで石材によるものが多い。木材は近くに森があるから良いとして、石材は遠くない所に石切り場でもあるのだろうか?


 そんな所なので、ただ見て回るだけでも新鮮な眺めでそれなりの時間が掛かる。加えて、



「おはようライ。ユーノ」

「ああ! おはよう坊ちゃん方。昨日は災難だったね」

「あっ!? ユーノちゃんだ! 遊ぼ遊ぼ!」


 この通り。とにかく二人が声を掛けられる。それもかなりフレンドリーに接している事から、どうやらバイマンさん本人が言ったように男爵というより村長としての距離感。ひいてはその子供である二人もまた触れ合いやすい立ち位置なのだろう。


 少し歩く度に昨日の件で心配されるのも、この二人及びバイマンさんがそれだけ村人から慕われているという証と言える。厄介になっている家の人達の人柄が良いのは大いに結構だ。……なのだが、



「お~いあんちゃん。あんたが昨日坊ちゃん達を助けてくれたんだって? ありがとうよ!」

「ホントにねぇ。聞けば旅の学者さんって言うじゃないか。何かあたし達に調査で手伝える事があれば何でも言っておくれよ」

「おじちゃん! ありがと!」



 何故か俺まで次々に礼を言われる。ヒヨリは『やあやあど~もど~も! この方がお二人をお助けしたワタクシのご主人様ですよ~』と普通に受け答えするのだが、俺としては気恥ずかしくて仕方ない。パレードじゃないんだから。


 そんなこんなであっという間に時間は経ち、


「……はぁ~」

『あら。だらしがないですねぇ。ユーノさん達は全然息を切らせていませんでしたよ』

「いや、肉体的にはともかく、精神的にどっと疲れが」


 村を半周するだけでもうすっかり昼頃。残りは昼食を食べてからだと、今は屋敷の自室にそれぞれ戻って休憩中だ。


『でもライ君が元気そうで良かったじゃないですか! というか……元気すぎ? 積極的に自分から村人の方々に声を掛けに行くし、あれじゃあ寧ろ』

「元気さをアピールしている……だろ? やはりあの歳でもきちんと教育がされているんだな。個人的には素直に周囲を頼っても良いと思うが」


 人の上に立つ者は、そうホイホイ他者に弱みを見せられないと以前読んだ本に書いてあった。弱みは一部の例外を除き、周囲を不安にさせてしまうからだ。


 なのでたとえ疲れてようが怪我をしていようが、周囲を元気づける為平然としているように見せるという。ライのやっている事は正にそれだ。


『う~ん……まあ一応休めてはいるみたいですし、さりげなくユーノさんも気を遣っているみたいでしたから心配はないかと……おやっ!?』


 コンコンコン。


 ヒヨリの言葉の途中で、扉をノックする音が聞こえてきた。少々早いがもう昼食の時間だろうか?


「はい。今出ますよ」


 俺はゆっくりと扉を開ける。するとそこには、



「オジサンっ! 頼みがあるんだ。オレを鍛えてほしいっ!」



 何故かやる気に満ちた目のライが、出会い頭にそう叫ぶ姿だった。……いや何でっ!?


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