注意! 今回はかなり短めです。
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(ふむ。どうしたものか)
執務室で一人、村長ことバイマン・ブレイズ男爵は、今日の騒動の事を思い返していた。
森の探索は元々娘のユーノの日課であった。自分の意見をあまり出さず、周囲に合わせるタイプのユーノが珍しく定期的に続けているそれを、バイマンは止めるつもりはなかった。
しかし森は滅多に出ないとはいえモンスターの生息圏。昔はバイマンが付き添っていたが、最近は村長の業務であまり付き添えていない。そこへ、
「父さん! 今度からはオレがユーノに付き添うよ! だって兄貴なんだから!」
剣の修行も兼ねて、ライが付き添うようになってからもう一年になる。そしてそれは上手く行っていた。ライの剣才は本物であり、この歳でゴブリンの一、二体程度であれば蹴散らせる程だったからだ。
だが、今日はとんでもない事が起きた。滅多に出ないゴブリンが集団で現れ、ライがユーノを庇って大怪我をしたというのだ。
怪我そのものはユーノが居れば重症にはならない。それでも知らせを聞いた時は平然としているように見えて、内心バイマンも慌てていたほどだ。一日休めば良くなると医師の診断を聞いた時はホッとした。
そして、その疲労困憊のライを背負って森を抜けたのが開斗……なのだが、
(さて。どう扱ったものか)
勿論子供達を助けてもらった恩義はある。しかし身元不明の相手を易々と信じてはいけない程度には、バイマンは立場のある身だ。
礼を兼ねて夕食に招き、その人となりを見ようとしたのだが、話を聞いて余計に分からなくなった。
(旅の学者? またそんな職業詐称の常套句のようなものを。しかし、立ち居振る舞いはそれなりにしっかりしていた)
やや世俗に疎い感はあったが、少し話しただけでも中々の教養人であるとは感じられた。何かしらの学問を修めた者なのは間違いない。おまけに、
(あのサンライトバット。滅多に人前に現れない希少種のしかも亜種をテイムするとは、余程腕か運の良いテイマーという事になる)
他国の密偵という可能性も最初考えたが、この辺りでは珍しい黒髪黒目で派手なサンライトバットを連れた密偵など目立ってしょうがない。
そういう思考をグルグルと巡らせた結果、バイマン男爵の取った行動は開斗を食客として滞在させる事だった。
本当に旅の学者ならそれで良し。調査の間衣食住を提供するぐらい軽い物だし、多少なら協力もしよう。ただの旅人であっても、ちょっとした子供達の気晴らしの相手になればそれで良し。勉学を教えるまでは期待もしていないし、ほどほどに終わったら多少の謝礼を渡して見送れば良い。
(だが、もしも悪意を持って子供達、そしてこの村に近づいたと判断したその時は……斬り捨てる)
という冷徹な考えも秘めながら、バイマン男爵はまずはこれからの動き次第だとまた思考に耽るのだった。
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「まいった。教えるって言っても何を教えれば良いんだ?」
バイマンさんに夕食をご馳走になり、ここを使ってほしいと来客用の部屋に案内されてすぐ、俺は頭を抱えていた。
『そんなの適当に体験談か何かを脚色して語れば良いのでは? どうせ男爵様も本気で何かを教えるなんて期待していませんって』
ベッドの隅の柱に留まり、羽の手入れをしながらヒヨリはどこか投げやりに言う。
まあ理屈は分かる。一体どこの誰が、今日初めて会った他人に大事な子供の勉強を任せるというのか? 何かを教えるなんてただの口実。おそらく俺が学者ではない事を見抜き、しかし手持無沙汰にならないよう礼の意味を込めて簡単な仕事を振ってくれたのだろう。しかし、
「それはそれとして、面倒をしばらく見てくれるって言うんだ。その分の働きはしないとな」
『真面目ですねぇ。まあそこは開斗様のお好きなように。こちらとしてはご依頼を果たしていただければ文句はございません。ワタクシもこの身体で出来る範囲内であればご協力いたしますとも!』
「頼もしいというかなんというか。まあよろしく頼むよ」
そうして、夜は更けていく。