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燃え滓の男、村に少年少女を送り届ける

「こっちです。もう少しですよ」


 俺達はユーノの先導の元、近くにあるという村へ向かっていた。大体の怪我は治ったが、疲労の色が濃く意識を失ったままのライは俺が背負っている。


 森の中ではあるが、時折ユーノはこちらを振り返ってライを心配そうに見つめつつ、ひょいひょいと俺でも歩きやすい場所を選んで迷いなく進んでいく。この動きから見て、ユーノがこの森に慣れているのは間違いなさそうだ。


『ほうほう。ユーノさん達は村長さんのお子さんなのですか』

「はい。お父様は立派な人で、村の人達にも慕われているんですよ! 兄さんも村の子供の中では一番……いえ、大人にだって時々稽古で勝つぐらいの剣の腕前で」


 ヒヨリとユーノはもう打ち解け始めていた。ただこれは見た所、ヒヨリの話の持って行き方が非常に上手いという感じだ。


 歩き出した最初の頃は「普段この森にモンスターは滅多に出ないんです。ゴブリンだって魔物除けの道具を持っていれば全然。それがあんなに沢山だなんて。兄さんが居なかったらわたしは……」と落ち込んでいたユーノだったが、


『成程。じゃあライ君はヒーローですね! その滅多にない大ピンチから、ユーノさんと自分の命を無事守り切ったんですから! なら後は村に辿り着いて、ヒーローの凱旋と洒落込むだけ。そうじゃないです?』と、ヒヨリがポジティブに返した事で少しは気を持ち直したようだった。


 そんなガールズ(?)トークを口を挟む事なく俺が二人を追っていると、


「……うぅっ! ここは」

「起きたのかい? ああ。そのまま負ぶさっていると良い」


 背中のライが目を覚ましたので、俺はなるべく優しくそう告げる。


「……そっか。俺はさっき……ありがとう。今も、さっきの事も。オジサンが乱入してくれなかったら、ユーノを守り切れなかったかもしれない」

「大した事はしていないさ。偶々近くを通りかかったから手を貸しただけ。それもゴブリン達に隙を作ったのはヒヨリで、俺は一体の動きを封じたに過ぎない。残りは全て君が戦った結果だ。妹さんを守ったのもね」


 そう言うと、何故かライは一瞬だけ言葉を止め、


「俺は兄貴だから、妹を守るのは当たり前だよ」

「なら、大人が子供を守るのも当たり前だろう? 礼を言われるほどじゃないよ。さあ。もう少しで着くらしいから、まだ休んでいると良い」

「……分かった」


 そうして進む事しばらく。少しずつ日も落ちてきたなと思った頃、


「見えました! あそこです」


 先頭を行っていたユーノが指差す先。そこには何かの建物が見えた。俺達は遂に村に辿り着いたらしい。





 その日の夜。


「さあさあ。遠慮せず食べてほしい。貴方は息子達の命の恩人だ」

「そうですよ。足りなければお代わりもありますよ」

「ありがとうございます。ただ、本当に“私”は偶然通りかかって少し手助けしただけで」

「その少しの手助けが、間違いなく息子達を救ったのだ。これはその細やかな礼だよ」


 目の前の、ライと同じ鮮やかな赤毛のがっしりとした体格の男。バイマンさんとユーノに促されるまま食卓に着けば、そこには卓いっぱいに並べられた食事の数々。柔らかそうなパンに温かいスープ。その他肉も魚もどかどかと。


 俺はとんでもない歓待を受けていた。それというのも、


『それにしても、ユーノさん達の御父上が爵位持ちのお貴族様とは存じませんでした。ははぁ~』

「ハッハッハ! 爵位と言っても男爵。領地も精々この村とその近隣ぐらい。村人達も半分は男爵ではなく村長さんと呼ぶほどだ。そこまでへりくだる必要はないぞヒヨリ君」


 この通り、ただの村人ではなく、貴族の子息の命を救ったという思わぬ事実がついてきたからだ。


 村に着いてすぐ、お抱えの医師に診せる為ライは男爵家に担ぎ込まれた。しかし問題はその後。突然疲労困憊の少年を見知らぬよそ者が担いできたのだ。警戒されない訳がない。なのだが、


「皆さんっ! この人はわたし達を助けてくれたんですっ!」


 と、ユーノの説明で一気に村人達の態度は緩和。話は瞬く間に広がり、何故かユーノと一緒に俺達も男爵家に呼ばれる事になり……今に至る。


 しかしライが大した事がなくて本当に良かった。医師の見立てでは、一晩ぐっすり眠れば明日には普通に出歩けるようになるという。おそらく彼が件の“勇者”なのだろうな。妹の為に勇気を振り絞る姿などまさにそれだったし。


「これは……美味しいです。本当に」

「そうか! それは良かった。我が家の料理人達も喜ぶだろう」


 世辞ではなく素直に美味しいと述べると、バイマンさんはニカッと顔を綻ばせる。


 最初は異世界初めての食事と思って緊張していたが、食べてみれば意外と舌に合う。微妙に食べた事のない品も幾つかあるが、ヒヨリは特に何も言わないし問題はなさそうだ。


 そうして和やかに夕食が進む中、


「そう言えば、カイト殿はこのような所に何をしに? この村は主要都市からは大分離れているが」

「……あ~。それはですね」


 バイマンさんの何気ない問いに、俺は少々困ってしまう。まさか、お宅のご子息が勇者なので助けに来ましたと言う訳にもいかない。何か丁度良い説明はないかと考えていると、


「お父様。ヒヨちゃんが言うには、カイトさんはエラ~イ旅の学者様だそうですよ」

「学者……すると調査か何かかな?」

「……そんな所です」


 本格的にヒヨリの設定が本当になってきたなと内心思いつつ、俺は曖昧にそう頷く。すると、


「そうか。であればどうだろうか? 調査の間、我が家に滞在するというのは? 客人としてもてなすつもりだが」

「い、いえ。そんな畏れ多い事は。礼ならばこの夕食で充分ですし、宿の場所さえ教えていただければそちらに」

「いやいや。礼というのもあるが、旅の学者というのに少し興味があってな。息子達に少しばかりその見聞した知識を教えてやってほしい。勿論調査の邪魔にならぬ程度で良い。ヒヨリ君もユーノと打ち解けているようだし……どうかな?」


 要するに、客としてもてなす代わりに簡単な家庭教師の真似事をしてほしいという事らしい。……ハハッ。この俺に、よりにもよって教師をしろと? ……こんな俺にか?


「……いえ。折角ですがこのお話は」

『早速明日から謹んでお受けいたしますともっ! お任せくださいませっ!』


 お断りしようとした所に、ヒヨリが勝手に承諾してしまう。おいっ!? 俺が小声でどういうつもりだと問いかけるも、


『良いじゃないですか! なにせこっちは来たばかりで住む家も後ろ盾もなし。それがちょろっとお仕事すればまとめて手に入るんですよ? これぞ渡りに船。乗らない手はありません』

「それは……そうだが」

『なら決まりです。ユーノさん! 明日からよろしくお願いしますね!』

「うん。ヒヨちゃん! カイトさん! よろしくお願いします」

「決まりだな。さあ今日はどんどん食べて英気を養ってくれ!」


 そうして、俺達は勇者の家庭教師の真似事を引き受ける事となった。

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