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「ギイ……グエッ!?」
「……ふぅ。何とか追い払えたか。大丈夫かい?」
俺は暴れるゴブリンを裸締めで締め落としながら、少年達に話しかけた。
正直な話、さっき「今だ(女の子を連れて逃げろ)」と言ったら、何故か少年が逆にゴブリンに突撃したのは驚いた。予定では2人が逃げるまでの間、多少の怪我は覚悟で時間を稼ぐ気だったんだけどな。
しかし少年が1体を倒し、もう1体に痛打を浴びせた事で状況は一転。ゴブリン達も形勢的に微妙だと悟ったんだろう。倒れた仲間を置いてさっさと逃げて行った。薄情というか合理的というか。
「…………うん」
おっと。少年は一言そう答えただけで、剣を下ろす事無くこちらを窺っている。考えてみれば、傍から見て俺は突然乱入してゴブリンを締め落とした男だからな。警戒されても当然か。
怪しい者じゃないと言っても通じないよな。丸腰……なのも素手でゴブリンを倒した時点で安心材料にはならないだろうし。どうしたら、
バサバサ。
そう考えていると、どこからともなく何か羽ばたくような音が聞こえてくる。目の前の二人が警戒を露わにする中、
『どうでしたかぁ開斗様? ワタクシの
そう。ヒヨリである。バサリバサリとわざと羽音を響かせ、俺の肩に堂々と留まる。そして辺りを見渡し、もう近くにゴブリンは残っていない事を確認して胸を撫で下ろす。
『些か予想とは違いましたが、無事上手く行ったようで何よりです。もしよろしければ開斗様。そちらの方々に自己紹介などさせていただいても?』
「あ、ああ。どのみちまだ俺も話していないし」
『そうでしたか! では開斗様の紹介も含めワタクシにお任せを。……コホン』
なんだかどんどん話が進んでいく中、ヒヨリは軽く咳払いして大きく羽を広げる。その純白の姿は、黙っていればそれなりに絵になる物で。
『未来ある少年少女の皆様。ど~もお初にお目にかかります。ワタクシの名はヒヨリ。そちらのエラ~イ旅の学者様である開斗様にテイムされた、しがないサンライトバットでございます。以後お見知りおきを』
そう大仰に一礼しながらとんでもない事を口走った。俺は慌てて小声で確かめる。
「おい。その設定は聞いてないぞ。学者とかテイムとか」
『単なる住所不定無職の旅人より、適当な肩書を付けた方が箔が付いて信用されるってもんですよ! それと、この世界でモンスターは基本他の種族に敵対的。ワタクシのボディも世間一般で見ればモンスターですので、テイムされているという扱いの方が色々好都合ですのでご容赦を』
俺の耳元でひそひそと囁き、ヒヨリは改めて少年達に向き直って名前を尋ねる。少年の方はまだ少し警戒していたが、
「兄さん。この人達なら、大丈夫だと思うの」
「ユーノ…………はぁ。分かったよ」
少女の呼びかけに、少年はゆっくりと剣を下ろし、
「助けてくれてありがとうなオジサン。あと剣を向けてゴメン。オレはライ。こっちは妹のユーノだ」
「えっと、ユーノです。カイトさんでしたよね。助けていただき、ありがとうございました」
少年と少女……ライとユーノはぺこりと頭を下げてくる。会話の流れから察していたが、やはり二人は兄妹だったらしい。
「開斗だ。そこのコウモリが言ったように、一応旅の学者……みたいなことをやっている。それと剣を向けられた事は気にしていないよ。誰だってあの状況じゃ警戒するさ」
そう言って、俺は少しでも友好的な証として握手でもしようと手を差し出す。ライはゆっくりとその手を握ろうとして、
「……あ……れ」
「兄さんっ!?」
そのままその場に崩れ落ちた。ユーノの悲鳴じみた声が響く。
「おいっ!? 大丈夫か!?」
『ちょっと失礼……ふむふむ。全身にそこそこの怪我。おまけに体力の限界だったのに、気力だけで今まで踏ん張っていたご様子。それが緊張の糸が切れて倒れたと。控えめに言って、このままほっとくと命の危機ってやつですね』
「大ピンチじゃないかっ!?」
改めて見れば、服に隠れていたがライの身体にあちこちアザや打ち身が出来ている。もしかしたら骨折しているかもしれない。
マズいな。この世界に来る時に最低限の旅の準備はしたが、それでは応急処置しかできない。それでもやらないよりはマシかと、俺は鞄から包帯を取り出そうとして、
「大丈夫。わたしが、助けるから」
そこに、ユーノがそっとライの怪我に手を近づける。するとその手からどこか温かな光が溢れ出た。
「これはっ!?」
『……成程。どちらかまでは分かりませんでしたが、こちらでしたか』
何かヒヨリが妙な事を呟く中、光は10秒かそこらで治まった。すると驚くべき事に、
「怪我が……治っている?」
「全部じゃありません。流した血も体力もそのままですから。……カイトさん。お願いがあります」
そこでユーノは、さっきよりもさらに深く頭を下げてこう言った。
「どうか、兄さんを助けてください。わたし達の村までで良いですので、兄さんを連れて行くのに手を貸してください。……お願いします」
俺に断る理由はなかった。