「お前、ゾランとエセラインをけしかけただろ」
豪快にソーセージにかじりついて、テオドレがそう切り出した。ルカは鼻をならしてホットウイスキーを啜る。ハチミツを落とした甘いウイスキーは、ウイスキーの風味と良く合う。ちなみにテオドレが飲んでいるのはロックウイスキーだ。
「けしかけたとは、人聞きの悪い。あと、お前っていうの止めて頂けますか?」
「良く言うぜ、タヌキが」
「売り上げ良かったらしいですよ? 私も出版社の人間として貢献出来て、嬉しい限りです。それに、あの二人って――まあ、ゾランは微妙なところというか……鈍いから解ってない感じですけど、エセラインはあからさまでしょう?」
豚肉を繊維が解れるまでぐでぐでに煮込んだ煮込みに手をつけながら、ルカはしれっと答える。鼻歌でも歌いそうな態度のルカに、テオドレはハッと鼻を鳴らした。
「面白がって……」
「面白いでしょう。最前列で観られるんですよ?」
「悪趣味だっつてんの!」
「真面目ですねえ……あ、そちらのチーズの下さい。美味しいです?」
「あ? おら。美味いぞ。酒に合う」
「ん。これはお酒が進みますね。もう一杯行きます?」
「んじゃロック」
「店員さーん。ロックもう一杯とストレート」
料理を頬張りながら、ルカは「しかし」とフォークを突き刺す。
「ろくに一緒に飲んだこともないのに急に誘うから、何事かと思いましたが」
ルカとテオドレは同僚ではあるが、一緒に飲んだことはほとんどない。同じ店の常連だが、相席して飲むことはなく、大抵はそれぞれ勝手に飲んでいる。――周囲の評価はともかくとして。先日、雨の日だったからという理由で、何故か家に誘ってしまったこともあったが――それ以降は特に何もなく、相変わらず『犬猿の仲』というのが、二人に対する周囲の印象だろう。
「なんだよ」
「兄貴風という奴ですか? 冒険者ってそういう感じなんですね?」
「うるせぇなあ……」
最近、テオドレはゾランとエセラインの二人と行動していたことがあったせいか、情が移ったようだ。あまり積極的に他人と関わらないようにしていたように見えたので、ルカは少し意外だった。
(テオドレが他人と親しくしなくなったのは――『宵闇の死神』が原因、なんでしょうね)
相棒を、失った経験が。彼をそうさせているのを、ルカは知っている。だから、ここ最近のテオドレの変化は、良いことのように思えていた。一人で傷を抱えていくのは、辛すぎる。
「ゾランがよぉ……」
ウイスキーを啜りながら、テオドレが気恥ずかしそうに目元を赤くする。
「アイツ、オレのこと怖がってたくせに。最近、話しかけて来るんだよな」
「おや……。やめてください? 狙ってませんよね?」
「バカ言うな! ったく……。コホン。まあ、ちょっと、悪い気はしないってか。色々聞いてくるんだよ。社会面に疎いからって……」
「あー。可愛くなってきちゃったんですね。懐かれて」
「お前は……。いちいちムカつく野郎だな」
「お前はやめてください」
まあ、ゾランが可愛いのは解りますけど。と同意しながら、来たばかりのウイスキーを呷る。
「まあ……。アレだよな。エセラインも、丸くなったよな……」
ポソリ、テオドレが呟く。ルカは無言で、ゾランが来る前のクレイヨン出版社のことを思い返した。
エセラインは、ラドヴァンに連れてこられた青年だった。無謀な冒険者業で、常に命を危険にさらしていた彼を見て、見かねて連れて来たらしい。自暴自棄だったエセラインは、人を寄せ付けない雰囲気と陰があったが、生来は真面目で素直な子だったのだろう。クレイヨン出版社にいるうちに、少しずつ、落ち着いていった。
だが、どこか陰のある雰囲気は長いこと変わらなかった。変化したのは、ゾランが入社した辺りからだろう。
同じ年だとライバル視していたゾランに感化されるように、少しずつ表情が変化していった。笑うようになった。
(そう言う意味では、この人も)
テオドレだって。飄々として見えても、憎まれ口ばかり叩いていても、やはりどこか重たく暗い雰囲気があった。それが、今は薄れている。
「……ゾランは、うちのムービーメーカーですね」
「ま、否定はしないが」
「おや、素直じゃない」
うるさいとでも言うようにソーセージに齧りつくテオドレを目端に入れながら、ルカは店内を眺め見た。普段場末の酒場に入り浸りのテオドレにしては、悪くない店だ。店内は若い客が多く、賑わっている。
「それにしてもテオドレ、あなた良くこんなお店知ってましたね? ちょっと意外です」
「あん? 何だお前、自分で言った癖に見てねぇのかよ?」
「何がです」
首を傾げるルカに、テオドレは得意げな顔をした。なんとなくムカついて、ルカは唇を曲げる。
「これだよ。これに載ってる」
そう言って、テオドレが差し出したのは、クレイヨン出版社が出した第三弾の旅行記『首都カシャロを歩く。新企画・カシャロでお勧めのデートスポット!』である。もちろんルカも目を通してはいるが、細かいところはサラリと流してしまったので店の名前までは記憶していない。
(はあ、なるほど。実際の評判を見に来たわけですか。本当に、素直じゃないんだから……)
そのまま同意してやるのも悪くなかったが、得意げな顔をしたこの男をそのままにするのも癪なので、ルカはわざとらしく驚いて見せた。
「おや。私とデートしたかったんですか?」
「違うわっ!!」
真っ赤になって怒ったテオドレを見て、溜飲が下がるルカだった。
幕間 終わり