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第21話 揺れる心



「いやあ、特別賞とは! やっぱり俺たちのクレイヨン出版社だよな!」


「ああ。もちろんおれは、ねつ造記事なんかじゃないって、信じてたぜ?」


 ガハハと笑いながら新聞を読む紳士たちを眺めながら、ゾランはハァと溜め息を吐いた。『クジラの寝床亭』に集まる男たちの話題は、昨晩行われたカシャロ新聞社賞で持ちきりだ。


「現金だよなあ……」


 呆れながらそう呟いたゾランに、エセラインがカフェオレを啜りながら肩を竦める。


「そんなもんだろ」


 溜め息を吐きつつ、ゾランはサンドイッチに齧りつく。エセラインのいう通り、残念ながらそんなものなのだろう。当事者の人間じゃない彼らにとって、ゾランたちの悩みや憤りなどは関係ない。所詮他人事だ。自分たちの正義感で、クレイヨン出版社を批判していたことなど、もう忘れているのだろう。


「まあでも、良いじゃないか。これでミラに迷惑を掛けずに済む」


「それはそうだね」


 周囲の目が変わったことで、以前のような危険は無くなったと、冒険者ギルドのマスターであるシキが調べてくれたらしい。おかげで、ゾランたちの護衛だった冒険者は撤収し、『クジラの寝床亭』もいつもの平穏を取り戻した。もちろん、今もちょっと怖くはあるが、安全を保障されたことで、気持ちはひとまず落ち着いた。


「それより、色々ごたついたけど、明日のこと忘れてないよな?」


 エセラインの言葉に、ゾランはぐっとサンドイッチを詰まらせた。慌ててコーヒーを呑み込んで、胸を叩く。


「んぐっ……!」


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫……っ」


 ゾランは顔を赤くして、エセラインをチラリと見上げた。エセラインの表情は相変わらず、澄ました様子だ。


(くそぉ……)


 明日は、エセラインとの『デート』である。デートと言っても仕事だし、次の旅行記の企画だ。だから意識なんかしていなかったはずなのに。


『広い空の下で、笑ってるお前が好きだ。だから、怯えて縮こまってる姿は、見たくない』


 パーティーの夜にそう言ったエセラインの言葉の、真意が分からない。『好き』とはどういう意味で、どこまでの意味なのだろうか。単純に好ましい、ということならば、そう言ってもらえるのは嬉しい。だが、エセラインの言葉からは、仄かにもっと深い熱を感じる気がする。


 ――気のせいかもしれないが。


(……自意識過剰なのかな……)


 顔が熱いのをごまかす様に、小さくサンドイッチを口にする。先ほどまで確かに美味しかったはずなのに、今は味が良く分からない。つい最近まで、同僚という以上の感情は、持っていなかった。それなのに、今はどこか落ち着かない。


(これも、ルカがデートなんていうから!!)


 だから、変に意識してしまうんだ。そう思いながら鼻息を荒くする。エセラインの視線は、手元の新聞に落ちていた。菫色の、綺麗な瞳。伏せられた瞼。長いまつ毛。この表情だけ見ていると、ゾランのことなど髪の毛の先ほども、思っていないように涼やかなのに。


(――俺は)


 ぎゅっと唇を噛んで、エセラインを見る。


(俺は、何と言って欲しいんだろうか)


 自分でも、自分の感情が解らない。


 ただ、落ち着かないこの感情が――嫌ではない。それだけが、一つの真実を映しているような気がして、ゾランはまた落ち着かなくなった。











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