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第18話 朗報


 ゾランたちが事務所に戻ると、ルカとテオドレが待っていた。ルカはゾランの顔を見て、ホッと息を吐く。


「何かあったの?」


「いえ、何かと言うほどじゃありませんが……。ゾランは、怖い思いをしませんでしたか?」


「今日は、何事もなかった」


 エセラインの言葉に、ルカが安心した顔で微笑む。テオドレが肩をすくめた。


「ちと、絡まれてな。まあ、追い払ったが」


「えっ! 大丈夫? ルカ」


「テオドレが一緒でしたから。でも、ゾランはもっと怖い思いをしたんだと思って……」


 ルカの表情は暗い。テオドレが一緒じゃなかったら、どうなっていたか。ゾランはゾッとした。


「連続殺人犯のくせに、『宵闇の死神』のヤロウは貴族や金持ちを狙うから、市民にウケが良い。反発が強いんだろうよ」


「……どうして、犯罪者に肩入れするんだろう。いくら被害者が非道なことをしてたって言っても、殺されるのは違うよね?」


「本当に……」


 まして、今のクレイヨン出版社は、嘘をでっち上げたと思われている。どうしても、悪くなるのはゾランたちの方だった。


 重い沈黙を破ったのは、帰社してきたラドヴァンだった。


「ただいま。ああ、全員揃ってるのか」


「ラドヴァン」


「社長。おかえりなさい」


 全員が揃っているのを見て、ラドヴァンが「ちょうど良かった」と切り出した。


「冒険者ギルドに護衛依頼を出してきた。テオドレとエセラインの負荷もこれで減るだろう」


「それは良かったです。集金や買い出しの度にテオドレを連れていくのはさすがに心苦しかったので」


 ルカの言葉に、ゾランも同調する。エセラインは良いと言っていたが、彼の仕事に負担になるのは間違いなかった。


「それともう一つ」


「あん? なにかあんのかよ?」


 テオドレが眉をひそめた。これ以上、悪いニュースが続くのは、正直嫌だった。


「悪いニュースじゃない。むしろ、良い方だよ」


「その割りに、表情が暗いぞ」


「うん……」


 ゾランたちの心配に、ラドヴァンは首を振る。


「ちょっと疲れただけだよ。カシャロ新聞社賞って、知ってるよね?」


「ええ、勿論です」


 カシャロ新聞社賞というのは、王室とカシャロ社が主催となって、年間でもっとも優秀だった記事や、話題になった記事などを表彰する、名誉ある賞である。公平公正をうたっているものの、ブロック紙にスポットが当たることは殆どない。


 大抵は、カシャロ社とオルク社が取っていく。ラウカ社もノミネートはよくされていた。


 ライターならば誰もが知る、憧れの賞ではあるが、クレイヨン出版社には縁のないものだ。


「え? その話題をするってことは……」


 ゾランは信じられない気持ちで、ラドヴァンを見る。ラドヴァンは薄く笑みを浮かべた。


「冒険者ギルドのマスターが、推薦枠を持っているらしくてね。『宵闇の死神』。あの写真の掲載された記事を、推薦してくれた」


「!」


「本当に!?」


「マジかよ!」


「まあ……!」


 ラドヴァンの言葉に、一様に驚く。まさか、自分達にその枠が回ってくるとは。驚きと歓喜に、事務所内の空気が明るくなる。


(これって、一人前の記者に、一歩近づいたってことだよね……!)


 目指す頂きに一歩近づいた気持ちで、ゾランはぎゅと両手を握りしめた。


 エセラインが何かを思い出したように、「そう言えば」と切り出した。


「そう言えば、そのカシャロ新聞社賞の授賞式って――」


「ああ。今週末、なんだよね。駆け込みでのノミネートだから、期待は出来ないけど……」


「今週末!?」


 急な日程に、ゾランたちは喜びが吹き飛んでしまった。これを逃せば一年待つことになる。それよりも、鮮度の良い今の方が良いだろうということだった。


「ノミネートされれば、話題になる。権威のある賞でノミネートされるというのは、あの記事がフェイクでないことのお墨付きを貰えるという意味もある」


「―――そう、か……」


 カシャロ新聞社賞は、後援にバレヌ王室がついている。それだけ、権威のある賞なのだ。これまでも、多くの記事が注目を浴びた。ゾランも記憶にあるが、どの記事も非常に素晴らしかった。肩を並べるというのは、そういうことだ。


「楽観的考えかも知れないが、ある程度噂は落ち着くと思う。本来は記事を書いた記者が行くんだが、あの記事は三人が書いたからね」


『宵闇の死神』を写し出したあの記事は、テオドレが中心となって、エセライン、ゾラン補助に回った。ノミネートされたのはクレイヨン出版社のライター全員ということになる。ラドヴァンは社長なので出席。ルカだけは残念ながらお留守番だ。


「あ、あの~、社長」


 ゾランは恐る恐る、手を上げた。ラドヴァンが視線を向ける。


「なんだい、ゾラン」


「授賞式って、もしかして礼服だったりしますか……?」


 その言葉に、テオドレも顔をしかめる。


「――そう、だねえ?」


 当然、公の授賞式なのだ。礼服に決まっている。


 バレヌ王国での成人男性の礼服と言えば、スリーピースのスーツというのが定番だ。エセラインのようなアカデミー出身者はハーフコートとアカデミーのエンブレムを着けるのが一般的で、B級冒険者以上は通常、ロゼットとマントを身に付ける。


 ゾランの場合は、最低でもスーツを見繕う必要があるのだが、成人してから冠婚葬祭の機会はなく、当然、手元にスーツなどない。


「オイオイ。スーツなんか持ってないぜ」


「……僕は前に着たやつ、入るかな……」


「俺も卒業以来、着てないな」


 ゾランだけでなく、全員不安がありそうだ。ルカがハァとため息を吐く。


「今から作っても間に合いませんよ。四番町に貸衣装屋がありますから、急いで借りに行きましょう」


「さすがルカ。頼りになる!」


 ラドヴァンの称賛に、ルカは呆れた顔をするだけだった。






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