横を歩くエセラインを見上げながら、ゾランは申し訳ない気持ちになる。自分が強ければ、身を守る力さえあれば、こんな風にエセラインに迷惑をかけることもないのに。
「余計なことを考えてるな?」
「う。だって……」
エセラインが肩をすくめる。
「言っておくが、俺が着いてきているのは、心配だからであって、お前が頼りないからでも、力がないからでもないぞ」
「でも、つまりは迷惑だろ?」
「ばか言うな。俺はお前がS級冒険者だったとしても、心配はする。当然だろ」
「――そ、そうなの?」
(ああ、そうか。エセラインは――)
エセラインは、家族を失くしているから。そう思うと、納得する。手遅れになりたくないのだろう。
エセラインにとっては、クレイヨン出版社の人間は、家族なのかもしれない。
「……」
なんとなく、そう思うと、じんわりと胸が暖かくなる。その輪の中に、ゾランをいれてくれているというのが、率直に嬉しかった。
「だったら、俺だってエセラインのこと、心配しても良いよな?」
「ん?」
「なんだか、俺とかルカばっかり、危ないって話をしていたけど、皆だって危ないのには変わらないだろ?」
「ああ――そうだな。狙われているのは、クレイヨン出版社だろうから」
「だったら俺は、エセラインも社長も、テオドレも心配だよ。それに、エセラインはいつも前に立つしさ……」
しゅん、と項垂れるゾランに、エセラインが肩をぶつけてくる。
「なんだよっ」
「その時は、後方支援頼むぞ。せっかくラドヴァンに、魔法貰ったんだし」
「――うんっ」
結局、『火種』の魔法をラドヴァンに渡して、ラドヴァンの持っていた魔法を受け取った。今のゾランは八個の魔法スロット全てが埋まっている。冒険者としても充分やっていけそうな魔法の構成だが、経験もないし魔力も少ないので、あくまでも護身用だ。
「ところで、デートプランのほうは順調なのか?」
「ふふーん。まあ、任せてよ。絶対に楽しませて見せるから。エセラインこそ、どうなの?」
「さあ?」
エセラインは何も言わなかったが、表情を見る限り考えがあるらしい。互いに探り合いながら、旅行記の話題をする。
「あらためて、カシャロって大きい街」
「だな。俺も、今回の件がなければ、歩こうと思ってなかった場所が多い」
「エセラインは――記事が、悪く言われてること、どう思う?」
「……」
ゾランは爪先で、石畳を蹴る。
あの写真は偶然だったが、あんなに悪く言われるとは、思っていなかった。
「難しい。『真実』ってのは、思ったよりも単純じゃない」
「うん。――記事を書くのって、難しいよね」
「それでも俺は――言葉の力を、文字の力を、信じてるよ」
ゾランは、エセラインの横顔を見つめた。
剣ではなく、ペンを取ったエセラインの言葉は、ゾランの胸に深く染み込んでいく。
「うん。俺も、信じるよ」
ラドヴァンも、テオドレもエセラインも、ペンを取った者たちだ。その覚悟を、ゾランは信じている。
暴力じゃない。言葉の力を。
(きっと、真実も伝わるはずだ。今、俺たちが感じている無力さも……)
報われるために、やっているわけではないけれど。いつかきっと、通じるはずだ。そう、信じている。
ゾランは、石畳を踏む足に、力を込めた。
『ヴェリテ・スクへ愛を捧げる。ともに真理を追い続けよう』
手帳に書かれた文字を、思い出す。ラウカも、同じ気持ちだったのだろうか。あれから、ヴェリテとは一度も逢えていない。ラウカ社の秘匿されたメンバーの彼は、消息が掴めない。
今もどこかで、彼なりの戦いをしているのだろうか。いつか
ラウカ、ヴェリテ。二人の記者が追い詰められた記事とは、いったい何だったのだろうか。
(『ボックス』のなかに、その記事が入っているんだろうか)
全ては、憶測に過ぎない。
だが、ラウカが記事を出していないことと、ラウカたちが命を狙われたこと。件の記事が表に出ていないことは、事実だ。
真実がどこにあるのかは、まだ解らない。自分が受け取ったものが、本当はとんでもない爆弾だった可能性は充分にある。
だが、ゾランにとっての真実は、一つだ。
(一人前の記者になる。ラウカの前に立って、恥ずかしくない記者になったら――)
その時は、手帳とともに、『ボックス』を返そう。
ヴェリテ・スクとの約束を守るために。