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第17話 覚悟



 横を歩くエセラインを見上げながら、ゾランは申し訳ない気持ちになる。自分が強ければ、身を守る力さえあれば、こんな風にエセラインに迷惑をかけることもないのに。


「余計なことを考えてるな?」


「う。だって……」


 エセラインが肩をすくめる。


「言っておくが、俺が着いてきているのは、心配だからであって、お前が頼りないからでも、力がないからでもないぞ」


「でも、つまりは迷惑だろ?」


「ばか言うな。俺はお前がS級冒険者だったとしても、心配はする。当然だろ」


「――そ、そうなの?」


(ああ、そうか。エセラインは――)


 エセラインは、家族を失くしているから。そう思うと、納得する。手遅れになりたくないのだろう。


 エセラインにとっては、クレイヨン出版社の人間は、家族なのかもしれない。


「……」


 なんとなく、そう思うと、じんわりと胸が暖かくなる。その輪の中に、ゾランをいれてくれているというのが、率直に嬉しかった。


「だったら、俺だってエセラインのこと、心配しても良いよな?」


「ん?」


「なんだか、俺とかルカばっかり、危ないって話をしていたけど、皆だって危ないのには変わらないだろ?」


「ああ――そうだな。狙われているのは、クレイヨン出版社だろうから」


「だったら俺は、エセラインも社長も、テオドレも心配だよ。それに、エセラインはいつも前に立つしさ……」


 しゅん、と項垂れるゾランに、エセラインが肩をぶつけてくる。


「なんだよっ」


「その時は、後方支援頼むぞ。せっかくラドヴァンに、魔法貰ったんだし」


「――うんっ」


 結局、『火種』の魔法をラドヴァンに渡して、ラドヴァンの持っていた魔法を受け取った。今のゾランは八個の魔法スロット全てが埋まっている。冒険者としても充分やっていけそうな魔法の構成だが、経験もないし魔力も少ないので、あくまでも護身用だ。


「ところで、デートプランのほうは順調なのか?」


「ふふーん。まあ、任せてよ。絶対に楽しませて見せるから。エセラインこそ、どうなの?」


「さあ?」


 エセラインは何も言わなかったが、表情を見る限り考えがあるらしい。互いに探り合いながら、旅行記の話題をする。


「あらためて、カシャロって大きい街」


「だな。俺も、今回の件がなければ、歩こうと思ってなかった場所が多い」


「エセラインは――記事が、悪く言われてること、どう思う?」


「……」


 ゾランは爪先で、石畳を蹴る。


 あの写真は偶然だったが、あんなに悪く言われるとは、思っていなかった。


「難しい。『真実』ってのは、思ったよりも単純じゃない」


「うん。――記事を書くのって、難しいよね」


「それでも俺は――言葉の力を、文字の力を、信じてるよ」


 ゾランは、エセラインの横顔を見つめた。


 剣ではなく、ペンを取ったエセラインの言葉は、ゾランの胸に深く染み込んでいく。


「うん。俺も、信じるよ」


 ラドヴァンも、テオドレもエセラインも、ペンを取った者たちだ。その覚悟を、ゾランは信じている。


 暴力じゃない。言葉の力を。


(きっと、真実も伝わるはずだ。今、俺たちが感じている無力さも……)


 報われるために、やっているわけではないけれど。いつかきっと、通じるはずだ。そう、信じている。


 ゾランは、石畳を踏む足に、力を込めた。


『ヴェリテ・スクへ愛を捧げる。ともに真理を追い続けよう』


 手帳に書かれた文字を、思い出す。ラウカも、同じ気持ちだったのだろうか。あれから、ヴェリテとは一度も逢えていない。ラウカ社の秘匿されたメンバーの彼は、消息が掴めない。


 今もどこかで、彼なりの戦いをしているのだろうか。いつか言葉武器をかざすために、どこかで息を潜めているのだろうか。


 ラウカ、ヴェリテ。二人の記者が追い詰められた記事とは、いったい何だったのだろうか。


(『ボックス』のなかに、その記事が入っているんだろうか)


 全ては、憶測に過ぎない。


 だが、ラウカが記事を出していないことと、ラウカたちが命を狙われたこと。件の記事が表に出ていないことは、事実だ。


 真実がどこにあるのかは、まだ解らない。自分が受け取ったものが、本当はとんでもない爆弾だった可能性は充分にある。


 だが、ゾランにとっての真実は、一つだ。


(一人前の記者になる。ラウカの前に立って、恥ずかしくない記者になったら――)


 その時は、手帳とともに、『ボックス』を返そう。


 ヴェリテ・スクとの約束を守るために。






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