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第16話 冒険者ギルドの提案



「『ボックス』――空間系魔法のひとつだな」


「空間系、魔法?」


 ゾランの話を聞いて、エセラインがそう呟いた。空間系と呼ばれる系統の魔法は、数が多くない。魔法屋で販売されることも少ない、希少な魔法だ。


「いわゆる収納魔法だろう。大きいものだと馬車一台分ほど収納できるらしいが、ボックスという言葉からも、それほど大きくはないだろうな」


 収納魔法の存在自体は、ゾランも知っている。稀有な能力で、利便性はあるものの、密輸出来てしまうという理由から、あまり表だって利用をほのめかす人間は居ない。


「知らなかった」とゾランが呟くと、ラドヴァンがゾランの手を取った。瞳を閉じ、ゾランの魔力を送り込んでくる。魔力の流れが擽ったい。胸の中を覗き込まれているようだ。


「っ……、ん」


 ピクリと肩を揺らすゾランに、ラドヴァンが瞳を開ける。瞳の表面に、魔力の膜が見えた。


「なるほど。『封印』状態。特定のキーワードを使わないと、この箱は開かないようだね」


「キーワード?」


「何が設定されているかまでは解析できなかったけど――ゾラン、ヴェリテから、なにか預かったね?」


「え? っと……?」


「ゾランが受け渡し人に、されたってことですか?」


 エセラインが険しい表情をした。ゾランは何事か分からず、視線をさ迷わせる。


「そこまでは言ってないさ。ただね」


 ラドヴァンはそう言うと、唇を閉じた。重い沈黙を破ったのは、ルカの呟きだった。


「あの当時、ラウカ社が狙われたという原因になったと言われている記事は――結局、公表されていないんです」


「――え?」


 ラウカが掴んだという、『危ない』情報。その情報のせいで、ラウカたちは追われることになった。表向きは刺客をラウカが退け、そして平穏が戻ったとされているが、業界の人間は知っている。ラウカが、記事を出さなかったことを。


「ラウカは記事を出さないことによって、今の均衡を保っていると言われていました。けど……」


「もしかしたら、真実は違うのかもね……」


 ラドヴァンはそう言って、ゾランに視線を向ける。


(もしかしたら、俺は)


 ラウカは、記事を出さなかったのではなく、出せなかった・・・・・・のかも知れない。その記事は、ヴェリテの『ボックス』の中に、厳重に保管されている――。


 ゴクリ、喉を鳴らす。


「まあ、憶測に過ぎない話だ。ラウカに確認したいが、彼も警戒しているだろうし、おいそれと話題に出すわけにもいかない。みんな、この件については慎重になるように」


「解りました」


「解った」


「……はい」


 複雑な感情を押し込めて、ゾランは小さく頷いた。





 ◆   ◆   ◆





 石畳を歩きながら、ラドヴァンは重いため息を吐き出す。カシャロの街の空気はいつも通りで、昨晩、ゾランが襲われたことなど、なかったかのようだ。


 だが、一歩路地を変えれば、どこか漂う緊張感が解る。まるで、今にも水が溢れそうになっている、コップのようだ。


 水面下でなにかが起こっている。そんな気配を感じながら、唇を真一文字に結ぶ。


(出来れば、来たくはなかったけど……。僕の可愛い社員がやられたのに、動かないわけに行かないからね……)


 ため息を吐き、冒険者ギルドの重い扉を開く。


 依頼用カウンターに並び、ラドヴァンは受け付けに書類を提出する。受付の男が、ラドヴァンをチラリと見た。


「護衛依頼ですか? 都市内で?」


「うちの社員が通り魔にやられたので、念のためですが」


 受付は「ふむ」と渋い顔をする。


 依頼自体は、簡単な内容だ。都市内での依頼は、楽な部類だろう。問題は、ラドヴァンが何かを隠している。と、勘ぐられることだ。


 かつてのラウカのように、暗殺の危険がある依頼であれば、受ける冒険者は少なくなる。ラドヴァンとしても、狙われたという確証がないし、大事にしたくないという想いもある。


 だが、エセラインだけに頼るのは無理があるし、ゾランたちを安心させたい気持ちから、護衛を雇うことにした。


 受付の渋る顔に苛立ちながら、返答を待っていた時だった。カウンター奥にある扉からやってきた大男が、受付の手にしていた依頼表を掠めとる。


「護衛依頼だ?」


「――シキ……」


 長身で、引き締まった身体の大男。現役の冒険者と聞いても違和感のないその男は、ラドヴァンもよく知る人物だ。冒険者ギルドのギルドマスター。シキ・マノヒナ。かつてラドヴァンと冒険を供にした、幼馴染みである。


(まさかシキに見つかるとは……)


 出来れば逢いたくなかった人物に、ラドヴァンは顔をしかめる。


「……昨晩の件でってことなら、護衛は出して良いだろう。だが――ラドヴァン、ちょっと来い」


「は――?」


 執務室の方へ促すシキに、ラドヴァンは顔をしかめた。


(……でも、護衛の許可は出してくれたし……)


 それに、シキは昨晩の事件も知っているようだ。私情を持ち出すべきではないと割りきって、仕方がなしに着いていく。


 執務室の机に座るシキに、ラドヴァンは違和感を抱いた。剣を振るう印象しかなかったのに、今ではペンを持つことが多そうな執務室。机には書類が積み上がり、彼が忙しいのが手に取れる。


「……」


 何から切り出せば良いか解らず、ラドヴァンは押し黙った。陰鬱な表情に、影がさす。


「襲撃されたのはゾランか。一応、彼も冒険者だからな」


「ああ……」


 そういえば、エセラインがゾランを登録させたと言っていた。冒険者ならば、同じ冒険者を守るのは違和感がない。冒険者は相互互助だ。


「護衛は構わん。だが、期間はいつまでにする? 根本が解決しなけりゃ、なにも変わらないぞ」


「……解ってるよ。でも、まずはゾランの安全を護りたい」


「随分、買ってるな?」


 皮肉なのか、シキはそう言ってクッと笑う。歪められた顔に、ムッと唇を結んだ。


「だから?」


「喧嘩腰になるな。『海鳴り』を譲ったようだから、気になっただけだ」


(そんなことまで知っているのか……)


 ラドヴァンは唇を曲げる。愛用だった杖を譲ったのは、他意はない。ゾランには剣やナイフは難しかろうと、鈍器として渡しただけだ。だから、効果の説明もしなかった。


「社員だからね」


「……そうか。それで、解決のアテはあるのか?」


 そう問われ、黙り込む。


 発端は、『宵闇の死神』の写真だったと思う。あの写真が偽物ではないかという憶測から、クレイヨン出版社の評判が、転がるように落ちていった。


 信頼を取り戻すのは難しい。真実の証明もまた、難しい。


 人は、自分の信じた正義を信じるからだ。


「……ほとぼりが冷めるまで待つしか、ないだろ。僕たちに出来るのは、信頼を得ることだけだ」


「悠長な話だ」


 シキの言葉に、苛立ちが募る。お前に何が解る。そう詰めたくなった。


(けど、それじゃ八つ当たりだ)


 怒りをグッと堪え、言葉をのみ込む。悔しいが、シキの言っていることは間違っていない。


「……長期の護衛は難しいって話?」


「そうじゃない。……ラドヴァン」


「なに」


 冷たい口調で返事してしまって、思わず手で口を覆う。シキの瞳が、哀しげに見えた。


(なん、だよ……)


 ザワリ、胸がざわめく。


(僕を、パーティーから追い出したくせに)


 ラドヴァンとシキが一緒に戦っていた頃、二人は最強の仲間だと信じていた。パーティーが大きくなって、仲間が増えても、それは変わらないと思っていた。


『お前をパーティーから外す』


 そう言われた日を、忘れてはいない。ショックで、それ依頼、シキの元から去った。そのまま、逃げるように冒険者を辞め、出版社を立ち上げた。


 スキャンダルを書いてやると、復讐心から息巻いたが、結局ラドヴァンは冒険者に関する記事を、一度も書いていない。シキと向き合うことから、逃げたのだ。


 本当は、シキから何度も、話がしたいと連絡があった。だが、何も聞きたくなくて、背を向けた。


 今では出版社はラドヴァンの居場所になって、後悔することはなくなったが――。


 あのまま、シキの背中を追いかけていれば、何か違ったのだろうか。出版社の社長などやらずに、一緒に世界を駆け巡っていたのだろうか。


(わからない)


 わからないが。ただ、モヤモヤだけが胸に残る。


「俺は、冒険者ギルドのギルドマスターだ」


「知ってるよ、そんなこと……」


 なにが言いたいのか解らず、顔をしかめる。


「先に言っておくが、『宵闇の死神』については俺たちも思うところがある。アイツのせいで冒険者を何人も失い、辞めた者もいる」


「……」


 辞めた冒険者というのは、テオドレとエセラインのことだ。彼らを引き抜いたことにたいしての文句ではないようだが。


「だから、テメェのとこですっぱ抜いた記事には、多少愉快な気持ちでいる」


「――」


 ニマリと笑ったシキに、ラドヴァンは目を丸くした。


(こんな顔――久し振りに、見たな……)


 ザワリ、胸がざわめく。これは、郷愁だろうか。


「……それで?」


「提案だ。飲む飲まないはお前に任せる。ただ、お前だから、こんな話をしてる訳じゃない。あくまでも、冒険者ギルドのギルドマスターとしての、公平な立場からの提案だ」


 回りくどい。そう思いながら、シキの話を待つ。


 ラドヴァンはシキの言葉に、目を見開き、呆然とシキを見つめ返した。





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