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第14話 身を守るために



 衛兵による事情聴取を終えて、クレイヨン出版の事務所に戻ったときには、時刻は十二時近くになっていた。結局、証拠がないため、ゾランを襲った男は強盗として手配されることになったようだ。


「ゾラン、聞いたよ!」


「大丈夫ですか?」


 事務所に戻ると、深夜だというのに、ラドヴァンにルカ、テオドレまでが待っていた。みんな、ゾランが襲われたのを伝聞で聞いて、残っていたらしい。


「大丈夫。治療院で診て貰ったし、思ったより浅かったから」


 そう言って、包帯の巻かれた手を見せる。


「もう知ってるのか。早いな」


「アムステー出版のマルコが教えてくれたんだ。彼は耳が早いから」


「ああ……」


 マルコの名前に、エセライン顔をしかめた。テオドレが「ネタにされるだろうな」と肩を竦めた。


「とにかく、無事で良かったぜ。いきなりブスリ、じゃたまったもんじゃないからな」


「縁起でもないことをいわないで下さい」


 テオドレの軽口に、ゾランも苦笑する。運が良かった。


「縁起でもないじゃねぇ。現実だ。やっぱり、噂を放置してんのが不味いだろ、ラドヴァン」


「……そうだね」


 テオドレに言われ、ラドヴァンは苦い顔をした。


 話によれば、『宵闇の死神』の写真が捏造だという噂が、肥大しているらしい。クレイヨン出版が書く記事が、デタラメだと、悪い噂が出回っているようだ。


 特に、最近難民問題を扱った記事が、難民地区で酷い噂になっているらしかった。


「どうも、記事を読んだわけではないらしい。憶測で、追い出そうとしてるとか、そう言う風に言われてるらしいな」


「え……? むしろ難民に支援が必要だとか、そういう内容だよね。なんでそんな……」


「残念ながら、記事を読まないかたも一定数いて、その方たちは見もしないで内容を決めつけることがあるんです」


 ゾランは愕然とした。勝手な憶測で、そんなことになっていたとは。


「オルク社あたりの記事は、難民に反対だ。あそこの客層は富裕層が多いからな。そのせいもあるだろう」


 報道は本来、中立にたって書かれなければならない。だが、そうならない現実があるらしい。ゾランはその話に、眉を寄せた。


「『宵闇の死神』による報復とは、考えにくい。恐らくは難民地域の暴徒だと思うよ」


 ラドヴァンの言葉に、ゾランは重々しく頷いた。『宵闇の死神』と対峙して、なんとなく誰かを使って人を害しようという存在には、見えなかった。なにか、確固たる意思をもって、そこにいるのだと、感じさせる。


「とはいえ、社員の身の安全が第一だよ。ゾランには悪いけど、しばらくの間は、取材で遅い時間にならないようにしてくれるかな。どうしてもというときは――」


「俺がついていきます」


 エセラインが名乗りを上げる。


「エセライン、それじゃ、お前の仕事が……」


「いや、ゾランの安全が優先だよ。悪いけど、エセライン。しばらく頼むよ。ルカは、テオドレに頼めるかな」


 ルカも、この中では戦力に乏しい。テオドレは眉を上げて唇を結んだ。不服そうだが、提案は呑むようだ。


「でも、根本的な解決にはならないですよね……」


「それについては、僕も伝を当たってみるよ……。それと」


 ラドヴァンがゾランの方を見た。


「ゾラン。僕の魔法を譲渡するよ。こう見えて、元冒険者だからね。それなりにストックはあるんだ」


「社長の魔法、ですか?」


「僕のロールはね、いわゆる支援魔術師。自身や仲間の強化、敵の弱体化なんかに特化してるんだ。きみのその、『海鳴り』とも相性が良い」


「そう言えば、この杖……。なにか、特別なんですか?」


 武器や防具に名前がついているのは珍しい。特殊な効果があるということの証明でもある。


「『海鳴り』はね、効果を拡げる作用があるんだ。強化魔法なら、僕の場合パーティー全体に強化がかかる。ゾランはランク2魔法使いだから、そこまでの効果はないと思うけど……」


 ゾランの魔力でも、三四人なら一気に魔法がかかるらしい。ラドヴァンは魔力量が多いらしい。


「そんなに凄い杖だったんですか……」


 怖じ気づくゾランに、エセラインも頷いた。エセラインから見ても、効果の高いアイテムだったようだ。


(これを鈍器としてくれた社長って……)


 ちょっとずれてるな、と想いながら、口にはしなかった。


「身を守る『結界』と、逃げるのに役立つ『加速』、防御力を上げる『鉄壁』。それから『鈍足』、『盲目』あたりを譲渡したいんだけど……」


『鈍足』は文字通り、対象の足を遅くする魔法で、『盲目』は一時的に対象の視野を塞ぐ魔法だ。支援魔術師を名乗るだけあって、ラドヴァンの魔法は攻撃的なものはない。敵を倒す自信がないゾランには、丁度良いだろうとエセラインとテオドレも頷く。使う機会がないのが一番だが、あれば安心であるのは間違いない。


「あっ、俺のスロット、あと四枠しか……」


「あれ、そんなに埋まっていたか。何か譲渡しても良い魔法はあるかな」


「えーっと、俺の魔法は『火種』と『水滴』、『光』と――……」


 そこでゾランは、一呼吸置いた。


 ゾランにとってこの魔法は、利用価値は全くない。何と言っても、使うことが出来ないのだから。だが、大切な魔法だった。ゾランにとって、これは『約束』であり、『誓い』であった。


「あと一つは、使えない魔法で……」


「使えない? どういうことだい?」


 ラドヴァンの質問に、ゾランはことの始まりから、語ることになったのだった。







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