(デート……。デートかぁ……)
ベッドに寝転がって、ゾランはため息を吐き出した。屋根裏の天井を眺めながら、悩みを吐き出すのは、この街に来てからいつものように行っているが、今日ばかりはそれが、いつもと違う気がする。
天井近くにある小さな窓から、星明かりが見える。今頃、エセラインも同じ星を見ているかもしれない。何故かそんな風に思ってしまった。
◆ ◆ ◆
「デートっ?」
『ゾラン、エセライン。あなたたち二人で、デートしてきなさい』と言ってニマリと笑ったルカに、ゾランは戸惑って声を上げた。するとルカはゾランの反応に、ハァとため息を吐いて首を振る。
「色気のない返事ですねえ。デートですよ。もっとウキウキしてください」
「いや、だって、その」
しどろもどろになるゾランに、ルカはピンと人差し指を立て、「良いですか」と切り出す。エセライン方はなにを考えているのか、じっと黙ったままだ。
「別に何の問題もないでしょう? それに、二人の関係なら、ちょうど良いじゃないですか」
「ちょうど良い?」
「出身地が違うから、深くは知らない。でも全くの他人じゃない。友人に出が生えた程度の関係で、お互いに憎からず想っている。初デートにはちょうど良いと思います」
「う」
初デートという単語の生々しさに、ゾランはギクリと肩を揺らす。恥ずかしくて、変なことを口走りそうだ。
戸惑っていると、エセラインがゾランの服の裾を引っ張った。なんだ? と振り返ると、エセラインが渋い顔をしている。
「な、なに?」
「俺とでは、不満か?」
「え――」
「……嫌そうだ」
顔をしかめてそう言うエセラインに、慌てて首を振って否定する。
「いっ、いや、そんなことっ! むしろ嬉しいよ(!?)」
言っておいて(嬉しいってなんだ?)と疑問に思いながら、言ったゾランに、エセラインがホッとした顔をした。
「そうか。なら、良かった。俺も嬉しい」
「うっ、うんっ」
菫色の瞳が柔らかに微笑むのに、ドキリと心臓が脈打つ。心なしか、頬が熱い。
二人の様子を見ていたルカが、「良かったです。それじゃあ」と手を叩いた。
「では、プランを考えて、来週デートしてみて下さい」
「ら、来週か……」
「お互いにデートプランを考えて来るんだな?」
「そうです。ちゃんと『デート』だと思って作ってくださいね。同僚と遊びに行くんじゃないですからね」
しっかりと釘を刺され、ゾランはドキドキする心臓を、無意識のうちに押さえたのだった。
◆ ◆ ◆
「デートかぁ……。ミラに聞くわけにも行かないし……」
手帳をめくりながら、デートプランのことを考える。世の中の恋人たちは、どうやってデートしているのだろうか。やはり、どこに行こうか頭を悩ませ、何をしたら良いか真剣に考えるのだろうか。
「ミラが悩むのも解るなぁ……」
エセラインとデートする。そう考えて、ぼわっと顔が熱くなった。手で顔を仰ぎながら、首を振って気恥ずかしさを追いやる。
(エセラインはカシャロ出身だもんな。有名どころは知ってるだろうし……)
ゾランが誘うなら、美味しいケーキが食べられるカフェだろう。食事だって、美味しいところが良い。ちょっと気張って、普段は行けないお店に、行ってみるのも良いかもしれない。
(エビ料理の店はエセラインと行ったことがあるし……。バターカップケーキの店はエセラインも知ってそう……)
思い付く候補は既に行ったことがあるか、知っていそうだった。食べ物だけでも大変なのに、どこか観るとなったら、もっと大変だ。
(美術館が好きなのは知ったけど、俺、詳しくないし……)
ゾランも絵を観るのは好きだが、詳しくはない。きっとエセラインは、家で絵画も扱っていただろうし、解説出来るほどにくわしいかも知れない。そんな相手を美術館に誘うのは、少々ハードルが高いというものだ。
「ああ、本当に、デートって大変なんだ……」
ため息混じりに手帳を放り投げる。パサリ、ベッドに転がった手帳が、そのページを開いた。
「あー、どうしよう! ……ん?」
そのページには、かつてゾランが生活欄の記事を書くために取材した場所が、細かく整理されていた。手を伸ばし、取材メモを確認する。
「あ、これ……。ボツになったネタ」
当時はあまり面白くなさそうだと、ボツにしてしまったネタだ。今見ると、どうしてボツにしたのか解らない。ちゃんと、面白い場所なのに。
(捉え方が変わったから、そう思うのかも……)
パラパラと取材メモを確認する。ゾランがこの街に来て、足で稼いだ取材メモだ。その数は膨大で、内容も多岐にわたる。
(そうだよ。誰よりもこの街を、足で歩いて来たじゃないか)
取材して歩いた場所は、カシャロ中にある。誰も行かないような路地裏も、廃墟に見えるような場所も、寂れて、営業しているか解らないようなパン屋も、ゾランは自分の足で探し歩いて来た。
その自負が、ゾランにはある。
きっと、エセラインも知らないような場所を、ゾランはたくさん見てきたはずだ。
「よしっ……!」
気合いを入れ、ゾランはベッドに座り直すと、手帳を拾い上げた。ゾランのネタの書き出しは、ラウカの手帳を参考にして来た。だから素人だったゾランの取材メモは天才ラウカに匹敵するほど、細かく書かれている。
(よし、デート特集、成功させるんだ)
全ては無駄じゃない。そう想いながら、ゾランは夜更けまで、手帳をめくったのだった。