目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第12話 気合いをいれて




(デート……。デートかぁ……)


 ベッドに寝転がって、ゾランはため息を吐き出した。屋根裏の天井を眺めながら、悩みを吐き出すのは、この街に来てからいつものように行っているが、今日ばかりはそれが、いつもと違う気がする。


 天井近くにある小さな窓から、星明かりが見える。今頃、エセラインも同じ星を見ているかもしれない。何故かそんな風に思ってしまった。




   ◆   ◆   ◆




「デートっ?」


『ゾラン、エセライン。あなたたち二人で、デートしてきなさい』と言ってニマリと笑ったルカに、ゾランは戸惑って声を上げた。するとルカはゾランの反応に、ハァとため息を吐いて首を振る。


「色気のない返事ですねえ。デートですよ。もっとウキウキしてください」


「いや、だって、その」


 しどろもどろになるゾランに、ルカはピンと人差し指を立て、「良いですか」と切り出す。エセライン方はなにを考えているのか、じっと黙ったままだ。


「別に何の問題もないでしょう? それに、二人の関係なら、ちょうど良いじゃないですか」


「ちょうど良い?」


「出身地が違うから、深くは知らない。でも全くの他人じゃない。友人に出が生えた程度の関係で、お互いに憎からず想っている。初デートにはちょうど良いと思います」


「う」


 初デートという単語の生々しさに、ゾランはギクリと肩を揺らす。恥ずかしくて、変なことを口走りそうだ。


 戸惑っていると、エセラインがゾランの服の裾を引っ張った。なんだ? と振り返ると、エセラインが渋い顔をしている。


「な、なに?」


「俺とでは、不満か?」


「え――」


「……嫌そうだ」


 顔をしかめてそう言うエセラインに、慌てて首を振って否定する。


「いっ、いや、そんなことっ! むしろ嬉しいよ(!?)」


 言っておいて(嬉しいってなんだ?)と疑問に思いながら、言ったゾランに、エセラインがホッとした顔をした。


「そうか。なら、良かった。俺も嬉しい」


「うっ、うんっ」


 菫色の瞳が柔らかに微笑むのに、ドキリと心臓が脈打つ。心なしか、頬が熱い。


 二人の様子を見ていたルカが、「良かったです。それじゃあ」と手を叩いた。


「では、プランを考えて、来週デートしてみて下さい」


「ら、来週か……」


「お互いにデートプランを考えて来るんだな?」


「そうです。ちゃんと『デート』だと思って作ってくださいね。同僚と遊びに行くんじゃないですからね」


 しっかりと釘を刺され、ゾランはドキドキする心臓を、無意識のうちに押さえたのだった。




   ◆   ◆   ◆




「デートかぁ……。ミラに聞くわけにも行かないし……」


 手帳をめくりながら、デートプランのことを考える。世の中の恋人たちは、どうやってデートしているのだろうか。やはり、どこに行こうか頭を悩ませ、何をしたら良いか真剣に考えるのだろうか。


「ミラが悩むのも解るなぁ……」


 エセラインとデートする。そう考えて、ぼわっと顔が熱くなった。手で顔を仰ぎながら、首を振って気恥ずかしさを追いやる。


(エセラインはカシャロ出身だもんな。有名どころは知ってるだろうし……)


 ゾランが誘うなら、美味しいケーキが食べられるカフェだろう。食事だって、美味しいところが良い。ちょっと気張って、普段は行けないお店に、行ってみるのも良いかもしれない。


(エビ料理の店はエセラインと行ったことがあるし……。バターカップケーキの店はエセラインも知ってそう……)


 思い付く候補は既に行ったことがあるか、知っていそうだった。食べ物だけでも大変なのに、どこか観るとなったら、もっと大変だ。


(美術館が好きなのは知ったけど、俺、詳しくないし……)


 ゾランも絵を観るのは好きだが、詳しくはない。きっとエセラインは、家で絵画も扱っていただろうし、解説出来るほどにくわしいかも知れない。そんな相手を美術館に誘うのは、少々ハードルが高いというものだ。


「ああ、本当に、デートって大変なんだ……」


 ため息混じりに手帳を放り投げる。パサリ、ベッドに転がった手帳が、そのページを開いた。


「あー、どうしよう! ……ん?」


 そのページには、かつてゾランが生活欄の記事を書くために取材した場所が、細かく整理されていた。手を伸ばし、取材メモを確認する。


「あ、これ……。ボツになったネタ」


 当時はあまり面白くなさそうだと、ボツにしてしまったネタだ。今見ると、どうしてボツにしたのか解らない。ちゃんと、面白い場所なのに。


(捉え方が変わったから、そう思うのかも……)


 パラパラと取材メモを確認する。ゾランがこの街に来て、足で稼いだ取材メモだ。その数は膨大で、内容も多岐にわたる。


(そうだよ。誰よりもこの街を、足で歩いて来たじゃないか)


 取材して歩いた場所は、カシャロ中にある。誰も行かないような路地裏も、廃墟に見えるような場所も、寂れて、営業しているか解らないようなパン屋も、ゾランは自分の足で探し歩いて来た。


 その自負が、ゾランにはある。


 きっと、エセラインも知らないような場所を、ゾランはたくさん見てきたはずだ。


「よしっ……!」


 気合いを入れ、ゾランはベッドに座り直すと、手帳を拾い上げた。ゾランのネタの書き出しは、ラウカの手帳を参考にして来た。だから素人だったゾランの取材メモは天才ラウカに匹敵するほど、細かく書かれている。


(よし、デート特集、成功させるんだ)


 全ては無駄じゃない。そう想いながら、ゾランは夜更けまで、手帳をめくったのだった。








この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?