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第7話 死神と英雄


 マルコと別れ、ゾランはクレイヨン出版社に戻るため、歩き始めた。今日の仕事は終わりだ。ここ最近は取材にまわっていたが、そろそろ記事を纏めないと間に合わない。明日からは事務所で作業をしようと考えながら、何だかんだ色々アドバイスを貰ったな、と思い返す。


(そう言えば、マルコのやつ写真が偽物とか言わなかったな)


 巷では偽写真だという噂も広まりつつあるというのに、茶化したりもしなかった。あの様子だと、本物だと信じてくれているのだろう。それは何だか、素直に嬉しかった。もっとも、マルコの場合はあのスクープ写真を安く借りたいだけかも知れないが。


(悪い奴じゃ、ないんだよな。まあ、詐欺られたけどさ)


 ゾランは喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプなので、もはやあまり気にしていない。だが、エセラインはそうではないようで、あの件でゾランが危なかったことを未だにチクチクと言っている。おかげで、マルコはエセラインの姿がないか警戒するのだ。


 事務所へ戻りながら、マルコが来た時に「エセラインは居ないんだよな?」と確認してきたのを思い出して、つい笑ってしまう。あのふてぶてしいマルコがエセラインを苦手にしているのは、なんだかおかしかった。


(さて、攻撃魔法は買うとして、エセラインにでも聞いてみようかな。魔法屋なんてカシャロで行ったことないし)


 エセラインはランク4魔法使いなので、詳しいに違いない。『石礫』以外にも有用な魔法があるかもしれない。


「そうそう。『海鳴り』の使い方? も社長に聞かないと――」


 やることがいっぱいだと、頭の中でスケジュールを確認していた、その時だった。


「うるさいっ! ばか!」


 甲高い子供の声に、思わず足を止める。まだ幼い子供たちが、路地裏でごっこ遊びをしているようだった。木の棒を片手に持ちながら、ぶんぶんと振り回している。


「『宵闇の死神』は悪い奴なんだぞ」


「うるさいうるさい! 悪いヤツなんかじゃない! 正義の味方だもん!」


 子供たちの声に、ゾランはハッとして足を止める。これまで、きっと彼らにとって『宵闇の死神』はヒーローだった。悪人を退治する、正義の味方だったに違いない。けれど、写真が出たことによって、変化が起きてしまった。今まで見えて居なかった人物像が浮かび上がったことで、リアルさが浮き彫りになったのだ。それは同時に、『宵闇の死神』が引き起こしてきた犯罪を、より鮮明に、リアルに切り取ったに違いない。


(……『宵闇の死神』は、間違いなく、犯罪者だ……)


 目的はともかく、『宵闇の死神』という人物が起こしたことは犯罪だ。それは胸をはって言える。だが、今こうして少年たちの姿を見ていると、複雑な気持ちにもなった。立場が変われば、犯罪者も英雄になる。それは、歴史が証明しているだろう。物事は一面だけ見ていても解らないように、その受け取り方もまた、一通りではない。


 けれどゾランは、ライターとして、強く意志を持っている。法の下に、『宵闇の死神』は犯罪者だ。それは、揺るがない事実である。そして、この犯罪には、多くの被害者がいる。それを、忘れてはいけない。


(きっとこの子たちは、これまでもごっこ遊びをしていたんだろうな……)


『宵闇の死神』にヒーローを重ね、遊んでいたのだろう。悪い奴らをやっつける、なんて言いながら棒を振り回し、無邪気笑っていたのだ。


 昨日までヒーローだった『宵闇の死神』が、彼らの中で変わってしまった。そのきっかけを作ったのが、自分が偶然撮ったあの写真だと思うと、複雑な気持ちになった。あの写真の影響は大きい。これまでの捜査も変わるだろう。もしかしたら逮捕へ一歩近づく可能性もある。そして、今まで遠い世界の出来事だった話を、一気に現実へと押し上げた。


『宵闇の死神』は、生身の人間だった。幻想でも、怪物でも、モンスターでもない。真に、生身の人間。ゾランたちと同じ、普通の人間だった。


 炎の中、ひんやりとした空気を纏った『宵闇の死神』を、フッと思い出す。どこかで、ゾランを見ているかもしれない。そんな気になって、背筋がざわりと震えた。


「……」


 ブルリ、身体を震わせ、足早に歩く。『そう。そうしないと、『宵闇の死神』の顔を見た君を、『宵闇の死神』は殺しに来るかもしれない』。ラウカに言われた言葉が、耳に蘇る。


(っ……。あんなこと、言われたから……)


 ラウカも人が悪い。ゾランに気をつけろと忠告してくれたのだろうが、あんな風に揶揄わなくても良いのに。そう思いながら、ゾランは薄暗くなりつつある街を、駆け抜けていった。






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