「聞いたぞゾラン! お前『宵闇の死神』とやり合ったんだって?」
「やり合ってないし、どうしてそんな話になるんだよ」
逢うなり開口一番にそう言った男に、ゾランは顔を顰めた。モヒカン頭の悪人顔をした、アムステー出版のライター・マルコだ。ゾランのことをカモにしたり、ネタをパクったりとやりたい放題だが、どこか憎めない男である。
「よく生きてたな。足はついてるか?」
「ついてる。そういや、『アムステー大旅行記』そこそこ売れてるって聞いたけどぉ?」
嫌味たっぷりにそう言いながら、ゾランはクリームコーヒーを啜った。マルコがパクった『アムステー大旅行記』は、それなりに売り上げを伸ばしているらしい。ゾランとしては複雑な気持ちだが、歓楽街の情報などは、クレイヨン出版では扱わない。案外すみわけが出来ている。
「そうそう。やっぱ男は風俗よ! お前も行くか?」
「……良い」
ニヤニヤしながらそう言うマルコに、ゾランは一瞬考えて首を振った。まったく興味がないわけではないのだが、やはり少し抵抗がある。それに、怖くもある。マルコの紹介だと、ぼったくりの可能性も否定できないというのもある。
「ところで、『宵闇の死神』の写真、見せてくれよ。なあ、兄弟。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲だよ。あの写真は社長が管理してるから、持ち出せないし、見たいならクレイヨン出版に来れば」
「あンだよ。ケチだなあ。安く使わせてくれ!」
「そう言うのも、社長に掛け合ってくれない? 俺が決められるわけないじゃん」
「まあ、そうか。それで、俺に何の用なんだよ?」
行儀悪く椅子に浅く腰かけ、コーヒーを啜る。ゾランは「マルコに聞いて解るか知らないけど」と前置きして口を開いた。
「マルコも結構、スキャンダルとか危ないネタ書くよね。自衛ってどうしてる?」
「あん? ああ、そういうことか」
マルコはカップを置いて、真面目な顔になる。彼のこういう顔は珍しい。
「『宵闇の死神』に、ビビったか」
「そりゃそうでしょ」
「まあな。チンピラならともかく、相手は前代未聞の連続殺人鬼だ」
そうは言ったものの、ゾランはどこか現実感が薄い。あの炎の中で見た幻想的な姿のせいか、あまりにも常軌を逸した状況だったせいか、今でもどこか夢を見ていたような気持ちだ。あの時、死ぬかと思ったのに、今は普通に生活出来てしまっているのは、実感が伴っていなかったからだろう。
「俺の場合は、腕っぷしも強くねえし、魔法もそうでもない。まあ、お前と似たようなもんだな」
マルコは、ランク1魔法使いらしい。使える魔法は一つのみ。それでも、攻撃系の『石礫』にしているそうだ。
「威嚇程度でもないよりマシだ。相手は俺がランク1魔法使いかどうかなんて解らないしな」
「確かに、そうだね」
「それと、俺はこうみえて顔が効く」
「つまり?」
顔が効くと、何か良いことがあるのだろうか。マルコは「解ってないな」という顔をして肩を竦めた。
「顔が効くってのは、知り合いが多いってことだ。知り合いが増えれば、安全が増す。解るか?」
「えーっと?」
どういうことか解らず、首を傾げる。
「人の目ってのは、案外防犯になるもんさ。お前は田舎出身だから、そういうの解らないか?」
「あー……」
そう言われ、なんとなく理解する。田舎ではみんなが顔見知りで、誰か知らない人が来ると警戒したものだ。素性の知らない人が引っ越してきたなんて日には、大騒ぎになったものだ。ところが、カシャロに来てからは、そんなことがあまり起こらない。ゾランはダイナーに来る客の殆どの名前を知らないし、二つ隣にあるアパートにどんな人が住んでいるのか全く知らない。
「お前だって、俺を呼び出すのに苦労しないだろ?」
「確かに……」
マルコを探すのは簡単だ。その辺の店先で、マルコを見なかったかと聞けば、大抵「今日はみてないね」とか「午前中にどこそこにいたよ」なんて回答が返ってくる。そうやっているうちに、マルコは知り合いから「ゾランが探してたよ」と聞くことになり、こうして集合することが出来てしまうのだ。
「なんか……もしかして、マルコってすごい?」
「お? 今更気づいたのか?」
カカカと笑うマルコに、ゾランは嫌そうに顔を顰める。褒めても良い気持ちにならない。なんだか悔しい。
「まあ、威嚇用に魔法は買ってみようかな。知り合い増やすのも参考にする」
「おうおう。お題は例の写真でも良いんだぜ?」
「期待しないで」
ゾランはそう言って、マルコと別れたのだった。