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第21話 『宵闇の死神』




 ドン! という破裂音に、ゾランは驚いて戸棚の中で身を竦めた。突如、静かだった地下室が騒然となり、破壊音と共に男たちの怒声が響き渡る。


「クソ! 何者だ!」


「ぐああっ!!」


 ガンガンガン! 激しい金属音に、耳を塞ぐ。何が起きているのか、今外がどうなっているのか、ゾランは恐ろしくてたまらなかった。


(一体、何が……)


 自分が隠れているのがバレたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。床に誰かが倒れる音と、戦っている音。ゾランには馴染みがないが、あれは銃の音だろうか。仲間割れか、襲撃か。とにかく、何かが起きている。


 ゾランは戸棚の扉を少しだけ開いて、外を確認した。と、むわっと血の匂いと何かが焼け焦げる匂いが鼻をつく。


「うっ……」


 思わず呻いたゾランの目に、男の姿が飛び込んできた。男と目が合って、ドクンと心臓が鳴る。


「ひっ……!」


 ギョロリとした瞳が、ゾランを見ていた。だが、その瞳に光はない。血の海に倒れた男には、すでに生気がない。


「――っ!」


(死んで……、る)


 ぞくり、背筋が粟立つ。殺された。何者かに、殺されたのだ。ぞわっと、恐怖が皮膚を這う。カタカタと手を震わせ、ゾランは戸棚の外へと飛び出た。当たりは、赤く燃えていた。何者かが、木箱に火を点けたらしい。ごうごうと炎を上げて、麻薬の葉が燃え上がる。


「――っ!」


 甘い香りのする葉から立ち込める煙に、視界がくらりとした。


 カツン。


 靴音に、ゾランは視線をやる。


 ごうごうと唸りをあげる炎の向こうに、人影が見えた。


「――…?」


 ゾランは思わず、目を細める。


 黒い、革のコートを着た、やせ形の男だった。全身黒で塗りつぶしたような、異様な姿。顔はフードを目深に被っており、解らない。その男の手に、ショットガンが握られている。


 ドクン。


 心臓が跳ねる。


「あ……」


 掠れた声が、勝手に口から零れ落ちた。


 ドクドクと、鼓動が鳴り響く。本能的に、目の前の男が、この惨状を作り上げた張本人だと理解した。じり、と後退る。逃げなければ。自分も殺される。


 ずるっ!


 ブーツが、血液に濡れた床に滑った。受け身も取れずに床に尻もちをつくゾランの前に、男が立ちはだかる。


「――っ……!」


 ぞわ、男の冷酷な気配に、自然と怖気が走る。


 死ぬ。殺される。


(まだ、何も出来てないのに――!)


 無意識に、ポーチに手を伸ばす。何も策などない。勝てる知恵もない。逃げる方法も解らない。ただの、悪あがき。


「っ、く……」


 小さく、呻く。自分を殺そうとする相手に、文句すら言えないほど。命乞いの言葉も出ないほど、何も出てこなかった。


(死にたくない。まだ、一人前の記者にもなってないのに。こんなところで、こんな風に死ぬなんて――!)


 無我夢中だった。メモ帳を投げつけ、カメラを投げつける。短杖を取り出し、がむしゃらに振り回す。


「う、わあああ、あああ!!」


 叫ぶことしか出来ず、杖を振る。虚しく宙を切る短杖を、男が蹴り上げた。


「っあ!!」


 手から杖がすり抜け、床に転がる。ゾランも蹴られた反動で、床に倒れ込んだ。


 カチャリ。


 銃口がゾランを捕らえる。ヒュッと、口から息が漏れた。


「――あ――」


 ゾランはぎゅっと、瞳を閉じた。


 ――その瞬間。


 ガキン!


 金属音が響く。同時に、聞き覚えのある声がして、ゾランは瞳を開いた。


「ゾラン!」


「っ……! エセ、ラインっ……!!」


 エセラインは剣を掲げ、ショットガンを弾き飛ばす。黒ずくめの男は一瞬体勢を崩したが、武器を手放さなかった。それどころか、不安定な姿勢のままに、ショットガンを打つ。


 ガン! という音と共に放たれた銃弾に、エセラインがゾランに覆いかぶさる。ザシュ! と音を立てて、エセラインの服が割けた。


「エセライン!」


「掠っただけだっ! 凍り付け――『氷晶』!」


 エセラインの放った氷が、男を襲う。男が何かを呟いたと思うと、氷の刃が炎に飲まれて消えて行った。


(――! ランク4魔法使いのエセライン魔法が……!)


 あっさりと魔法を防いで見せた男に、ゾランは驚いた。魔法を打ち消すほどの魔法を、瞬時に放つことが出来たということは、あの男はランク4か、ランク5魔法使いということになる。


「まさか……」


 ゾランは男をじっと見つめた。目深に被ったフードの奥に、白い仮面が見える。仮面のせいで、表情は解らない。笑っているのかも知れない。怒っているのかも知れない。得体の知れない存在感に、恐怖心がこみ上げる。


 ゾランは、知っている。ランク5魔法を扱うと言われている、凶悪な犯罪者の存在を。悪事を働く者の前に現れる、凶悪で邪悪な義賊を。


「『宵闇の死神』……」


 ゾランの呟きに、『宵闇の死神』は反応しなかった。ただ、間合いを確認するように、エセラインとの距離を保っている。


 ごうごうと、炎が燃える。柱が炭となり、白くなっている。建物が崩れるのは、時間の問題だった。エセラインも『宵闇の死神』も、どちらも動かずに睨み合う。


「エセライン! ゾラン! 無事か!」


 緊張を崩したのは、テオドレだった。炎の向こうから現れたテオドレに、一瞬意識を向ける。その瞬間。


 バッ! と革のコートを翻し、『宵闇の死神』が炎の中へと消える。


「待て!」


 エセラインが駆け出そうとするのを、テオドレが止める。


「無理だ。それより、脱出が先だ」


「くっ……」


 悔しそうに吐き出し、エセラインは剣を納める。それから、ゾランに手を差し出した。


「立てるか?」


「う、うん……、俺……っ」


「そういうのは後にしろ。今は脱出だ」


「うん」


 エセラインの手を借りて、立ち上がる。床に落ちた手帳とカメラを、テオドレが拾う。


「ん? これ――っと、崩れるぞ、急げ!」


 ギイィィと音を立て、柱が倒れる。ゾランたちは寸でのところで地下室を脱出し、レストランを飛び出した時には、空が赤く染まるほどに、炎が巻き上がっていた。






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