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第20話 死神の足音



 明かりの消えた『酒舗・黄金の櫂』を見上げて、エセラインは眉を寄せた。宮殿のような荘厳な建物は、今はおとぎ話に出て来る魔王の城のようにも思える。


「入り口の扉は進入感知の魔法が掛かってるな。裏口も同じだろう」


「警備が手薄なのはそのせいか。おかげで助かるが」


 テオドレの言葉に、エセラインは庭の方を見る。警備員などの姿は見えない。だが、人の気配はある。恐らくは店の中にまだ人が居るのだろう。時刻は深夜0時を過ぎており、普通の店ならばもう従業員も帰っている頃だ。つまり、この店は普通の店ではないのだろう。


「オレは脚が悪い。お前が先行してくれ」


「解った」


 エセラインは頷き、軽い身のこなしで鉄の柵を乗り越える。音もなく地面に降り立つと、内側から柵の打掛け錠を外した。テオドレが柵の中に入ると、すぐに錠を戻した。この時間に歩いている人間は殆ど居ないが、衛兵は巡回する。なるべく不審に思われないよう、もとに戻していく。


「……」


 庭を思いつめた顔で歩くエセラインに、テオドレがポンと肩を叩く。


「ゾランなら無事だ。はやく迎えに行ってやろう」


「……ああ。そうだな」


 頷き、ホゥと息を吐く。手が震えていた。緊張しているのに気づいて、一度目を閉じる。


「……行こう」


 昼間に来た時に開けておいた、トイレの窓の方へと向かう。施錠されてしまったかと危惧していたが、幸い見逃されたようだ。窓はすんなりと開く。


「不法侵入することになるとはな……」


「強引な取材も、たまにはあるさ」


「前にもやって居そうな口ぶりだ」


 窓に脚を掛け、トイレの中に侵入する。すぐに振り返り、テオドレが侵入するのを手伝った。窓を締め、念のために鍵はそのまま開けておく。トイレの中を確認するが、やはり怪しいところはない。


(ゾランのヤツ、どこに消えた? 連れて行かれた?)


 今もゾランの身が無事か、解らない。連れて行かれたのか、そうでないのか。それすらも解らないのだ。異様に、胸騒ぎがする。


「ここには居ないな。廊下に出てみよう」


「気をつけろ」


 そっと扉を開いて、廊下に出る。絵画の飾られた廊下は静かで、誰も居なかった。外から見た時には人の気配を感じていたはずなのに、今はそれが感じられない。微かな違和感に眉を寄せる。


「……妙だな」


 ポツリ、テオドレが呟く。エセラインも感じた違和感が身体に纏わりつく。妙だ。嫌な気配がする。冒険者としての経験が、異常を感知して警鐘を鳴らす。


 廊下を通り、ホールの方へと向かう。ホールは閑散としていて、異様に静かだった。営業を終え静けさの満ちた空間とは、どこか違う静かな気配。そこに、微かに異臭が漂った。


「――血の、匂い」


 顔を顰め、テオドレを見る。テオドレも警戒して周囲を見回す。何かが変だ。何かが起きている。


 二人はあたりを見回しながら、厨房の方へと進んでいく。ドクドクと心臓が鳴る。緊張に、手に汗が滲んだ。徐々に、血の匂いが濃くなっていく。


 ゴクリ、唾を呑み込んで、そこに近づく。厨房の近くへたどり着いたエセラインは、足元がぬるりと滑ったのに目をやった。夥しい血が、床にこびりついている。


「――」


 まさか。嫌な予感が、ヒシヒシと背中を這う。関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の向こうから、血が流れていた。


「……エセライン」


 テオドレがエセラインに声をかける。エセラインの青い顔を見て、テオドレは前に出て扉に手をかけた。むわっと、生臭い血の匂いが立ち込める。


 白いコックコートを着た、見覚えのある男が倒れていた。その向こうに、スーツ姿の男も倒れている。


「――っ……」


 ゾランでなかったことにホッとして、同時に、二つの遺体にぞくりと背筋が粟立つ。テオドレが顔を顰めながら、そっと遺体を仰向けにした。腹部から胸にかけて、無数の銃痕が残っている。


「死因は失血死だな。ハハッ……」


 テオドレが顔を引きつらせながら、乾いた笑いを漏らした。


「――ヤツだ」


 その言葉に、エセラインもゴクリと喉を鳴らす。この光景を、エセラインも知っている。誰よりも。


「――『宵闇の死神』……」


 呟きを漏らした瞬間、何処からか火の手が燃え上がった。







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