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第18話 消えたゾラン



「遅いな」


 テオドレの言葉に、エセラインはぐっと拳を握りしめた。先ほどから、ゾランが戻ってこない。もう十分以上経っている。エセラインは不安で、ソワソワと足を揺らす。いくら何でも、遅すぎる。


(何やってんだ……アイツ……)


 ゾランが情報収集のために席を立ったのは明白だった。こんなことなら、自分が行けば良かった。それか、ついて行くべきだった。何かあったのかも知れないと気が気じゃないエセラインに、テオドレの方は冷静だった。指先でテーブルを叩き、エセラインに合図を送る。それに気づいて、エセラインは視線をテオドレの指先に向けた。冒険者同士が連携を取る際に使う、コミュニケーションの一種だ。ハンドサインに、エセラインも小さく頷く。


『落ち着け。バレたならこっちにも動きがあるはずだ』


(……確かに、それもそうか……)


 ハァ、とため息を吐く。何処に行ったのかは知らないが、レストランの方に変わった動きはない。エセラインたちの方へ誰かが来ることもない。ゾランがバレたというわけではないのだろう。だが、これだけ遅いのだ。何かあったとは見るべきだ。行動力があるのは良いが、危険な目に遭ったらどうするんだ。そう思い、ため息を吐く。


『どうするんだ。いい加減、ゾランが居ないことを怪しまれるんじゃないか?』


『まあ待て。オレに考えがある』


 そう言って、テオドレがグラスを倒した。床にグラスが落下し、けたたましい音を立てる。


「あっ! しまった!」


 床にガラスが散乱し、飲みかけのワインが壁に飛び散る。給仕の男がすかさず近づいてきた。


「お客様、こちらは私が片付けますので。お怪我はありませんでしたか?」


「済みません、こんな高そうなグラスを……」


 給仕の目が離れた隙に、テオドレがエセラインにハンドサインを送る。エセラインは立ち上がり、個室を出ると近くにいた女給に声をかけた。


「済みません、ワインをこぼしてしまって。何か拭くものを頂けますか?」


「あ、はい。少々お待ちください」


 女給が離れていくのを確認し、ホールを横切る。グラスを片付けている給仕は、エセラインが部屋を抜け出したことに気づいていない。テオドレが気を引いているうちに、ゾランを探しに行くしかない。ホールには、ゾランの姿はない。エントランスにも目を走らせるが、どこにもいなかった。トイレのある奥の回廊へ進み、人影がないのを確認する。


(居ない。あとは、トイレくらいしか……)


 トイレに入り、個室の扉を叩いていく。紳士が怪訝な顔をして横を通り過ぎて行った。


「……居ないぞ。おい……」


 トイレの窓を開け、外を確認する。地面までおよそ二メートルと言ったところか。窓から外へ出たということもなさそうだ。エセラインは念のため、窓の鍵を開けたままにしておいた。


(あとは、奥の扉くらいだが――)


 奥の扉はバックヤードに続いているようだ。さすがに、そこに侵入したとは思えない。扉の奥には人の気配があった。頻繁に出入りがあるのだろう。


(何か、違和感があるような気がするのに……)


 その原因が、解らない。神隠しにでもあったように、ゾランが消えてしまった。


「くそ……」


 小さく呟いて、回廊を出てホールに戻る。と、丁度テオドレが個室から出てきたところだった。その後に、料理長らしい男と老紳士が続いている。ニコニコ顔の料理長を見るに、テオドレが上手く言いくるめたらしい。


 エセラインが戻ると、テオドレが大げさに笑いながら声をかけて来た。


「おお、戻ったか。やっぱり『酒舗・黄金の櫂』は噂通り最高だったな! こりゃ、代表は『酒舗・黄金の櫂』で決まりだ。だろ?」


「――そうだな」


 話の流れが解らないため、適当に合わせておくことにする。テオドレがハンドサインで『撤収』とだけ送って来た。


「お楽しみいただけたようで、何よりです。お連れ様は、大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だろう。あまりの美味さに、胃がびっくりしたのかも知れません。グラスも申し訳なかった。本当に良いんですか? 弁償しますが……」


「いえいえ。あのグラスは『酒舗・黄金の櫂』の名が入った特注品ですので」


「流石。一流はいうことが違いますね」


 二カッと笑いながら、テオドレがエセラインを促す。後ろ髪をひかれるものがあったが、これ以上ここに居座り続けるのは不自然だ。撤収するしかないだろう。


 挨拶を交わし、『酒舗・黄金の櫂』から出る。エセラインは豪奢な扉が閉じるのを、じっと見続けていた。



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