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第17話 虚像の城



「こちらが、当店の名物料理『エイコンスクワッシュの詰め物』でございます」


 目の前に差し出された皿に、ゾランは思わず感嘆のため息を吐き出した。一目見ただけでは、カボチャ料理にはとても見えない。洗練された品だった。恐る恐るフォークを突き刺し、口に運ぶ。カボチャの甘さと、バターで炒められた玉ねぎの風味。他にも、マッシュルームだろうか、茸の風味がした。濃厚なチーズに混ざっているのは、ザクザクとした触感のコーンフレーク。本来は素朴な家庭料理なのだろう。それが、見事にレストランの顔になっている。


「美味しい……」


 思わず呟くゾランに、エセラインは一口食べてワインを含んだ。


「間違いのない逸品だな。贅沢な材料じゃないのに、ここまで美味いか」


「家庭料理をここまで洗練した料理にしたのはステファンの手腕だな。だが、高級レストランのスペシャルにしたのは『酒舗・黄金の櫂』だろう。どうも、この店のプロデューサー・・・・・・・はやり手らしいな」


 テオドレもそう小さく感想を漏らした。この料理が『酒舗・黄金の櫂』のものだったなら、どんなに良かったか。


(こんなにも美味しい料理を作れるのに、レシピが盗んだものだなんて……)


 同じように、『エイコンスクワッシュの詰め物』を独自に開発したのなら、良かったのかも知れない。だが、『酒舗・黄金の櫂』はステファンからレシピを盗み、逆にステファンを盗人扱いした。その上、暴力で営業出来ないように仕向けた。旅行記の企画をそのまま使ったマルコとは、全然違う。あれなら、マルコの方がマシだ。


(許されることじゃない)


 ゾランは料理を食べながら、チラリと入り口に立つ給仕を見た。鋭い目つきの給仕は、まるで物語に出て来る暗殺者のようだ。ゾランたちの話に聞き耳を立てているのだろう。これでは、ろくに相談も出来ない。


(せっかく潜入できたのに、このままじゃ何の情報も得られない……)


 ゾランはワインを一気に飲み干し、唇を甲で拭った。折角ここまで来たのだ。このまま手ぶらで帰るわけには行かないだろう。


(よし)


 エセラインがゾランの様子に気づいて、眉を寄せた。ゾランは立ち上がり、給仕に向かって声をかける。


「済みません、お手洗いどこですか?」


「おいゾラン」


 エセラインが小声で制する。唇が「何をする気だ」と動いた。ゾランが何かをしようとしていると、察したのだろう。給仕の男は「突き当りの回廊を右です」と、場所を案内してくれる。


(行ってくる!)


 目配せして部屋を出るゾランに、エセラインは何か言いたそうだったが、それをテオドレが止める。ゾランとしても、何か少しでもとっかかりがあればと思っただけだ。勝手にバックヤードに入ることは出来ないだろうし、従業員は皆、息が掛かった人間なのだろう。どの人間も隙があるように見えない。


 言われた通りに回廊の方へと回り、豪奢な建物に目を奪われたふりをして、ゆっくりと辺りを見回していく。絵画や壺、どの調度品も芸術品のように美しく、ゾランが見学していても不自然ではなかった。


(マジで高そう……。と、杖は持ってる。ポーチにはカメラ。手帳は鞄に置いてきちゃったけど……)


 メモと筆記用具くらいはある。何かあれば、メモをして、エセラインたちに相談しよう。


 ホールから離れた回廊の辺りは、従業員も居なかった。トイレのあるエリアからまっすぐ伸びた先に、扉がある。恐らく、バックヤードか裏口か、どこかに繋がっているのだろう。


(うーん、この店には何も変なものはないのかなあ……)


 テオドレが言っていた、麻薬の話。密輸の話。それと、ステファンのレシピ。ゾランにはこれらの事象が、繋がるのか解らない。マカール商会が関わっている店だとは言うが――。


 不意に、前方の扉が開き、従業員が出て来た。従業員はゾランに気づいたが、客だと思ったらしく会釈をして通り過ぎる。少し開いた扉の向こうに、倉庫らしい様子が見て取れた。別段、怪しいところはないように思える。


「ハズレかなぁ……」


 ゾランはため息を吐いて、廊下の調度品に目をやった。人の大きさほどもある絵画が壁に掛けられている。


(すごい大きな絵。もっといい場所に掛ければ良いのに)


 戦争をテーマにしたらしい、少し残酷な描写の絵だった。回廊は広いとは言い難いため、これほど大きな絵は少し不釣り合いだ。全体を見ようとするには、回廊は少し狭すぎる。


「あれ?」


 ゾランは絵画の枠が少し浮いているのに気づいて、首を傾げた。何か深い考えがあったわけではない。ただ、気になってその部分に触れてしまった。


 カコッ。と、小気味のいい音を立て、絵画が回転する。枠に手をかけていたゾランは、絵画が動くとは思っておらず、そのままバランスを崩して前方へと倒れ込んだ。


「っ!」


 絵画の裏の壁に、人が通れるほどの穴が開いていた。その穴に転がりこむように、ゾランの身体が吸い込まれる。真っ暗な闇がその先に待っていた。


(や、ば――っ……!)


 穴の先は、階段になっていた。ゾランはそのままバランスを崩し、階段の下へと転落していった。




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