「レシピを奪ったのにまだ脅しをかけてきているってことは、店を開けているのがよほど嫌なんだろうな」
「ステファンさんの実力じゃ、そうなるか」
ルチアが襲われたのも、その一環だろうとテオドレが言う。
場所を変えて、今はゾランとエセラインが止まっているホテルの一室だ。今後のことを考えて、三人で打ち合わせすることになった。単純にレシピが盗まれた話を記事にしても、憶測ばかりで証拠がない。相手は大手商会であり、恐らく衛兵ともつながっている。弱小出版社が書く記事では、握り潰されるのがオチだ。
「何かいい方法でもあれば良いんだが……」
「『酒舗・黄金の櫂』に取材するのは? 自分のレシピじゃないならボロを出したりしないかな」
「そんなに簡単にボロなんか出すか。それに、『酒舗・黄金の櫂』は予約がいっぱいで入れなかっただろ」
「まあ、そうだけどさ」
いいアイデアだと思ったのに。そう思ったゾランを、エセラインが呆れた顔で見る。と、顎に手を当てて考え事をしていたテオドレがゾランを指さした。
「良いかも知れないぞ」
「え?」
「どうせマカール商会に取材しても、追い出されるのがオチだ。『酒舗・黄金の櫂』をターゲットに変えるのはありだ」
「でも、『酒舗・黄金の櫂』も取材させて貰えるとは思えないよ」
「そこは、頭を使うんだよ」
悪い顔をするテオドレに、ゾランとエセラインは顔を見合わせた。
◆ ◆ ◆
中央の大通りに面した荘厳なレストラン『酒舗・黄金の櫂』にやって来たゾランたちは、執事風の老紳士の元へとやって来た。老紳士はゾランたちのことを覚えていたらしく、姿を見るなり僅かに頬をヒクリと動かした。顔を顰めなかったのは、プロと言える。
「どういったご用件でしょうか? 当店は予約制でございまして……」
「実は、今日は取材させていただきたいと思いまして。責任者のかたはおりますでしょうか?」
テオドレが珍しく柔和な笑顔を浮かべる。ゾランとエセラインは内心(あんな顔も出来るんだな)と思った。
「申し訳ございませんが、取材は断っておりまして――」
「料理コンテスト――」
「はい?」
「首都カシャロで、大々的な料理コンテストが開かれるのはご存じですか?」
「――いいえ、存じておりませんが……」
コンテストの言葉に、老紳士の関心が僅かに向いた。表情は殆ど変わっていなかったが、ピクリと眉毛が動いたのを、テオドレは見逃さなかった。
「新聞社協賛で行われるコンテストでして、実力のある料理人を推薦して、競わせようというものですね。こちらの、『酒舗・黄金の櫂』と、『酔いどれ船底亭』の料理が素晴らしいと、街の方から聞きまして。はるばるカシャロからやって来たんですよ」
笑みを浮かべて言うテオドレの言葉に、ゾランまで騙されてしまいそうだ。ゾランは感心しながら、(良く回る舌だなあ)と内心苦笑する。ゾランには真似するのは難しそうだ。
『酔いどれ船底亭』の名前に、老紳士が明らかに表情を変えた。取り繕ってはいるが、不機嫌な雰囲気が見て取れた。
「推薦――ですか」
「ええ。私としては、やはり『酒舗・黄金の櫂』が素晴らしいのではないかと思っていたんですが――何分、取材が出来ませんと、推薦も難しく……」
「――少々、お待ちください」
自分では判断できないと思ったのか、老紳士はそういうと、ゾランたちをその場に残して店の中へと入って行った。
(うまく行くかな?)
(さて。食いつきは悪くなかったがな)
エセラインにこそりと耳打ちし、ゾランも頷く。なんとなく、うまく行く予感がする。
「お待たせしました」
しばらくして、老紳士が男を一人連れて戻って来た。胸板の厚いコックコートの男は、厳つい顔をギロリとゾランたちに向ける。どうやら、簡単に信じたわけではないらしい。
「首都カシャロで行うコンテストという事ですが、聴いたこともない話ですね?」
「はい。今年から行うことになりまして――地方活性化の一環で行われるものです。とはいえ、賞金は高くありませんが、ここだけの話、審査はかなり
「かなり上――それは、まさか……こく」
「おっと、それ以上は申し訳ない!」
テオドレの説明に、料理人と老紳士が色めきたつ。
(多分、国王陛下とかその辺りと勘違いしてそう……。まあでも、料理コンテストは実際、面白そう。本当に実現したら良いかも?)
「そういう事であれば、特別に席を用意いたします。当然、このソングリエ代表は、『酒舗・黄金の櫂』で決まりになりますよね?」
念押しするように、老紳士がそう問いかける。よほど、『酔いどれ船底亭』のことが気がかりらしい。レシピを盗んでなお、ステファンが店を続けている限り脅威なのだろう。
「それは、『酒舗・黄金の櫂』の料理を食べてみないとなんとも――ですが、こちらが素晴らしければ、『酔いどれ船底亭』に行くまでもなく、決まることでしょうね」
我々も時間が惜しいので。と言いながら笑うと、料理人と老紳士はホッとした様子で頷き合った。
「それでは、お席に案内いたします」
老紳士が扉に手をかける。黄金の扉が開かれ、豪奢な空間が広がった。