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第14話 盗まれたレシピ



「え? ここ……」


 路地裏の先に、小さな看板のかかった店が見えた。『酔いどれ船底亭』と書かれた古びた看板に、目を丸くする。見覚えのある店に、ゾランとエセラインは困惑した。


「ここ、私の家です。どうぞ」


「あ、うん」


 驚いた様子のゾランとエセラインに、テオドレは「なんだぁ?」と首を傾げた。ゾランたちは少女に導かれるまま、店の中へと入る。すると、テーブル席に座っていた店主が、ゾランたちをみて顔を顰めた。


「なんだ、アンタら……ルチア? 何で一緒に……」


 困惑の表情を浮かべる店主に、エセラインが一歩進み出た。


「それは、俺の方から説明いたします」




 ◆   ◆   ◆




「ルチアが世話になった!」


 何度も頭を下げる男に、ゾランたちは恐縮して首を振った。


「いえ。それよりも衛兵に訴えた方が良いかと……。我々も証言しますので」


「それは――…」


 歯切れの悪い男に、ゾランは首を傾げた。様子を見ていたテオドレが「なるほどね」と呟く。


「テオドレ? どういうこと?」


「この店の様子じゃ、まともに営業していないのは解る。関係あるんだろうよ」


「――…」


 店主が俯く。ルチアは男のエプロンを掴んでうなだれた。襲撃した男と、開いていない店。この店はどうやら、妙な連中に目をつけられ、『開けることが出来ない』状態に追い込まれているようだった。


「衛兵には……言っても無駄だと思います。もう、何度も訴えて居るんですが、この有様で……」


 店主の言葉にエセラインも目を細めた。ゾランは「そんな……」と呟いた。一体、何があったというのだろうか。困惑するゾランだったが、腹の虫は空気を読まずに鳴り響く。その音を聞いて、店主がくしゃっと笑った。


「店がこの調子なんでろくなもん出せませんが、良けりゃ食べて行ってください」


「是非、お願いします」


「お兄さんたち、こっちこっち!」


 ルチアが顔を上げ、ゾランたちをテーブルに案内する。久し振りのお客さんで嬉しいのだろう。この店の細やかな清掃は、この幼い少女が行っているのかも知れない。




 ◆   ◆   ◆




「うわーっ」


 テーブルに並べられた料理に、ゾランは感嘆の声を上げた。色どり豊かな野菜のグリルに煮込み料理、自家製ソーセージに新鮮なサラダ。どの料理も良い香りが漂ってくる。


「こりゃスゲェ」


「店主はなかなかの腕前のようだな」


 なすのキャセロールをハフハフと頬張り、ゾランは「ん~~」と舌鼓を打つ。シンプルな料理だが、素材が良いのか腕が良いのか、今まで食べたどんなキャセロールよりも美味しく感じる。


「親父さん、すごい美味しい!」


「こんな裏路地の店だってのに、かなり洗練されてるな」


 テオドレがフォークで素材を確認するように弄る。店主は照れくさそうに笑った。


「こう見えても、元々はソングリエの領主邸で料理人をしていたんだ。独立して小さなレストランを開いたのは良かったんだが……ね」


「一体、何があったんですか? これだけの料理なら、場所が悪く立って人が来そうですけど」


 ゾランの言葉に、店主の口は重い。そこに、ルチアが横から甲高い声を上げた。


「全部、アイツが悪いんでしょ!? お父さん!」


「ルチア! 滅多なことを言うな!」


 店主の様子に、ゾランとエセラインは目を見合わせた。何とか話を聞きたかったが、この様子では話してくれそうにもない。どうしたものかと思っていると、テオドレが懐から身分証を提示しながら声をかけた。


「ご主人。俺たちはカシャロにあるクレイヨン出版社のライターです。どうか、取材させて頂けませんか」


「記者――さん?」


 店主が驚いた顔をする。


「このまま、黙っていて良いんですか? お嬢さんの為にも、何か出来ることがあるかもしれません」


 普段は粗野な態度の目立つテオドレの様子に、ゾランは感心する。多くの社会面の記事を書いてきたテオドレは、こういう難しい交渉にも慣れているのだろう。店主はさんざん悩んだ様子だったが、やがて小さく呟いた。


「じゃあ、話だけ……」


 その言葉に、ゾランはホッと息を吐き出した。




 ◆   ◆   ◆




「レシピが、盗まれた……!?」


 店主――ステファンの言葉に、ゾランは驚いて思わず声を上げた。ステファンは悔しそうに顔を顰めながら、コクンと頷く。


「元々、小さいながらもそれなりに人気店だったんです。ところがある日――看板料理の、エイコンスクワッシュの詰め物と全く同じ料理を、『酒舗・黄金の櫂』でも出し始めて……」


「『酒舗・黄金の櫂』って――あの店か」


 中央の大通りにある人気店を思い出し、エセラインも顔を顰める。もともと、郷土料理だったエイコンスクワッシュの詰め物を、ステファンが独自のレシピでアレンジして提供していたらしい。ステファンのエイコンスクワッシュの詰め物は、領主邸で働いていた経験から、洗練されており、これまでの概念を覆したと一気に人気になったそうだ。


「最初は、気にしていなかったんです。ところが、そのうち……うちの店に、勝手にエイコンスクワッシュの詰め物を作っているとクレームが入って……。うちが先だったと、そっちが真似じゃないかと言い張ったんですが……」


「レシピが盗まれて、証明できなくなった――か」


「はい……」


「レシピ帳には、登録日が記載されていたんです。あれさえあれば、大手を振ってまた店を再開できるのに――! 今じゃ、盗用野郎と言われて……」


「酷すぎる……」


 ゾランは自分のことのように悔しくなった。ステファンはこんなに苦しんでいるというのに、盗んだ犯人である『酒舗・黄金の櫂』はあんなにも繁盛している。ゾランは少しだけ、自分の過去と重なるような気がした。盗んでいないのに犯人扱いされ、どれほど苦しんだだろうか。


 こんな理不尽を許して良いはずがない。真実を探し、伝えることこそ、自分たちの仕事ではないか。そう、強く思う。――かつて、ラウカが自分にしてくれたように。


 店主がルチアとともに食器を下げ、洗い場に向かったところで、テオドレが口を開いた。


「は。『酒舗・黄金の櫂』ね。バックに居るのはマカール商会だ。あそこは色々と、胡散臭い」


「マカール商会って、テオドレがさっき取材しようとして断られてた?」


「そう言えばテオドレ、あんたは何の取材でここに来たんだ?」


 エセラインがテオドレに話を振る。確かに、なんの為に来たのかはまだ聞いていなかった。


「情報ギルドからのネタでな。ソングリエ最大の商人。マカール商会が、ここのところ大荷物を隣国に運んでいるって聞いたもんでな」


「隣国というと、シヤン王国か?」


「ああ。品目はワイン、紙、梨ってことになってる。まあ、普通だわな」


「まあ、ソングリエからの品物としては不審なところは何もないけど」


 何が気になるのだろうと、ゾランは首を傾げる。エセラインは何か気づいたようで、目を細めた。


「――麻薬か」


「どうだかな」


 エセラインの言葉に、テオドレは結論は出さなかった。まだ何も確実なものがないのだろう。


「え? どういうこと?」


 不穏な単語に、ゾランは驚いて身を乗り出す。エセラインが声を押さえろと合図した。キッチンからはまだ食器を片付ける音が響いている。


「シヤン王国の貧民層で、麻薬が蔓延してるんだ。バレヌ王国から流れているという噂がある」


「え……でも」


 ゾランの瞳が揺れる。麻薬は、シヤン王国でもバレヌ王国でも禁止されている。麻薬の危険性や依存性は、長年論じられて来ている。ヤクザ者がそういう危ない薬を扱っていることは知っているが、身近なところで聞くとは思っていなかった。


「こういうのは、貧困層から広がるんだ。楽になりてえから薬に手を出して、一度出しちまうと一生抜けられねえ。タチが悪い。シヤン王国では代金に支払われる銀の流出が止まらないんで、大分大きな問題になってる」


「……知らなかった」


「記者ならそれぐらい知っておけ」


「う」


 世界情勢に明るくないゾランは、テオドレの言葉に反省する。情報への感度が低いのは、記者としてあるまじきことだ。


「テオドレは、絡んでると思ってるのか」


「ただの勘だけどな。疼くんだよ。古傷がよ」


 テオドレはそう言って、視線を足に向けた。テオドレは右足を引きずっている。雨の日には痛むという古い傷だ。


「こういう時は、決まってアイツが動き出す」


「アイツって?」


 テオドレは何処か遠くを見るような目をして、静かに呟いた。


「『宵闇の死神』」





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