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第12話 裏路地のレストラン


「はぁ~。クタクタ……」


 ベッドに腰かけ、ブーツを放り投げる。一日中歩きどおしで、すっかり足が痛くなっていた。足をマッサージしながら、ゾランは荷物を整理するエセラインの背中に声をかける。


「でも、収穫はあったかな?」


「そうだな。野菜も海産物も、肉も美味いソングリエだが、地元の人に愛されているのはやっぱり例のどんぐりカボチャのようだ」


 レストランを出たあと、そのまま聞き込みに街に出た。大きな街だけあって、ソングリエにはカフェやダイナー、屋台がたくさんあった。ゾランが知らない料理を出す店も多くあってどれも気になったが、流石にもう腹に入らない。明日以降、絶対に行こうとエセラインに強く主張して、泣く泣く諦めた。エセラインは笑っていたが。


 そんな中で聞き込みをしていると、一つの店が良く名前が挙がった。『酒舗・黄金の櫂』という名のレストランで、エイコンスクワッシュの詰め物を出すらしい。通常は家庭料理に過ぎないエイコンスクワッシュの詰め物だが、ここのは格別で、話を聞いた禿げ頭の男は「あそこのエイコンスクワッシュの詰め物は宮廷料理みたいに立派さ!」と豪語していた。


 そこまで言われては、取材しないわけには行かないだろう。場所を聞くと、ソングリエ中央の大通りにあるようだったので、明日行くことにして、宿を取ったのである。


「この宿、ちょっと雰囲気良いよね」


「冒険者の利用より、商人の利用が多いんだろうな。だいぶ小ぎれいだ」


 街を移動するのは商人や冒険者が多い。ここの利用者は商人が多いのだ。部屋は絨毯がわざわざ敷かれており、ベッドのシーツも綺麗だった。サイドボードには魔法のランプまで置かれている。この街は治安が良いのだろう。


「宿が綺麗なのも、ポイント高いよね。やっぱり綺麗な方が気分が上がるっていうか――」


 マッサージしながら話を聞いていたゾランの傍に、エセラインがやって来る。エセラインはゾランの足元に屈むと、足を掴んだ。


「ちょっ……」


「靴擦れしてるな」


「っ……!」


 無防備な脚に触れられ、驚いて顔を朱に染める。


「ば、馬車のあとずっと歩いてたから……」


「明日も歩くことになりそうだ。傷薬を塗ってやる」


「ちょっ、良いよっ! 自分で……」


「良いから」


 足首をぐっと掴まれ、軟膏を傷に塗り込められる。ビクッと膝を揺らすゾランに、エセラインが視線だけ向けた。


「……いつから気づいてたの?」


「さあ」


「……その、ありがとう……」


 ゾランの言葉に、エセラインはふわりと笑った。


「どういたしまして?」




 ◆   ◆   ◆




『酒舗・黄金の櫂』がある中央の大通りは、多くの商店やレストランで賑わう華やかな通りだった。ソングリエの中心地といえる場所だろう。


 ゾランとエセラインは聞き込みで得た情報通りに通りを進み、やがて『酒舗・黄金の櫂』の目の前へとやって来た。


「うわ……。すご。これがレストランなの? お城みたい」


「なかなかだな」


 高いアイアンの柵の向こうに、黄色い壁の建物がそびえている。壁にはいくつも装飾アーチがあり、壁や柱には直接彫刻が彫られている。細部まで細かく作られた、芸術品のような建物だった。


「……高そう」


「まさに、敷居が高いな」


 肩を竦めるエセラインに、ゾランは気合を入れてフンと鼻息を荒くする。宮廷料理のようだと言うだけあって、外観も荘厳だ。ゾランたち庶民には少し気後れしてしまうが、これも仕事だと気合を入れて歩き出す。


 入り口近くまでやって来て、扉の前に男性が立っているのに気が付いた。黒い燕尾服を身に纏った、老紳士だった。イメージの中の『執事』そのものの風情だ。老紳士がゾランたちに気が付き、穏やかに訊ねて来る。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」


「あ――予約は、ないんですが……」


「そうでございますか。残念ですが、現在『酒舗・黄金の櫂』ではご予約で席が埋まっておりまして……半年ほどお待ちいただいております」


「半年!?」


 想像もしていなかった期間に、ゾランは思わず声を上げてしまった。大声を出してしまったことに、慌てて口を閉じる。


「それは――……、厳しいですね……」


 さすがに半年は待てないし、この企画が半年先になるのも避けたい。思わぬ事態に、ゾランとエセラインは目を見合わせる。


(どうする?)


(仕方がない。取り敢えず、体勢を立て直そう)


(そうだね……)


 小声で囁き合いながら、老紳士に礼を言いその場を立ち去る。今日は名物料理が食べられると思っていただけに、空ぶってしまった反動が大きい。


「はぁ……。どうしようか。ソングリエには魅力的なものが多いから、取材は他にも出来そうだけど……」


「とはいえ、あれだけ勧められて半年先まで予約が埋まっているんだ。特集をしないのも違うよな」


「それだよね~」


 溜め息と共に、ゾランの腹がぐぅう……と鳴り響いた。音の大きさに恥ずかしくなって、腹をさする。


「っ、と……、美味しいご飯が食べられると思ってたから……」


「そうだな。どこかに入って、飯にするか。とはいえ、大通りはどこも人がいっぱいみたいだな」


 昼時とあって、どの店も満席のようだった。あちこち入れそうな場所を探すが、なかなか席が空いていない。そうしているうちに、二人はいつの間にか路地の裏に入り込み、気が付けば人気のない場所にまで出てしまった。


「すっかり裏路地に迷い込んでしまったな……。こんな場所じゃレストランもないだろう。戻るか」


「待って、エセライン! あれ!」


 エセラインの袖を引っ張り、ゾランが指さす。路地裏の先に、小さな看板のかかった店が見えた。『酔いどれ船底亭』と書かれた古びた看板に、ゾランは足取が軽くなる。


「行ってみよう! きっとレストランだよ!」


「解ったから、引っ張るな」





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