「海だ!」
丘の切れ目から見える青く輝く海に、ゾランは瞳を輝かせた。生まれ故郷は山間の村だったし、カシャロは海から離れている。ゾランは海を見るのが初めてだった。
「ようやく着いたな」
「身体が痛いよ」
馬車から飛び降り、街の入り口へ向かう。ソングリエの街は、白い城壁に囲まれた美しく、巨大な街だ。石畳の道と白い壁の家がいくつも並ぶさまは、見るだけで美しい。日差しの強い空の下にあって、輝くようだった。
「大きい街! 海も見える」
「お前、海好きだな」
「だって、綺麗だし。スクワッシュが有名と思ったけど、こんなに海が目の前なんだもん、海の幸だって期待できるよね。なあ、まず飯にしようよ。俺、腹減っちゃって」
「そうだな。まずは適当なレストランに入って、休憩してから予定を決めるか」
「そう来なくっちゃ!」
◆ ◆ ◆
ゾランたちが選んだ店は、目の前で肉や魚介類を焼いてくれる、グリルレストランだった。じゅわああっと音を立てながら焼ける肉の香りに、ゾランはごくりと唾を呑み込む。肉の脂が鉄板で跳ね、耳にも目にも美味いと訴えかけてくる。肉の隣には肉厚の貝と、大ぶりのエビがじゅうじゅうと焼けている。ここにソースをかけると、香ばしい香りが立ち昇った。
「うっ、まーいっ!」
「うん! これは美味いな。牧草をたっぷり食べて育った脂肪の少ない赤味肉か」
「すごい、肉! って感じの味だよね! それでいてうまみがぎゅーっとしてて! ソースはワインベース?」
「これもソングリエ産のワインか。ワインの強い風味に、肉がまったく負けてない」
噛めば噛むほど肉汁がしっかり口の中に広がって、脳が幸せになる。その上、海鮮まで一緒に焼いてくれる贅沢だ。
「じゃあこっちの貝を……。んーっ! ぷりっぷりで、甘いっ! すごい弾力があって、新鮮!」
「俺はエビにしよう。おお……。こっちも新鮮ですごく甘いな。こんなに大きいのに、身がしまってて味が濃い。カシャロのエビ料理屋も美味かったけど、別物だな」
「そっちのソースなに? 美味しそう」
「こっちは玉ねぎベースのソースだな。そっちはニンニクとオイルか。交換しよう」
「ありがと。うん、こっちも良い! 素材の甘さが引き立つ感じ」
「味変でチーズソースかけても良いってさ」
「このレストランだけで記事書けそうなんだけど」
「言えてる」
次々焼かれる素材は、どんどんゾランとエセラインの胃袋へ消えていく。肉はもう良いかなと思い始めたところで、目の前に焼いた野菜が提供された。
「ここで野菜か。まあ、箸休めには良いけど――って、あっま! 何これ、かぼちゃってこんなに甘いの?」
「野菜で味が濃いなんて、初めて思ったな。こりゃ凄い」
グリルされたかぼちゃや玉ねぎ、ピーマンは、どれも食べたことがないくらい濃厚で甘い味がした。それに、香りも良い。カシャロまで輸送されてくる間に、鮮度が落ちて本来の味わいが失われてしまうのだろう。これを食べるためだけにでも、来る価値があるとゾランは思った。
「これは、郷土料理も期待大じゃない?」
「そうだな」
ゾランが美味しそうに頬張る姿を見て、野菜を焼いていたコックが得意げに笑みを浮かべた。お腹はもういっぱいだったが、お勧めだというシメのホットドックを作ってもらう。細長いパンを鉄板の上で焼いて、そこに太いソーセージを野菜と一緒に挟み込む。もう食べられないと思っていたのに、一口食べたら全部平らげてしまった。
「お客さん、この辺の人じゃないね?」
「カシャロから来たんです」
そう言ってゾランは身分証明書を提示した。
「クレイヨン出版……。新聞社の人か」
「美味しいものとか、名物とかを求めて来たんです。うちは『旅行記』が売りなので」
エセラインはそう言うと、サンプルに持ってきていたらしい新聞を手渡した。ゾランは(いつの間に)と目を丸くする。確かに、実際に見てもらった方が伝わりやすいだろう。
(まったく、頼りになる相棒だよ……)
言ってくれればいいのにと思いながら、エセラインをじとっと見る。エセラインは視線に気づいたようだったが、眉をあげただけだった。
「なるほどねえ。面白いじゃない。ソングリエの名物と言ったら、やっぱりエイコンスクワッシュの詰め物だろうねえ」
「エイコンスクワッシュ?」
「どんぐりカボチャだよ。ふつうのカボチャはずんぐりして横に大きいだろ? エイコンスクワッシュはどんぐりみたいに三角錐っぽい形状なんだよ」
「へぇ~」
スクワッシュと言えば、普通の緑色をしたカボチャしか知らないゾランとしては、興味深い話だった。用途に合わせて、様々な種類のカボチャが作られているらしい。
「このお店にもあるんですか? その、エイコンスクワッシュの詰め物というのは」
「いや。どちらかというと家庭料理だからな。でも、確か提供しているレストランもあったはずだ」
有力な情報に、ゾランとエセラインは顔を見合わせて頷く。
「ありがとうございます。折角なので食べてみます!」
こうして、名物のヒントを得た二人は、さっそく聞き込みを行うことにしたのだった。