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第7話 再会



「なんだよ……これっ……」


 雑誌を片手に、ゾランはワナワナと手を震わせた。こめかみには青筋が立っており、眉間に深く皺が刻まれている。


「どうだ? ゾラン。良い記事だろ?」


 ニヤニヤと笑いながらそう言うのは、モヒカン頭の男。アムステー出版のライター、マルコである。わざわざ雑誌を手にやって来たマルコに、ゾランはカッとなって殴りたい衝動にかられたが、寸でのところで飲み込んだ。その様子に、マルコがニヤニヤ顔をさらにいやらしく歪める。


「おうおう。手が出なかったかぁ。残念だ。お前、冒険者ライセンス取ったんだろ? 一般人に手を出したら、規則違反だったのになぁ。うーん、残念だ」


「解ってて煽るなっ! 何だよこの記事!」


 そう言ってゾランは、雑誌を突きつける。ゾランの剣幕に、道行く人が二人をジロジロと見て来たが、気にしてなど居られなかった。クレイヨン出版のすぐ傍にあるカフェテリアのテラス席にわざわざ呼び出して、マルコが持ってきたのはアムステー出版の作った雑誌である。アムステー出版は低俗なゴシップ記事が多く掲載されている新聞を出版しており、その内容は賭け事や舞台女優のスキャンダルなどが多い。手渡された雑誌の表紙にも、競馬情報や懸賞くじの特集などが多く書かれていた。その中に、一つ異彩を放つ記事が目を引く。


『アムステー大旅行記』と題された特集記事が、でかでかと巻頭特集で組まれているではないか。


 ゾランは頭を抱えて、ハァと大きなため息を吐く。


「完全にパクりだし! しかも何、この記事!? 一大歓楽街アンソルスラン大特集!?」


「お子ちゃまなゾランには、ちーっと早かったかぁ? アンソルスランと言えば、超巨大ショーパブにショーレストラン! 際どい衣装のお姉ちゃんが踊り、妖艶な歌姫が歌い上げる魅惑のショー! さらにさらに、快楽の園がひしめく薔薇通り! っかー。男の夢だねえ!」


「……」


 呆れた顔をするゾランに、マルコは得意げだ。少々品性には欠けるが、アムステー出版らしい記事ともいえる。


「しかもわざわざ、持ってくるし……」


「まあな。俺とお前の仲だろ? 兄弟」


「馴れ馴れしい」


「と、言いつつ、本当は興味あるんだろ? ん? 相棒のエセラインと一緒じゃ、楽しめないだろうなあ。頭堅そうだし」


「興味ねーよっ! あとパクるな!」


 せっかく旅行記に興味を持って貰い始めたというのに、とんでもない。そう想っていきり立っていると、マルコはチッチッと言いながら指を目の前で振る。


「解ってねえなあ、兄弟。こういう持ちつ持たれつが、人気を煽るんだろうが」


「はあ?」


「パン屋が美味い特別なパンを作ったら、他のパン屋も真似するだろう?」


「――まあ……」


 確かに、そんな話はよく聞く気がする。ある菓子屋でチョコレートのケーキが人気が出たら、気が付いたら他の店でもチョコレートケーキが売られているようになっている。そんなことは、良く起こり得ることだった。


「するとな、買う方は思う訳だ。あれ? あの店でも、似たようなパンがあったな。もしかして、人気なのかな? 美味しいのかな? ってな?」


「……言いたいことは解るけど、これは記事だろ」


「同じことさ。似たようなものが溢れりゃ、不思議とそれが良いものに思える。人間、知る人ぞ知るマイナーなもんより、みんなが知ってる有名なもんの方が、良いものに思えるもんさ」


「なんか、丸め込まれている気が……」


「悪いことなんかあるわけないだろ? 旅行記が流行る。記事が売れる。万々歳だろうが」


「むむむ……」


「それに、アムステー出版とクレイヨン出版じゃ、読者が違う。ま、俺たちは食い合わないってこった」


 マルコはそう言って、濃い目のコーヒーをずずっと啜った。何とも、都合の良い話だが、マルコの言うことも理解出来てしまう。マルコの言う通り、アムステー出版の雑誌を好む読者は、クレイヨン出版の読者とは層が違うだろう。さらに言えば、特集の内容もかなり違う。正直に言ってしまえば、ゾランの知らない世界である夜の街の特集は、読んでいるだけでもそれなりに面白かった。


「ま、そんなわけで? モタモタしてると、俺らが本家・・になっちまうぜ?」


「くっ……」


 ニヤニヤ笑うマルコに、ゾランは言い返せず唇を結んだ。




 ◆   ◆   ◆




(くそ……マルコめ。わざわざ呼び出して雑誌を見せつけるとか……)


 マルコと別れ、ムカムカしながらゾランはクレイヨン出版のあるビルを目指していた。急に呼び出して、何事かと思えば、まさか旅行記を模倣した雑誌を見せられるとは思っても見なかった。どうにも、ゾランの想像以上に、旅行記は評判になっているらしい。


「まあ……黙ってやられなかっただけ、マシか……」


 でもそれなら、事前に断れよ。と思いながら、ずんずんと石畳を進んでいく。マルコは本当に、油断のならない男だ。ゾランが冒険者ライセンスを取ったことも知っていたし、侮れない所も多い。


 クレイヨン出版目の前にある、ホットドック屋台の傍に差し掛かった時だった。


「――元S級冒険者『剣を掲げよ』のメンバーなら、もっと大きくなれそうなもんなのにねえ」


「……僕自身はS級じゃないですよ。『剣を掲げよ』がS級に認定されたのは、僕が抜けた直後ですから。それを言うなら、あなたこそ」


 出版社の入っている建物の前で、ラドヴァンが男と話していた。白く染色した革のコートに身を包んだ、背の高い男。赤い髪を背中まで流した、細身の男だった。その姿に、ゾランは思わず足を止め目を見開く。


「ランク5魔法使い。ラウカ・ハベル」


 ラドヴァンの言葉に、男――ラウカが口元をニマリと歪めさせた。




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