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第6話 死神の足音



(もう少し見たかったのに……)


 溜め息を吐いて資料室から出ると、丁度帰ったらしいエセラインが立っていた。エセラインはゾランの姿に気づいて、片手をあげて近づいてくる。


「ゾラン。まだ残ってたのか」


「あー、うん。お帰り」


「ただいま。テオドレが凄い顔で出て行ったけど、どうかしたのか?」


 言いながら、エセラインは玄関口の方を見る。どうやらテオドレは、そのまま帰ってしまったらしい。ゾランは「うーん」と唸りながら、どう返事をして良いものか迷った。テオドレが何に怒ったのか分からないが、それを説明しようとすれば、『ネマニア事件』に触れることになる。言い淀むゾランに、エセラインは首を傾げて、


「取り合えず、飯でも食いながら話すか?」


「あー……。うん。そうしようか」


 というので、ゾランは頷いた。いずれにしても、『ネマニア事件』と『宵闇の死神』について、いつまでも触れないでいることは出来ない。それならば、酒の力を借りた方が、色々と話しやすいような気がした。




 ◆   ◆   ◆




 豚肉のグリルをカットしながら、ゾランは徐に切り出した。


「資料室にある、鍵のかかった書架って、見たことある?」


「――いや。ラドヴァンに、まだ許可を貰えていない」


 ワインを口にしながら答えるエセラインに、ゾランは(あそこの資料が何なのかは、知って居るんだな)と思った。あの書架にあるのは、『宵闇の死神』の資料が殆どだった。


「今日、たまたま開いていて……。見たんだ。『ネマニア事件』の資料」


「――」


 エセラインの手が止まる。


「ごめん」


「――いや、気にしてない。お前も記者なんだし。……そうか。見たのか」


「うん……。その」


 エセラインは無理に笑おうとして、失敗したような顔をした。それから、溜め息を吐く。


「いずれ――。いずれ、自分の手で記事にしたいと思ってた。……けど、まだ、向き合えるか、正直自信がない」


「エセライン……」


 ゾランはカトラリーを置いた。何と言って良いか、正直なところ解らない。


「俺の家は、希少品取引を行っている商家だったんだ」


「希少品取引?」


「大きな商家ではなかったが、西方開拓を行う冒険団に伝手があって、カシャロでは珍しい動物の毛皮や、宝石なんかを扱っていた」


「へえ……!」


 異国の品を扱う商家だったらしい。ゾランは想像して、見て見たかったと思った。


「大商人のネマニアから度々、取引を持ち掛けられていたのは聞いていた。だが、ネマニアは裏であくどいことをしているという噂が絶えなくてな」


「資料で読んだよ。暴力、恐喝、人身売買……裏では組織犯罪集団とも繋がっていたって」


「ああ。だから、ずっと断っていたんだ。けど――…。あの日は、強引に招待されたらしくて……。商談ならともかく、友好的な誘いを断るのは難しかったらしい。家族全員に招待状が送られてきていた。俺にも来ていたようだが、あの時はアカデミーの討論会が近くてな」


「――」


 あの時、自分も行っていれば。あの時、家族が行くのを阻止できていれば。エセラインはそう考えているのかも知れない。ゾランは瞼を伏せ、細切れになった肉をフォークで突っついた。


「確かに、ネマニアは悪人だったかもしれないけど……。それでも、無残に殺されて良いわけじゃない」


「……そうだな。裁くのは、法が裁くべきだ。『宵闇の死神』は正義じゃない。あれが許されてしまったら、秩序がなくなってしまう。俺も、そう思うよ」


「そう言えば、ラドヴァンの許可が貰えないって?」


「ああ。まあ、見透かされてるんだろ。俺にはまだ、『宵闇の死神』を追うのが早いって」


「……そっか」


 ゾランは静かに肉を口に運んだ。細切れにしてしまったせいか、肉汁が逃げてしまってパサパサしていた。あまり食欲がわかず、またフォークを置く。


「しかし、テオドレが鍵を持っていたのか……」


 エセラインの呟きに、ゾランは頷く。


「資料のほとんどが、テオドレがまとめたものだった。もしかしたら、テオドレも追ってるのかな」


「まあ、デカい内容だし、あり得なくはない。俺が入社する前は、一面は殆ど、テオドレが取っていた」


「ああ、そっか……」


 ゾランの前に居た女性は、生活欄担当だった。エセラインが入るまで、主力で記事を書いていたのはラドヴァンとテオドレだ。ラドヴァンはどんなジャンルも書くが、冒険者ギルドのギルドマスターと確執があるラドヴァンは、冒険者の記事を書くのは消極的だった。テオドレは今も昔も、社会面の記事を多く担当している。エセラインが入社したことによって、花形の冒険者に関する記事が一面を取るようになったのだ。


(『宵闇の死神』の記事なら、社会面か……)


 担当はテオドレだったのだろう。施錠されている理由は、まだ表に出していないネタだからだろう。いつか、大きなヤマの際に、あの場所から記事が作成されるのだ。


(テオドレに話を聞ければ、少しは何かわかりそうだけど――)


 無言で資料をしまい、怒ったように出て行ったテオドレを思い出すに、それは難しいかもしれない。いつも飲んだくれで、不真面目なイメージの強いテオドレだったが、あの時は少し様子が違った。


(なんだかなぁ……)


 溜め息を吐いて、ゾランはパサついた肉を口に放り込んだ。





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