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第23話 始動・クレイヨン出版旅行記部



 石造りの中層の建造物が立ち並ぶ通りを歩く。デコボコした石畳をブーツで踏み、ゾランは背伸びをした。馬車での長旅を終えて、首都カシャロに戻って来た。ゾランとエセラインはクレイヨン出版の入るビルに真っ直ぐ進む。


「ただいま帰りました!」


「戻りました」


 扉を開きながらゾランは帰還の挨拶をした。ルドヴァンとルカが振り返って「お帰りなさい」と笑う。珍しく事務所に戻っていたテオドレが眉を上げる。


「無事戻って来て良かったよ」


「おかえりなさい、ゾラン。エセライン」


 テオドレが「良いよなあ、出張。オレも行きたいぜ」というのに、ルカが「あなたの場合は取材じゃなくてサボりでしょう」と眉を寄せる。


「良い記事は書けそうかな?」


 ラドヴァンの言葉に、エセラインが鞄の中から紙の束を取り出す。ゾランは緊張して唇が乾くのを感じた。


「ん? 随分多いね……?」


「企画書です」


「企画書?」


 書類を受け取り、捲っていく。ゾランはそわそわして、手に滲む汗を両手で擦り合わせる。エセラインは良いと言ってくれたが、今更ながら自信がなくなって来た。やはり無謀だったのではないかと、そんな気持ちが沸き上がる。


「これは――旅行記?」


「はい。まず、ガウリロ戦士団密着取材の一面に合わせて、企画として掲載してください」


「――なるほど」


 ラドヴァンの背後に回って、ルカも書類に目を走らせる。ラドヴァンはパラパラと書類を捲って、ルカにそのまま手渡した。ルカもじっくりと書類を食い入るように見つめる。テオドレは興味なさそうな顔でフンと鼻を鳴らした。


「あっ……、あのっ。どう、でしょうか……」


 自信なさげに言うゾランに、ラドヴァンが顔を上げて笑みを浮かべた。


「うん。村の様子や名物料理はゾランが書いたのかな? これまでの記事の経験が生きてる。良くできてると思うよ」


「私も、面白いと思います」


 ゾランはホッと息を吐いて、エセラインを見上げた。エセラインは「言ったとおりだろ?」という顔で、得意げに笑う。


「――冒険者時代を思い出すよ。あの頃、冒険は、見知らぬ土地を旅するのは、楽しかったんだ。この記事は、読者に『経験』を提供する、一助になるかも知れない」


 ラドヴァンの言葉に「じゃあ……」と呟く。ラドヴァンは大きく頷いた。


「勿論。特別企画として掲載しよう。ルカ、原稿の確認と校正をお願いするよ」


「了解しました」


「おっ、俺もやります!」


 名乗りを上げるゾランに、エセラインは肩を竦めた。そのまま、自分の席へと座る。


 その日、クレイヨン出版は遅くまで明かりが灯っていた。




 ◆   ◆   ◆




「聞いたか、アシェ鉱山の件! 大量のモンスターが巣食っちまったって」


「ああ、聴いたぜ。『赤鹿の心臓』が活躍したんだろ?」


「俺は『ガウリロ戦士団』がすごかったって聞いたぜ」


 新聞片手に、男たちが見て来たように語る。白熱した会話は盛り上がって、他のテーブルにまで響いていた。


「アシェ村といや、昔は女神ドレの巡礼者で賑わってたんだってな」


「ああ、そうそう。鉱山内に立派な祠があるらしいぞ。一生に一度くらいは、拝んでみたいよなあ」


「名物のヒクイドリのクリームスープ食って、酒飲んで。良いよなあ」


「六番町の方から馬車が出てるってさ。連日人でいっぱいらしいぞ」


「ああ、何か増便するって聞いたぜ」


 ダイナーの一角で新聞を広げ、客の話に耳を傾けていたゾランは、ムニュムニュと口元を緩めた。こそばゆいような、落ち着かないような、そんな感情だ。


「錬金術ギルド、営業停止になったらしいぞ」


 そう言いながら、金色の髪をした優男が、さも当然のように、向かいの椅子に腰掛ける。エセラインはカフェオレと新聞を手にしていた。


「勝手に相席すんなって」


 唇を尖らせて文句を言いながら、ゾランは朝食のソーセージにフォークを突き刺す。


「そうカリカリするな。俺とお前の仲だろ?」


「どんな仲だよっ」


「同僚で、同期で――一緒に寝た仲?」


「っ! 誤解されるような言い方すんなっ!」


「ついでに、同じ『旅行記部』のメンバー」


「……まあ、そうだけど」


 エセラインが通りに面した席に目を向ける。つられるようにゾランも視線を向けた。窓辺の席では新聞を持った男たちが、相変わらず騒がしく話している。薄く笑みを浮かべるエセラインに、ゾランも笑った。


「アラ、機嫌良さそうね? 二人とも」


『くじらの寝床亭』名物のソーセージを片手に、店主のミラが席に近づいてくる。


「ミラ。まあね。うちの新聞を扱ってくれるって店も増えたみたいだし、首の皮もつながった感じ?」


「それに、今日から始動だ」


 エセラインがミラからソーセージを受け取る。普段はカフェオレだけしか注文しない彼だが、今日は特別な日だから、ソーセージを追加したらしい。


「始動?」


 ミラが首を傾げる。ゾランは翡翠色の瞳を輝かせた。


「クレイヨン出版、旅行記部!」




1章 終わり



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