石造りの中層の建造物が立ち並ぶ通りを歩く。デコボコした石畳をブーツで踏み、ゾランは背伸びをした。馬車での長旅を終えて、首都カシャロに戻って来た。ゾランとエセラインはクレイヨン出版の入るビルに真っ直ぐ進む。
「ただいま帰りました!」
「戻りました」
扉を開きながらゾランは帰還の挨拶をした。ルドヴァンとルカが振り返って「お帰りなさい」と笑う。珍しく事務所に戻っていたテオドレが眉を上げる。
「無事戻って来て良かったよ」
「おかえりなさい、ゾラン。エセライン」
テオドレが「良いよなあ、出張。オレも行きたいぜ」というのに、ルカが「あなたの場合は取材じゃなくてサボりでしょう」と眉を寄せる。
「良い記事は書けそうかな?」
ラドヴァンの言葉に、エセラインが鞄の中から紙の束を取り出す。ゾランは緊張して唇が乾くのを感じた。
「ん? 随分多いね……?」
「企画書です」
「企画書?」
書類を受け取り、捲っていく。ゾランはそわそわして、手に滲む汗を両手で擦り合わせる。エセラインは良いと言ってくれたが、今更ながら自信がなくなって来た。やはり無謀だったのではないかと、そんな気持ちが沸き上がる。
「これは――旅行記?」
「はい。まず、ガウリロ戦士団密着取材の一面に合わせて、企画として掲載してください」
「――なるほど」
ラドヴァンの背後に回って、ルカも書類に目を走らせる。ラドヴァンはパラパラと書類を捲って、ルカにそのまま手渡した。ルカもじっくりと書類を食い入るように見つめる。テオドレは興味なさそうな顔でフンと鼻を鳴らした。
「あっ……、あのっ。どう、でしょうか……」
自信なさげに言うゾランに、ラドヴァンが顔を上げて笑みを浮かべた。
「うん。村の様子や名物料理はゾランが書いたのかな? これまでの記事の経験が生きてる。良くできてると思うよ」
「私も、面白いと思います」
ゾランはホッと息を吐いて、エセラインを見上げた。エセラインは「言ったとおりだろ?」という顔で、得意げに笑う。
「――冒険者時代を思い出すよ。あの頃、冒険は、見知らぬ土地を旅するのは、楽しかったんだ。この記事は、読者に『経験』を提供する、一助になるかも知れない」
ラドヴァンの言葉に「じゃあ……」と呟く。ラドヴァンは大きく頷いた。
「勿論。特別企画として掲載しよう。ルカ、原稿の確認と校正をお願いするよ」
「了解しました」
「おっ、俺もやります!」
名乗りを上げるゾランに、エセラインは肩を竦めた。そのまま、自分の席へと座る。
その日、クレイヨン出版は遅くまで明かりが灯っていた。
◆ ◆ ◆
「聞いたか、アシェ鉱山の件! 大量のモンスターが巣食っちまったって」
「ああ、聴いたぜ。『赤鹿の心臓』が活躍したんだろ?」
「俺は『ガウリロ戦士団』がすごかったって聞いたぜ」
新聞片手に、男たちが見て来たように語る。白熱した会話は盛り上がって、他のテーブルにまで響いていた。
「アシェ村といや、昔は女神ドレの巡礼者で賑わってたんだってな」
「ああ、そうそう。鉱山内に立派な祠があるらしいぞ。一生に一度くらいは、拝んでみたいよなあ」
「名物のヒクイドリのクリームスープ食って、酒飲んで。良いよなあ」
「六番町の方から馬車が出てるってさ。連日人でいっぱいらしいぞ」
「ああ、何か増便するって聞いたぜ」
ダイナーの一角で新聞を広げ、客の話に耳を傾けていたゾランは、ムニュムニュと口元を緩めた。こそばゆいような、落ち着かないような、そんな感情だ。
「錬金術ギルド、営業停止になったらしいぞ」
そう言いながら、金色の髪をした優男が、さも当然のように、向かいの椅子に腰掛ける。エセラインはカフェオレと新聞を手にしていた。
「勝手に相席すんなって」
唇を尖らせて文句を言いながら、ゾランは朝食のソーセージにフォークを突き刺す。
「そうカリカリするな。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲だよっ」
「同僚で、同期で――一緒に寝た仲?」
「っ! 誤解されるような言い方すんなっ!」
「ついでに、同じ『旅行記部』のメンバー」
「……まあ、そうだけど」
エセラインが通りに面した席に目を向ける。つられるようにゾランも視線を向けた。窓辺の席では新聞を持った男たちが、相変わらず騒がしく話している。薄く笑みを浮かべるエセラインに、ゾランも笑った。
「アラ、機嫌良さそうね? 二人とも」
『くじらの寝床亭』名物のソーセージを片手に、店主のミラが席に近づいてくる。
「ミラ。まあね。うちの新聞を扱ってくれるって店も増えたみたいだし、首の皮もつながった感じ?」
「それに、今日から始動だ」
エセラインがミラからソーセージを受け取る。普段はカフェオレだけしか注文しない彼だが、今日は特別な日だから、ソーセージを追加したらしい。
「始動?」
ミラが首を傾げる。ゾランは翡翠色の瞳を輝かせた。
「クレイヨン出版、旅行記部!」
1章 終わり