「旅行記……?」
「そうだ。ゾランの文章は生活に密着しているし、分化や歴史も触れていて、見た人を文章で旅に連れて行ってくれる力があると、俺は思う」
「っ……、そ、そうかな……」
「そうだよ。自信を持て」
エセラインはそう言って、向かいの席に座る。急に褒められ、ゾランはソワソワしてエセラインを見る。菫色の瞳は、真剣そのものだ。
「冒険者に憧れて、自分も冒険者になる人は多い。旅行記が魅力的だと思えば、自分も冒険者のように旅をしたいと思うかも知れない。このアシェ村の景色を見たいと思う人も来るかもしれない」
「――途絶えてしまった、巡礼者も来るかも――ってこと?」
「そうだ。それに、旅行記なんて他の新聞には掲載されてない。売り上げだって、伸びるかも知れない。いや――必ず、伸びる」
エセラインの言葉に、ゾランはゴクリと喉を鳴らした。そんなにうまく行くものだろうか。だが、もしもうまく行けば――。新聞は売れるだろうし、クレイヨン出版は危機から脱出出来る。多くの人に記事を読んでもらえるかも知れない。今までのように、記事を読まないで捨てられるなんてこと、起こらないかも知れない。なにより、アシェ村に誰かが足を運んで、名物のスープを飲んでくれるかも知れない。
そう思えば、自然と興奮して、ゾランは体温が上がるのを感じた。やる気が湧きあがり、いても経っても居られなくなる。
「やろう、旅行記!」
「ああ。やるぞ!」
ゾランたちはさっそく紙をテーブルに広げ、アシェ村周辺の情報を整理し始める。首都からアシェ村までの距離、道すがらにあったもの、その風景。人々の様子、生活。アシェ山の雄大な景色、まるで神殿のような趣の鉱山。アシェ村の暖かな人々。名物料理。巡礼の歴史と鉱山に隠された女神像。
一つ一つの情報を、丁寧に書き上げていく。美しい風景と美味しい食事。そして、長い歴史。それらを描くのは、難しいことなど何もなかった。ゾランはこの村のことを、たとえ来ることがなくても、知って欲しいと思う。その一心で、紡いでいく。
二人の執筆は深夜まで続いた。夜空が白むほどの時間まで、部屋にはペンを走らせる音が響いていた。
◆ ◆ ◆
「う、……ん……」
頭がボンヤリする。覚醒するのに時間がかかって、ゾランは随分長い間、ベッドに身を投げ出していた。
「……」
寝不足のせいで、思考が怪しい。だが、腹のほうは正直に、空腹を訴えてゾランを起こしにかかってくる。欠伸をして寝返りを打ったゾランは、すぐそばにエセラインの顔があるのに驚いて、慌てて飛び起きた。
「うわあっ!?」
「ん……」
眉間にしわを寄せ、エセラインが呻く。よく見れば二人ともベッドの上に倒れ込むように寝転んでいて、ベルトも外さないままだった。どうやら朝方まで執筆して、勢いのままに寝てしまったらしい。
(び、ビックリした……)
ソファに戻る気力がなく、エセラインと一緒にベッドを使ったらしい。バクバクと心臓が鳴る。エセラインの方は眉を寄せただけで、まだ起きる気配がなかった。綺麗な寝顔に、ゾランは唇を曲げる。
今回の旅は、エセラインのことをたくさん知ることが出来た旅だったと、ゾランは思う。エセラインが抱えるものも、本当は案外良いヤツだということも。エセラインの手に着いたインクを見ると、胸に暖かいものがこみ上げる。
「……ありがと、な」
ゾランは小さく呟いて、エセラインの鼻をツンと突っついた。
◆ ◆ ◆
「また来て頂戴ね」
「ええ。今度はプライベートで遊びに来ますね。記事を書いたら、新聞送ります」
「待ってるわ」
瞳を潤ませる女将と主人に、ゾランは抱きしめて挨拶を返す。冒険者たちはまだ半分ほど調査のために残っているが、商人などは立ち去り村は静けさを取り戻し始めた。カシャロ社のライターたちも、朝方出発したらしい。
「そろそろ馬車が出る。行こう、ゾラン」
「うん」
ゾランとエセラインは女将たちに頭を下げ、「お世話になりました」と別れを告げた。来た時と同じく、草の生い茂った道を歩き出す。
「ガウリロたちはもう二日ほどいるらしい。再会は向こうだな」
「ガウリロたちにも新聞、渡さないとね」
馬車に乗り込み、村を改めて見回す。村の人たちが手を振って別れを惜しむのに、ゾランも手を振り返した。青々としたアシェ山の中腹に、鉱山の跡も見える。その周囲に、赤い鳥がはためいているのが見えた。
「ヒクイドリだ」
「綺麗」
ゾランは手帳を開き、間に挟んであった羽を手に取った。真っ赤な、ヒクイドリの羽だ。
「またね」
ゾランの言葉にこたえるように、アシェ山にヒクイドリの鳴き声が響き渡った。