「あらあら! 随分立派なヒクイドリねえ!」
ゾランたちが持ち込んだヒクイドリを見るなり、女将が感嘆の声を上げた。思ったよりもヒクイドリは大きく、宿まで運ぶのは骨が折れた。
「あの、これで名物料理が出来ますか?」
「ええ、もちろんよ! 冒険者の皆さんのおかげで村も平和になったし、腕によりを掛けちゃうんだから!」
茶目っ気たっぷりの笑顔でそう言う女将に、ゾランはホッとした。もしかしたら、すぐには作れないかも知れないと思ったからだ。運ぶのを手伝ってくれたガウリロたちが、食堂の椅子に腰を掛ける。
「古いが、立派な宿だな。しっかりした造りだし、まだまだ宿として使えそうだが」
「鉱山がまだ出りゃ、この村も違ったんだろうな」
ゾランは女将の後に続いて、台所の方へと入り込む。
「手伝います」
「助かるわ。まずは肉を洗って大鍋に入れて。にんじん、クローブを刺した玉ねぎ、ローリエ、タイム、セロリ、タイムを加えたら、具がかぶるくらいの水を入れて頂戴」
手際よく鍋に材料を入れて行き、水を入れる。水を入れるのは重労働だ。横で女将がニコニコと見ている。水を入れたら蓋をして、火にかける。沸騰したら火を弱め、二時間ほど煮込む。その後肉を取り出し、骨と身に分ける。骨はスープに戻しさらに三十分ほど煮込めば、ベースとなるスープの完成だ。
「もう良い匂い」
「これだけでも美味しいのよ。味見をしてみて」
小皿に取られたスープをひと啜りして、ゾランは目を丸くした。
「んんっ! 美味しいっ!」
「そうでしょう? ヒクイドリはうまみが強いから、普通の鳥よりもずっと美味しいダシがとれるの」
「エセラインも、味見してみてよ」
ゾランは後ろで見学していたエセラインにも、小皿を渡す。
「ほぅ……、深い味わいだ」
「だよな! これで完成じゃないなんて」
「ここからが本番よ」
取り出しておいた肉をほぐし、丁寧にペースト状にしたら、スープと混ぜ合わせる。そこに生クリームとシェリー酒を加え、沸騰させないように暖めていく。十分に混ぜ合わせたら、塩で味を調え最後にチャイブを散らせば完成だ。
「おおっ……! まるで黄金みたいだ」
輝く黄金のように美しいスープに、ゾランは思わず声を上げた。スープの芳醇な香りに、完成を待っていたガウリロ戦士団の面々も顔を上げる。ゾランはトレイにスープを載せて、配膳の手伝いを買って出た。自分のテーブルにもスープを置く。
「それじゃあ皆さん、アシェ村名物、ヒクイドリのクリームスープ、頂きます!」
「「「頂きます!!」」」
行き渡った皿から、皆が一斉にスープを口にする。
「うめえ! こんなに美味いスープ、初めてだ!」
「ふごっ、ふごっ」
「泣くなホンザ! しかし、美味ぇな……。実家の母ちゃんに食わせてやりたいぜ」
「おおおお、おかわりっ!」
ガツガツと食べ始めるガウリロたちを横目に、ゾランはスープを掬った。クリームスープのもったりとした感触を確かめるようにして、一口含む。ミルクのコクと、ヒクイドリの出汁が組み合わさったスープは、絶品と言って間違いなかった。丁寧に裏ごしされた具材はなめらかで、スープと一体になっている。
「これは美味いな。首都の高級レストランで出て来てもおかしくない味だ」
エセラインの感想に、ゾランも頷く。
「うん、すごい、深い味わい。こんなに美味しいなんて」
「ゾランが身体を張ったおかげだな」
「ちょっと背中痛いけどね」
嫌味な言い方をするエセラインにそう言い返して、ゾランはプッと笑った。エセラインもつられるように薄く笑う。その光景を、女将が穏やかな表情で眺めていた。
◆ ◆ ◆
「――かつて巡礼者の厳しい旅を癒した、アシェ村のヒクイドリのクリームスープは、女将の愛情と人情に溢れた、とても優しい味だった……」
締めの言葉を書いて、ゾランはホッと息を吐いた。アシェ村最後の夜、ゾランたちの仕事は終わり、もうこの村でやることは残っていない。ゾランとしても、名物を食べることが出来て心残りはなかった。しいて言うならば、平和になったこの村も、いずれ忘れ去られ、滅びに向かっていくという一抹の寂しさが残っているだけだ。
「どうした、ゾラン」
エセラインがランプの明かりを強くしながら振り返る。
「んー。あの美味しかったスープも、いずれ食べられなくなるんだと思うと、ね」
ゾランはそう言って、言ってからまた「食い意地が張っている」と言われるんじゃないかと思い、顔を顰めた。だが、エセラインの発する言葉は違った。
「――少し、考えたことがあるんだが」
「ん?」
エセラインはゾランの手帳をヒョイと拾い上げ、パラパラとめくる。
「あっ! おい、エセライン、お前なに勝手に――」
「お前のこの手記」
「え?」
「旅行記にしてみないか?」
「――え?」
提案に、ゾランは目を丸くして、真剣な顔をしたエセラインの表情を呆然と見つめた。