窓から差し込む光で目を覚まして、ゾランは瞼を開いた。木の戸から山の風が吹き込んでくる。
「ん……」
起き上がって窓の方を見ると、エセラインが窓辺に立っていた。どうやら、窓を開けたのはエセラインらしい。昨夜のことを思い出し、なんとなく彼の横顔を見つめた。ゾランには考えられないような、辛い過去を背負っていたエセラインの話を聞いて、複雑な気持ちになる。
(……エセラインは『宵闇の死神』を追ってる――んだよな)
ペンでの復讐と言った、エセラインの言葉を思い出す。五年ほど前に姿を現し、以来この殺人鬼は闇に紛れながら暗躍し、未だに捕まっていない。ゾランは、自分にもなにか出来ないか、そう思った。一人で調べるより、きっと一緒に調べた方が良い。エセラインは嫌がるかも知れないが――。
「おはよう。何見てんの?」
「ああ。おはよう。いや、村を見てた。良い村だよな」
エセラインの横に並び、景色を見渡す。長閑で、良い場所だ。
「何もない場所かと思ったけど、案外良いよな。近くの川では船遊びと釣りも出来るって」
「お前、いつの間にそう言う情報を仕入れて来るんだ?」
「女将さんと話しただけだよ」
「お前のコミュ力には恐れ入る」
そう言ってエセラインが笑うので、ゾランは少しだけホッとした。今日はもう、いつものエセラインだ。
「早く食堂行こうぜ。お腹ペコペコ!」
「そうだな」
◆ ◆ ◆
「んーっ、やっぱこの宿のパン、美味しいよな」
「異論はないな。欲を言えば、そろそろカフェオレが飲みたいが」
「それはね~。でも、スープは絶品だろ?」
「だからって、二杯もお代わりするな。今日も登山だぞ」
「解ってるって」
ついつい、あと一口とスプーンを伸ばしてしまうゾランに、エセラインが呆れた顔をする。まだ気持ち的には食べて居たいところだったが、今日も鉱山に向かうことを思うと、大人しく忠告に従った方が良さそうだ。名残惜しそうにするゾランに、エセラインが肩を竦める。
「今日は本格的に坑道の中に入るんだ。油断するなよ」
「解ってる。俺だって、戦闘力はないんだし、油断しないさ」
「だと良いが」
◆ ◆ ◆
広場に行くと、既に昨日のメンバーに加え、多くの冒険者たちが集まっていた。今日は本格的に攻略を開始するとあって、村の人たちも集まってきている。村人たちは期待を込めた瞳で、冒険者たちを見つめていた。祈るようなその表情を、ゾランは写真に収めていく。
「今日は坑道のゴブリン掃討作戦を決行する! リーダーは我々『赤鹿の心臓』。『ガウリロ戦士団』『高潔なる剣』『戦槌団』はこれに続け! 今日でアシエ鉱山をゴブリンどもから解放する!」
「「「おおー!」」」
冒険者たちの声が重なる。冒険者たちは皆、鎧や盾を身に着け、武器を手にしている。探索に行った時よりも重装だ。今日の作戦では、入り口から一気に坑道内にいるゴブリンを殲滅していき、横穴や奥へ逃げたゴブリンたちは後日改めて一掃するというものだった。ゴブリンは集団であれば脅威だが、散り散りになってしまえばさほど恐れる必要はない。坑道が安全ではないと思えば、逃げ出すことも十分考えられる。反撃させないのが大事だということだった。
(すごい緊迫感……。こっちまで緊張するな)
ゾランは気迫たっぷりの冒険者たちを見て、自分も身震いがするようだった。エセラインはゾランに、冒険者の邪魔をしないように記者側のルールを伝える。
「攻撃の邪魔になる位置取りはしないこと。魔法は原則使うな。モンスターがこちらに来たときは自分で対処するしかないが、敵を引き付けるような派手なことは禁止だ」
「了解。突出しなければ、基本的に平気だよな?」
「基本的にはな。ただ、ゴブリンが逃げてこちらに来ることはあり得る。その時は逃がしても構わん」
「解った。でも、エセラインは倒せるんじゃないの?」
「モンスター退治に来たわけじゃない」
エセラインはそう言って肩を竦める。確かにそうなのだが、エセラインなら冒険者に混ざって攻撃も出来るはずだ。もっとも、そんなことをしたら出入り禁止になりかねないが。
(とにかく、攻撃の射線に入らないで写真を撮らないと)
カメラの動作に問題がないか、再度確認する。カシャロ社のカメラに比べると、旧式のカメラだが、手入れされているせいか動作は問題ない。ゾランは緊張を感じて深呼吸した。山に向かう冒険者の列に並んで歩き出す。
ゾランは一度、村の方を振り返った。鉱山に支えられ、今はなにも無くなってしまった小さな村。広場には村中の人が集まり、冒険者たちの背中を祈るように見送っていた。失敗したら、故郷を失うかも知れない。そんな漠然とした不安が、彼らにはあるのだ。冒険者たちはその期待を一身に背負って、歩いていく。冒険者たちにとってこの村は、縁もゆかりもない場所で、彼らにはなんの責任もない。僅かな報酬と、名誉。それだけを手に、仲間と共に勝利の美酒に酔う。
(これが――冒険者)
ゾランは市民たちが新聞を通して見る冒険者というものの存在を、改めて感じていた。そこに居るのは、真なる『英雄』。我々の憧れなのだ。