麓に戻ると、すっかり辺りは藍色の空気に包まれていた。冒険者たちは夕飯の匂いの漂う『ツルハシ亭』の方へと揃って戻っていく。「また明日、よろしくお願いします」と挨拶を交わし、ゾランたちも宿泊させて貰っている古い宿へと向かう。宿へは棄てられた家屋ばかりが立ち並んでいるため、明かりがなく真っ暗だ。ゾランは『光』の魔法で小さな明かりを生み出し、道を照らした。
「何枚か撮れたか?」
「うん。でも、難しいね、写真」
そう言って、ゾランは今日撮影した写真をエセラインに手渡す。エセラインは撮った写真を順に眺めて、それからまた最初からもう一度確認した。
「良いんじゃないか。俺より上手い」
「誰が撮ったって同じだろ?」
「そうでもないさ。絵のセンスがあるほうが、上手いようだ。ゾランはスケッチも得意だろ」
「えっ……。あ、うん……。まあ……」
スケッチが得意だと言われて、思わず驚いてしまう。そんな風に思っていたとは、知らなかった。どうやらエセラインは、自分が思っているよりもゾランのことを見てくれているらしい。なんだか照れくさくなって、ブーツのつま先で地面を蹴る。
「ん、まあ、写真褒められるより、記事褒められたほうが嬉しいけど? 今日の探索とかも、どう記事に切り抜いたら良いか、まだよく分かんないし……」
「ああ――そうだな」
自分なりに、今日の探索を記事にするとしたら、どう切り抜くかを考える。これまで書いたことがないため、どう形にしたら伝わるのか、悩んでしまう。事実を書くのは当然だが、面白味を与えるのは臨場感だ。ドラマを描くのは良いが、やり過ぎると創作になってしまう。
(エセラインの記事は、上手いんだよな……)
冒険者としての経験があるからだろうか。エセラインの記事は臨場感があって、引き込まれる。現場の空気が滲むような記事を読んだときは、悔しくて堪らなかった。自分には、この記事は書けない。そう思った。
「お前、自信あるようなこと言うけど、そうでもないよな」
「え?」
考え事に集中していたゾランは、エセラインが呟いた言葉を正確に聞き取れなかった。何か自分のことを言った気がするが、何を言われたのかは解らない。聞き返したが、エセラインはもう一度言うつもりはないようだった。
(なんだよ……?)
ゾランは肩を竦め、ランプの明かりの灯る宿に向かうエセラインの背中を追いかけた。
◆ ◆ ◆
「ふぅー……。良いお湯だった」
火照った顔を手で仰ぎながら、部屋に戻る。昨夜は風呂の用意が出来ていないと、湯を貰って終わりだったが、昼間のうちに掃除を済ませたらしく、今日は大浴場が使用できた。二人しか宿泊していないため、なんだか申し訳ない気持ちになる。ゾランが恐縮すると、女将は「久し振りのお客様で、私たちも嬉しいのよ」と笑っていた。
(冒険者の人とか、カシャロ社の人も、こっちにも泊まれば良いのに――まあ、それも大変なのか)
定期的に人が来ることになるのであれば、宿も再開するのかも知れない。息子夫婦が手伝っていた時期もあったらしいが、仕事を求めて村を出たらしい。産業がなくなれば、外に出るしかないのだ。寂しそうな顔をした女将は、宿を閉めたかったわけではないと表情で物語る。
ゾランは部屋の扉を開いて、エセラインに声をかけた。
「戻ったよ~。まだ入らないの? 薪で沸かしたお湯って柔らかい――」
言いかけて、エセラインが赤い革の手帳を見ていたのに気づいて、驚いて目を見開く。
「って、おい! なに見てんだよ!」
「開きっぱなしだったから、つい。これ今日の記事か」
「げっ。マジか……。だからって、見るなよなっ! それより、お前は書けたわけ?」
エセラインから手帳を奪い返し、じろりと睨む。自分なりに記事を書いたつもりだが、正直あまり良い出来ではなかった。一面を取ると豪語したゾランだったが、納得できる記事は書けていない。エセラインは記事を書くと言って部屋に残っていたので、しっかり読まれてしまったはずだ。
「一応な。明日の朝、クレイヨン出版に送る。お前も送れば」
「俺は……いい」
「悪くなかったけどな」
「……ちなみに、どう良かった?」
「……俺では書かない視点だな。ゾランらしい」
「褒めてねえじゃん!」
「そんなことはない。それに、アシェ村の様子を書いた記事も良かったぞ」
「……お前、そっちも読んだのかよ!」
カァと顔が熱くなる。どうやら、ゾランが書いたなんの変哲もない、村の様子を書いただけの記事も読んだらしい。
「さっさと風呂行け! 火落とすらしいぞ!」
「そうする」
笑いながら部屋を出るエセラインに、フンと鼻を鳴らす。フォローしてくれたようだが、「悪くはなかったが良くもなかった」らしい。自覚があるだけに、がっかりする。
(くっそー……エセラインのヤツ……)
『ゾランらしい』が誉め言葉だとは思っていない。自分でも解っているのだ。なんだか、生活欄の記事みたいだなって。エセラインの緊迫感のある記事と違って、どこかふわふわしているのだ。前任者から生活欄の記事を引き継いだ時は、こんな苦労はしなかった。どうしたら、緊張感のある記事がかけるのだろうか。難しい。
「はぁ……」
ゾランはため息を吐き出し、ベッドにダイブしてふて寝してしまった。