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第14話 深紅の鳥


 思いがけず時間が出来てしまったため、ゾランは村に散策に出かけた。普段の村は閑散としているらしいが、冒険者が詰めかけたおかげで多くの人たちで賑わっている。冒険者、取材陣、その他にもこれを商機に考えている行商が詰めかけているらしく、多くの人でにぎわっており、さながらお祭りのようだった。


「調整したかったのに、武器屋どころか金物屋もないって」


「仕方ないさ。こんな小さな村じゃ」


 冒険者がボヤキながら村を歩いているのを眺め、ゾランは手帳にメモを取る。


(モンスターが溢れたと言っても、今のところ平穏そのもの……鉱山からは離れているから、そのせいもあるのかな)


 鉱山までは三十分ほど登山しなければいけないようで、今のところそれほどの危険は感じない。先日命を落としかけたゾランとしては、緊張感のない雰囲気に戸惑うばかりだ。モンスターに対抗する手段のないゾランのような人間は、『いる』と言われただけでも不安で仕方がない。住人たちは不安そうに山の方を見上げ、祈っている。早く安心して眠れるようになりたいと、一心に願っているようだ。


 ゾランは村を見渡せる広場の一角に着くと、切り株に腰かけて手帳を開いた。写真を撮っても良かったが、持ってきている印刷紙に限りがある以上、余計な写真を撮るのは憚られた。いざという時に「紙がありません」では本末転倒だ。この雰囲気をとどめておこうと、簡単にスケッチをしていく。クレイヨン出版にはカメラが一台しかないため、ゾランの生活欄の紙面では写真を使っていない。雰囲気を伝えるためにゾランはいつも、小さなスケッチを描いていた。


 しばらく村の風景を切り取っていたゾランに、遠くの方からエセラインが近づいてきた。


「午後から坑道近くに行ってみることになったようだ。俺たちも同行しよう」


「お。ついにか。カメラの準備しておく」


 どうやら、冒険者の一部が周辺の偵察に行くことになったらしい。ガウリロたちも行くようなので、同行できるようだ。ようやく、取材が出来る。ゾランは手帳を畳んで、立ち上がった。




 ◆   ◆   ◆




 カメラの入った革製の鞄、腰のホルスターには短杖。斜にかけた鞄の中には取材で使うメモや手帳、水筒などが入っている。準備を整えたゾランに、エセラインが「来たか」と歩き出す。エセラインは腰に剣を佩いて、ベルトにバッグを身に着けている。必要最低限の持ち物と言ったところだ。広場の中央には既にガウリロたちが居る。他の冒険者もいるようだ。


 ゾランは集まった人たちを見回し、同行者に明らかに冒険者ではない風体の男たちを見つける。恐らく、カシャロ社の記者だろう。ゾランの視線に気づいてこちらを見、明らかに馬鹿にしたような顔で鼻を鳴らした。


(嫌な感じ! でもまあ、ライバルってことだし)


 今回はガウリロ戦士団と専属契約を結んでいるため、同じ題材でもまるきりネタ被りということは起こらないだろう。それが救いだ。ガウリロたちを応援している人たちも、新聞を買ってくれるだろう。ガウリロたちの活躍にも掛かっている。


「今日は周辺の調査だけだが、余裕があれば内部も少し踏み込む。モンスターが出ても守ってやれねえから、記者さんたちはあまり近づくなよ」


 ガウリロはそう言いながら、「そんな心配はないだろうけど」とエセラインを見る。エセラインは肩を竦めただけだ。


 予定を確認し、ぞろぞろと出発する。冒険者たちも他の記者も、慣れた様子だ。ゾランはその後を着いていく。


 山の入り口からはまっすぐ歩道が伸びていた。かつては鉱山に働きに行く鉱夫たちが使っていたのだろう。今は人が入らないからか、道は荒れて草が伸び放題だった。鬱蒼とした木々の間を縫うように、一団が進んでいく。木の枝を伐採しながら視界を確保し、冒険者が進むあとに続く。


「ラビッドシーミアがいるな。人間の気配を感じて出て来たか。刺激するなよ」


 先導する冒険者の言葉に、視線の先を見れば、赤い瞳をした白い毛の猿がこちらを見ていた。遠くから様子を見ているだけで、襲ってくる様子はない。縄張りに近づくものを警戒しているのだろう。


「ちょっと、不気味だね」


 ぼそりと呟くゾランに、エセラインが「Dランク相当のモンスターだ」と告げる。その言葉を聞いて、ゾッと背筋が寒くなった。


(当たり前の話だけど、山にもモンスターが居るのか……)


 人の手が入らない場所は、モンスターが増える。当然、この山にもモンスターが居るのだ。不必要に怖がると、余計に刺激するとエセラインがいうので、ゾランはなるべくラビッドシーミアを意識しないように視線を外した。クークーと低い声で鳴く声が、背中をざわざわと擽る。


(ちょっと、緊張するな……)


 先日レッドウェアベアと対峙したこともあり、幾分緊張する。刺激しなければ大丈夫だという冒険者たちの言葉を信じるしかない。


 不意に、バサバサという羽音と、キュアー! キュアー! という甲高い声を出して、梢から何かが飛び立った。とっさに上空に弓を構える冒険者の横で、ゾランは頭を覆い隠すようにしながら空を見上げる。


「あ」


 真っ赤な羽をした、美しい鳥が、山頂の方へと飛んでいく。


「ヒクイドリか」


 エセラインが呟く。あれが、宿の老女将の言っていた、ヒクイドリに違いない。その美しさに感動し、ゾランはしばし、鳥が消えて行った山頂を見つめていた。





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