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第13話 いずれ消えゆく


 店の外に出ると、月が高く昇っていた。夜の山間は虫の音と風が梢を揺らす音、正体の解らない獣の声がした。酒で火照った頬に、外気が気持ち良い。


「んーっ、涼しい」


「飲み過ぎた。お前は平気か?」


「ん。まあまあ。冒険者ってみんな、お酒強いんだね」


「ああ、そういう奴が多いな」


 やはり酒飲みが多いのだと、納得する。


「やっぱり、仕事のあとの一杯ってやつなのかな」


「それもあるだろうが――」


 エセラインは完全に同意ではないようだ。見上げれば、同じ量を飲んでいたはずなのにエセラインは顔色一つ変わっていない。


「何だよ?」


「別れが、多いからじゃないか」


 ポツリといった言葉に、ゾランはハッとしてエセラインを見つめる。


(ああ、そうか――)


 それが、冒険者なのだ。ゾランは理解する。冒険者の仕事は、命を落とすこともある。命が助かっても、大けがをすることもある。また同じメンツで冒険できるかは、わからない。仲間とともにある。だから、彼らは騒ぐのかも知れない。誰一人欠けることなく、同じメンツで飲める。それが、何よりも代えがたい『勝利』なのかもしれない。


(それが、冒険者なのか――)


 その答えにたどり着いた時、胸に温かなものがこみ上げた。今まで、彼らがどんな人たちなのか、ゾランは知らなかった。考えていなかった。新聞の一面をにぎわせる彼らは『英雄』で、『スター』だ。読者である自分たちは、そんな彼らの活躍を見て、一喜一憂して盛り上がる。有名になる。名声と財力を得る。それが、彼らの目的だと思っていた。だが、それは表面だけのことかもしれない。ゾランはまだ、彼らのことを何も知らない。そして、多くの人がそうだろう。


 もっと、別の顔を見てみたい。もっと、知りたい。ゾランの『知りたい』欲求が込み上げてくる。


 気分が高揚するゾランに、エセラインの視線が刺さる。エセラインは月明かりの下、淡く微笑んでいた。なんだか見透かされているようで、気恥ずかしい。


「っと……いい加減、宿に戻らないとな」


「ああ。女将さんも心配してるかもしれない」


「坑道にはいつから入るのかな」


「どうだろうな。ガウリロの話では、他の冒険者たちと共闘するようだから、もう一日、二日は待つんじゃないのか?」


「そっか。それまで待ちぼうけかな」


「やれることもないしな」


 エセラインはそう言って、肩を竦めた。




 ◆   ◆   ◆




(背中が痛い……)


 ソファから起き出して、ゾランは背筋を伸ばす。ベッドが一つの為、必然的におまけで着いてきたゾランがソファで寝ることになった。毛布は貰ったのだが、ソファではやはり背中が痛い。肩を回しながら欠伸をしていると、既に起きていたらしくエセラインが木の窓を開いた。ヒヤリと朝の冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。山の空気だ。


「おはよ……」


「おはよう。まずは顔でも洗って来い」


「んー。そうする……」


 欠伸をしながらのそりと起き出し、洗面所の方へ向かう。宿の女将は既に起きて朝食の準備をしているらしく、料理をする物音とスープのいい香りがした。


「んー。昨日は飲んで帰ったからありつけなかったけど、宿の食事、美味しそう」


 冷たい水で顔を洗って、部屋に戻る。エセラインは身支度を整えて待っていたようだ。


「エセライン。朝飯、美味しそうだぞ」


「そりゃ良いね」


「カフェオレはないかもな」


 エセラインを揶揄いながら、食堂の方へ向かう。老女将はゾランたちの姿を見つけると、顔を皺だらけにして微笑んだ。


「おはようございます」


「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」


「ええ。良い匂いですね」


「うちのスープは格別よ。こんな時じゃなければ、ヒクイドリのクリームスープを作ってあげたんだけど、今はモンスターが出ているだろう?」


 そう言いながら女将はゾランたちの目の前に、焼きたてのパンとスープを差し出す。


「ヒクイドリのクリームスープ?」


「郷土料理よ。この辺りの山には、ヒクイドリっていう鳥が生息していてね。真っ赤で大きな鳥なんだけど、とても良いダシが出てるのよ。お肉も、舌が蕩けちゃうくらい柔らかいんだから。いつもなら山に行って罠を仕掛けるんだけどねえ」


 どうやら坑道に出るモンスターのせいで、猟が行えないらしい。それを聞いて、ゾランは鼻息を荒くする。


「そりゃあ、迷惑な話だ! せっかくの名物が食べられないなんて!」


「お前らしいな。食い意地が」


「うるさい」


 エセラインに笑われ、フンと鼻を鳴らしてスープにパンを浸す。女将特製のスープは、味わい深くとてもうまみがあって美味しい。エセラインも一口啜って眉を上げた。


「これは美味いな」


「んん~~っ! 野菜の出汁かな。すごく美味しい!」


 女将が自慢するだけあって、この宿のスープは絶品のようだ。スプーンを掬う手が止まらなくなる。パンに浸せば染み込んだスープのうまみが凝縮されて、余計に美味しく感じた。こんなスープが飲めるのなら、背中の痛みなど幾らでも我慢できそうだ。


(野菜のスープでこれだけ美味しいなら、郷土料理のヒクイドリのスープはもっと美味しいんだろうなぁ……)


 モンスターが居なければスープが飲めたのに。そう思いながら、(そう言えばモンスターが出なかったら、ここに来ることもなかったか)と思い直す。


 ゾランは皿の底が見え始めたスープを、一滴も残すまいと、皿を傾けてスープを掬う。最後の一口を味わいながら、食堂を眺めた。食堂は、住人は座れそうな大きいテーブルが三つ並んでいる。かつては巡礼者で賑わったという古い宿。食堂の風景を眺めるだけで、かつての喧騒が聞こえてくるようだった。


 村は過疎化し、いずれは消えていくのだろう。そうなったら、鉱山も村も草木に埋もれ、地図からも消え失せる。かつてここに存在した記憶も記録も失われ、誰にも顧みられない。そんな光景は、少しだけ寂しいとゾランは思った。






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