案内された部屋は、古いがよく掃除されていて清潔だった。ベッドは一つしかないが、ソファはある。ゾランは部屋に荷物を置くと、木の窓を開けて外を眺めた。
「うわあ……」
高台にあるせいか、村全体が見渡せる。山の方角にはアシェ鉱山の入り口も見て取れた。周辺の山々の美しさに、思わずため息が出る。
(すごい、綺麗な場所)
空気を吸い込めば、緑の匂いが濃い。壮大な景色に胸が弾んだ。
「俺は一度『ツルハシ亭』に戻って、ガウリロ戦士団に挨拶に言ってくるが、お前はどうする?」
「あ、俺も行く」
冒険者のほとんどは、『ツルハシ亭』に泊まるようだ。これからアシェ鉱山攻略までの間の拠点となる。
「カシャロ社が来てるって言ってたけど、他にも来てるのかな」
「まあ、結構な事件だからな。首都から遠いとはいえ、注目されているだろ」
都市周辺や街道沿いは、冒険者や騎士団によって定期的にモンスター討伐が行われているため、普通一般市民はモンスターに遭遇するという機会はほとんどない。だが、アシェ村のような地方の小さな村や、人の行き来が少ないところは、どうしても後回しになってしまうため、都市部よりもモンスターの被害が多かった。モンスターに家や畑をやられ、結果として村から出ていくという悪循環で、村は余計に過疎化する。
今回はそんなモンスターが、廃鉱山に入り込み、繁殖してしまったという最悪のケースらしい。高齢者の多い村人だけでの討伐は難しく、領主に陳情が出されたようだ。このままモンスターが居座ってしまったり、討伐に失敗するようであれば、この村は廃村になる可能性もある。過去にはスタンピートなどのモンスターの大量発生により、村を捨て村ごと移住するようなこともあったようだ。
長い坂道を下り、『ツルハシ亭』に戻って来たゾランたちは、先ほど案内してくれた女将に挨拶し、奥の食堂へ顔を出す。
昼間だというのに、食堂はすでに酒臭かった。いったいどれほど飲んでいるのか、ビールの大樽が何樽も運び込まれ、塩漬け肉やソーセージが次々とテーブルに並んでは消えていく。冒険者たちは怒鳴ったり、大声で笑ったり、とにかく騒々しい。
(うわ)
荒々しい男たちの中に、ちらほらと女性の姿も見える。その女性たちも、ビールを浴びるように飲み干していた。冒険者というものは男も女も大酒飲みが多いようだ。
「凄いな」
ゾランは冒険者について詳しくないが、「いつも飲んでいる」という印象は間違っていないのだな、と思った。ゾランを騙したカジムとアコも、酒場に入り浸りだった。エセラインはキョロキョロとテーブルを見渡し、奥の方にいる集団に近づいた。ゾランも見覚えがある、ガウリロだ。ガウリロのパーティーメンバーなのか、背の低い痩せた男と、熊のような大男。それに頬に傷のある男が一緒に座っている。
「ガウリロ」
「おお、エセライン。着いたか」
ガウリロは大口を開けて笑いながら、ゾランとエセラインに椅子をすすめる。それから、メンバーを紹介してくれた。痩せた男はヒネク。弓を扱うらしい。大男は槌を扱うホンザ。彼はランク4魔法使いらしい。傷のある男はイジー。槍を使うそうだ。ガウリロ自身は斧を使うという。ホンザ以外はランク3魔法使いらしい。ゾランのことはエセラインの助手で、カメラマンだと紹介される。
「それで、坑内はどんな様子なんだ?」
エセラインの言葉に、ガウリロは「まあまあ」と言いながら給仕していた女を呼び、エセラインとゾランの分のビールを注文する。
「まあ、詳しいことは飲みながら話そうや」
「あのなあ……。まあ良い。それで?」
「坑道に住み着いたのはゴブリンらしい。かなり厄介だと言えるな」
「ゴブリン……」
ゾランはその言葉に眉を顰めた。ゴブリンは洞窟や岩の隙間などに棲みつく小鬼のモンスターだ。ガウリロはテーブルの上に大きな地図を広げた。どうやら、坑道の地図らしい。
「全長はおよそ九〇〇メートル。内部もかなり複雑だし、長年放置されて崩れかけているところもあるようだ。内部はかなり危険だな」
「入ってみたか?」
「『赤鹿の心臓』の斥候が入った。まあ、入り口付近だけだ」
情報はB級冒険者『赤鹿の心臓』がもたらしたものらしい。ビールを飲みながら打ち合わせを進めていく。ガウリロたちはどんなふうに攻略していくか。エセラインはどこまで取材で入れるかを綿密に打ち合わせていく。なるべく近くで取材したいが、ガウリロたちの邪魔は出来ない。今回の取材はクレイヨン出版にとって重要な取材だが、ガウリロたちにとっても有名になるチャンスだ。小さな出版社とはいえ、密着取材される冒険者は多くない。一流冒険者になる第一歩だと感じているようだ。
(坑道には入れない。けど、迫力のある写真は欲しい。ガウリロたちの邪魔も出来ない。――悩ましいな)
ゾランたちは夜遅くなるまで、酒場で打ち合わせを続けたのだった。