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第11話 廃鉱山の村



 首都を抜けると、収穫を待つ夏の麦が拡がる風景が見えてきた。青い空と黄色のコントラストが美しい。辻を行く辻馬車から郊外に向かう馬車に乗り換え、最初の村に向かう。乗り合い馬車に乗っているのは首都を往き来する行商人が多い。皆、大荷物を抱えていた。


みちが随分綺麗ですね」

「ここらの領主様が良い方でね。領主様が首都に行くのに通るからって、領民が定期的に石を拾って草を刈ってるんだよ」

「それは凄い」


 御者の言葉に感心して、手帳に書き込む。それをエセラインが覗き込んで、「へぇ」と感心した声を出した。


「何だよ」

「別に。熱心にメモしてるな」

「良いだろ。興味あることは何でも。気になったことは全部。それだけだ」

「記者の鑑だね」

「嫌味なヤツ」


 エセラインは「褒めてるのに」というが、とてもそんな気にならない。どちらかというと、馬鹿にされているように思えてしまう。


「――ところで、なんで、誘ってくれたの?」


 ガタゴトと、馬車が揺れる。手帳を鞄に仕舞って、ゾランはエセラインの隣に座りなおした。向かいの席では老婆が果実を乗客に手売りしている。


「あ? ああ――。まあ、お前の言う通り。チャンスは、あっても良いだろ」

「え?」


(俺が、チャンスさえあればって、言ってたから……?)


 チャンスがあればというのは、ゾランはずっと言って来たし、今もそう思っている。チャンスがあれば記事を書けるかもしれない。けれど、チャンスがなければ何も始まらない。だが、クレイヨン出版は人が少なく、担当が自然と決まっているようなところがあった。チャンスが生まれにくい。ゾランは産休で休職したスタナという女性ライターの代わりにクレイヨン出版に入社した。自然と、彼女が担当していた記事を引き継いだ形だった。不満があるわけではないのだが、一面を書くチャンスは回ってこない。そのことを、ゾラン以外の人間はあまり気にしていなかった。日々の仕事に追われて、それどころではないのだろう。複数ある紙面を、たった四人のライターで埋めなければいけない。


「とはいえ、チャンスって言っても、取材に同行できるだけだ」

「それだって、関われるのと関われないのじゃ、全然違う。今回は無理でも、将来書けるチャンスがあるかもしれないだろ?」

「まあ、な」


 ゾランはエセラインの横顔を見上げた。エセラインは淡々とした様子で、あまり表情を変えないが、ゾランには無理だと思っているわけではないらしい。応援しているわけでもないのだろうが、多少は認めてくれているのかも知れない。


(ふーん)


 ゾランは無言でエセラインを見上げ、口端を上げた。




 ◆   ◆   ◆




 首都カシャロを発って三日。村を二つ、山を一つ越えた先に、ようやくアシェ山が見えて来た。麓の村であるアシェ村から見える鉱山跡地は、まるで神殿のような厳かさがある。人の手で、目的をもって作られた痕跡だが、自然の中に忽然と姿を表す様は、なんとも言えない壮麗さがあった。


「思ったより賑わっているんだな」

「冒険者も集まっているし、他の記者も来てる。この村の規模だと宿泊先が厳しいか」


 村は一時の騒動のお陰で、お祭り騒ぎのようだった。人が集まれば物も集まる。やって来た外部の者たち相手に商売しようと、行商人も集まっているらしい。


(武器を持っているのは冒険者か。あっちは商人だな)


 キョロキョロと辺りを見回している間に、エセラインは慣れた様子で住人に聞き込みをし、宿の場所を確認したようだった。ゾランと目が合うと、肩を竦めて見せる。あまり良い情報はなかったらしい。


「やっぱり、宿は一軒しか営業していないらしい。厳しいな」

「取り敢えず、行ってみよう」


 そう言って、ゾランたちは村の中央にある大きな宿屋に向かった。木像二階建ての宿屋は、巨大で重そうな屋根の乗った頑丈そうな造りだった。辺鄙な鉱山町のイメージに対して、思ったよりも立派だ。かつてはゾランが想像するよりも、ずっと栄えていたのかも知れない。


「すみません、生憎、冒険者の方で一杯でして……。カシャロ社の方もお見えになったのですが、大所帯ということで、近くの農家をお借りになったようです」


 宿の女将が申し訳なさそうにそう言う。ライバル社も苦労しているらしいので、部屋を取るのは難しそうだ。この小さな町に、人口以上の人間が集まっているのだ。当然と言える。


「一部屋も無理かな?」

「すみません」


 相部屋でも構わなかったが、それも無いらしい。エセラインは肩を竦める。


「もっと早く出るべきだったか」

「そうだな。いつもこうなのか?」

「まあ、割りと」


 そう言うときはどうしているのだろうか。なんとなく、エセラインなら地元の女の子に助けて貰えそうだと思ったが、ヤボなことは聞かないで置いた。


「宿ではありませんが、紹介できる家なら」

「本当ですか?」

「ええ、ここから少し北に行ったところに、昔宿を経営していた家があるんです。そこなら」

「助かります。行ってみますね」

「私からの紹介と言っていただければ、無下にはされないかと」


 女将の好意に礼を言い、ゾランたちは言われた家を目指す。村には朽ちかけた家がいくつも点在していた。屋根の崩れた家、草が生い茂り傾いた家。長いこと人の手が入っていないらしい家には、看板が掛けられている。昔は薬屋、散髪屋、酒場などがあったようだ。伸び放題の草が風に揺れている。


「こうしてみると、空き家も多いんだ? 昔はもっと栄えていたのかな」

「鉱山が閉山になる前は、もっと賑わっていたのかもな」


 やがて、鬱蒼とした茂みの奥に、ポツンと赤い屋根の大きな家が見えてきた。かつて看板が掛かっていたらしい場所には何もなく、ランプだけが残っている。


「大きい」

「ああ。良い宿だ」


 庭先に入ると、すぐに老女が気づいてやってくる。


「おやおや、どうされました?」

「突然すみません。私たちはクレイヨン出版というもので、廃鉱山に現れたモンスターの取材に来たんです。しかしながらこの騒ぎで宿がなく、こちらを『ツルハシ亭』の女将に紹介して頂きました」

「ああ、そうなの。うちはもう宿は閉めちゃったから、たいしたおもてなしは出来ないのだけど」

「とんでもない。眠るところさえあれば」


 老女はニコニコ顔で俺たちを促し、宿の中へと案内してくれた。


「私ももう歳だから、部屋は一つしか掃除してないのよ。たまに、巡礼のお客さんが今でも利用してくれるから」

「巡礼、ですか?」

「ええ、ええ。もともとあの鉱山は、女神ドレの祠があってね、古代は金を採掘していたの。祠には青銅の女神像があってねぇ、建てられた当初は金が貼られていたらしいわ。それはそれは、立派な像なのよ」

「へぇーっ。見てみたいな」

「今はモンスターの危険があるな」


 盛り上がった気分を、エセラインがすかさず釘を刺す。そのくらいは解っていると、ゾランは舌を出した。モンスターが駆除されないと、祠にも行けないだろう。坑道と祠の位置関係が解らないので、どのくらい危険なのか解らない。


「私が子供の頃は、巡礼のお客さんで一杯だったのよ。でも鉱山が出来て巡礼よりも鉱山労働者が増えて、忘れられてしまったのね」


 そういう老女の横顔は、少し寂しそうだった。




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