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第10話 いざ、出張へ!



 今にも崩れそうな書類の束と、乱雑に積まれた本の山。デスクの上には紙類が高く積まれ、壁には重要な事件のメモや、請求書がピンでとめられている。石造りの古いビルの一角にある小さな出版社。クレイヨン出版である。


(取材メモに、手帳。予備の筆記用具も持って行こう)


 まだ町が起き出す前に、ゾランは準備のためにクレイヨン出版へとやって来た。窓の外はまだ薄暗く、町は静かだ。鞄に取材道具を詰め込むゾランに、ルカが声をかけて来る。ルカはゾランが早出すると聞いて、わざわざ鍵を開けるために出社してくれていた。


「ゾラン。これ」


「え?」


 ルカが渡してきた封筒を確認すると、中に現金が入っていた。驚いて目を丸くするゾランに、ルカが笑う。


「取材の費用、申請してないでしょう。エセラインが言って下さらなかったら、解りませんでしたよ。ちゃんと、経費は申告してください」


「えっ……エセラインが? でも……」


「もちろん、飲み代なんてのは、認めませんよ? うちが厳しいって言っても、社員に負担掛けるほど落ちぶれちゃいませんから。そのために、私がやりくりしているんです。あとでちゃんと、書類書いて下さいね」


「……はい」


(エセラインのヤツ……)


 金額は丁度、ここ三回分の取材に使った費用のようだった。もちろん、勝手に冒険者に依頼をした分は含んでいない。だが、貯金を失った今となっては、かなりありがたかった。


 二人が話しているところに、ラドヴァンがやって来る。ラドヴァンは普段から陰気で顔色が悪いが、早朝のせいか余計に顔色が悪く見えた。


「ああ、ゾラン。エセラインと一緒に出張に行くんだって?」


「社長。はい。行ってきます」


「気を付けてよ~。モンスターが出るんだ。何か武器、持って行かないと」


「武器――ですか」


 ゾランはそう言われ、唸った。武器になるようなものなど、持っていない。剣などを手にしたとしても、素人のゾランがもっても、危ないだけだろう。どうしようかと悩むゾランに、ラドヴァンが棚を開けて何やら埃被った布を取り出した。布を解くと、腕の長さほどの棒が入っている。持ち手の部分に装飾のある、木製の棒だった。


「僕のお古だけど。短杖というヤツだね。これ、あげるよ」


「良いんですか?」


「良いんだ。別に思い入れがあるわけでもないし」


 モンスターが来たら、思いっきりそれでぶん殴ると良い。そう言ってラドヴァンが笑う。ゾランも、剣で切るのは抵抗があるが、叩いて追い払うぐらいなら出来そうだと頷いた。


「準備できたか?」


 扉が開き、エセラインが入ってくる。エセラインは荷物を背負って、腰には剣を佩いていた。ゾランの準備が出来ているのを確認して、ラドヴァンたちのほうを向く。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってきます!」


「気を付けるんだよ」


「何かあったら郵便で連絡してください」


 二人に手を振って、事務所を出る。


「取材、楽しみっ」


 通りに出るなりくるっと振り返って、ゾランはそう口にした。昨夜からワクワクが止まらない。エセラインは呆れたようにため息を吐く。


「遠足じゃないんだぞ」


「解ってるって! でも、やっと念願の一面に関われるんだ。ワクワクするじゃん!」


「言っとくけど、お前は助手だからな?」


「勿論。助手。それに、カメラマン。だろ?」


「解ってれば良いけど。じゃ、それ。よろしく。カメラマン」


 そう言って、エセラインが手に持っていたバッグを手渡してくる。持つと、ずしりと重い。飴色の革のバッグを開けると、中に黒いカメラが入っていた。


「おお……。これ、どうやって使うの?」


「ああ。お前、魔法ランクは幾つだ?」


「え? ……2。だけど……」


 急に聞かれて、ゾランは唇を尖らせる。先日のエセラインの魔法を見る限り、彼は魔法ランク3以上あるだろう。もしかしたら、4かもしれない。なんでも優秀なエセラインと比べられるのが嫌で、つい拗ねたような口調になってしまった。


「スロットは? 幾つ開いてる?」


「8つあって5つ空いてるけど……」


 魔法というのは、生まれた時に才能として生じる。スロットという枠がそれぞれ生成され、その数に応じてランクが決まるのだ。枠の数は生涯変わることはない。つまり、魔法ランクは生まれ持っての才能である。枠の数によって、使用できる魔法の数が変わり、ランク1の魔法使いで0から2つ。ランク2の魔法使いで3から8。ランク3の魔法使いで9から15と、使用できる最大数が変わってくる。ゾランの場合は生まれついて持っている枠は8つ。ギリギリランク2だった。


 この枠の中に、大抵は1つか2つ、魔法を持って生まれて来る。ゾランの『種火』や『水滴』などの生活魔法も、その一つだ。


「『光』は持ってるか?」


「いや。持ってるのは『種火』、『水滴』と、あと一つは……ちょっと使えない魔法だけ」


『使えない魔法』という言葉に、にエセラインは「ふぅん?」という顔をしたが、探るような真似はしなかった。ゾランもその魔法についてはあまり説明が出来ない。


「枠が8つもあるなら、冒険者でもそれなりに稼げそうだな」


「そうかなあ。でも、攻撃魔法って高いだろ?」


「まあ、ピンキリだ。取り敢えず、光魔法は俺のを譲渡する。手、貸して」


「え? ああ、うん」


 エセラインが手を差し出すので、その手に自分の手を重ねる。


 魔法は生まれたときにスロットに生成されるが、他人へ譲渡することが可能だ。希少な魔法をもって生まれた場合、貧困層は売ってしまうことが多い。今回はエセラインの魔法を譲ってくれるらしい。


「そういうお前は、魔法ランク幾つなんだよ?」


「俺はランク4だ。枠は最大数あるが、殆ど空スロットだけどな」


「えー。じゃあ、23枠もあるのか?」


「そうだな」


 エセラインがゾランの手をぎゅっと握りしめた。ピリと、魔力のパイプがつながるのを感じる。


「――魔術の神パルドンに願い申し上げる。魔法譲渡」


「っ」


 ビリッと、電流のような刺激を感じる。エセラインと重なった手から、何かが流れ込んできた。瞳を閉じ、魔法スロットを確認する。光魔法が新しく増えていた。


「おお、来た」


「光魔法を使ってカメラの中にセットした紙に焼き付ける。薬品がここに入ってるから、すぐに現像される仕組みだ」


「へえー。そういう仕組みだったんだ……」


 まだザワザワする手を開いたり閉じたりしながら、カメラを覗く。不思議な感じだ。


「うまく取れるかなあ……」


「確かに、何枚か撮ったほうが良いな。薬品代はそうでもないから、気軽に撮ってみろよ」


「ん。まあ、慣れだよな。頑張る」


 そう言ってカメラを構えて、エセラインの横顔に照準を合わせた。シャッターを切る。カシャと音が鳴ると同時に、カメラに魔力を吸われた。


「お」


(なるほど。こういう感じか)


 カメラがキュルキュルと音を立て、紙を吐き出す。その紙に、エセラインの横顔が映っていた。


「へえ。良いじゃん」


「ん?」


「ううん。使い方、解った」


「そうか」


 ゾランはそう言うと、カメラを仕舞い、写真を手帳に挟み込んだ。


(よし。絶対に、良い写真撮るもんね!)













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