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第4話 場末の冒険者



 地下に続く階段を降り、扉を開く。酒の匂いに顔を顰め、ゾランは脂が染み込んだ床を踏んだ。中には昼間だというのに、酒盛りをする男たちの姿があった。どの男もテーブルの傍らに斧や剣を立てかけ、談笑しながらジョッキを呷っている。


(うわ……、想像通りというか、なんというか……)


 ゾランの思い描く、『粗野で野蛮な』冒険者そのものという姿だ。ほとんどが男性で、女性は少ない。ゾランの登場に気づいた冒険者が、怪訝な顔をした。ゾラン自身、場違いという思いが強い。


(うっ……、すごい、威圧感……。でも、取材のためだ!)


 ジロジロと値踏みするような視線に、ゾランは身を固くしながら酒場を歩く。誰に声をかけて良いのか、見当もつかない。先ほどまで笑い声で溢れていた酒場は、いつの間にか静まり返っていた。


(落ち着け。よく観察しよう)


 手前の男が持つ槍は、穂先が欠けていて手入れが悪かった。その奥に座っている男たちは、鎧に着いた汚れも落とさずに椅子に腰かけている。カウンターに向かって、周囲を観察しながら椅子に腰かける。


「えーっと、ルートビアで」


「なんだい、酒場に来て飲まないのか」


「仕事中なので……」


(これも、経費は無理だな……)


 恐らくルカは経費に認めてくれないだろうな、と思いながら、グラスに注がれたルートビアを啜る。ルートビアはハーブや木の根、ショウガやリコリスなどがブレンドされた清涼飲料だ。薬のような風味だが、何故だかクセになる。


 しばらく声をかける相手を吟味していたゾランは、身ぎれいな革鎧を身に着けた茶髪の男と、フードを被った痩せた男の座るテーブルに近づいた。


「こんにちは、ご一緒しても良いですか?」


「あん? ああ、良いぜ」


「すみません。こちらにビールを追加で」


 店員に声をかけ、席に座る。他のテーブルの客は、雑談をしながらゾランたちの方に耳を傾けているのが解った。


「クレイヨン出版のゾランと申します」


「なんだ、冒険者じゃねえとは思ったが、記者さんかい。俺はカジム。こっちのフードがアコだ」


「悪いが、おれは新聞は読まねえ。新聞の売込みならマスターに聞いてみな」


「いえ、売込みじゃなくて……。取材を申し込めないかと思いまして」


 ゾランの言葉に、カジムが新しいビールを啜りながら「ハッ」と笑った。


「ふん。見る目があるなあ、アンタ。俺らはこの中じゃ、中堅の冒険者だ。まあ、取材するなら俺たちだろうな」


 得意げな顔をするカジムに、外野から「対して変わらねえだろう」とヤジが飛ぶ。どうやら、あたりだったらしい。装備の手入れの良さと、修理して使っている革鎧を見て、慣れているのだろうと判断したのだ。


「で、取材というのは?」


「俺は冒険者の活躍というのを、この目で見たことがないんです。どんなことをされているのか、教えていただきたいんです」


「はあ――どんなこと、ねえ」


「俺たちはカシャロを拠点にしている冒険者だ。ダンジョン攻略だとか、そういう華々しい活躍はしてねえぞ」


「市民が思うほど、もてはやされる仕事じゃねえよ。こうやって、仕事がないときにゃ、燻ぶってるしな」


 ゾランは二人の何気ない言葉を、手帳にメモしていく。それから、二人の特徴や装備をなんとなくスケッチした。新聞の一面には写真が掲載されるが、カメラの魔道具は高価でなかなか使用できない。ゾランの記事は、大抵彼が描いたスケッチが掲載された。


「薬草採取に、近隣の魔物の討伐、畑の警備。そんなのばっかりだ。時々は、下水にも降りる」


 カジムは肩を竦める。アコがゾランをフードの奥からじっと見た。


「アンタ、本当に冒険者のことを知らないんだな。一体、ここにはどうやって来たんだ?」


「アムステー出版のマルコさんから聞いて」


 マルコの名前を出すと、興味を失くして歓談していた冒険者たちが、一瞬会話を止めた。


(? なんだ?)


 カジムは「ああ――」と顎を撫でる。


「マルコの紹介か」


「お知り合いですか?」


「アイツも常連だからな」


「なるほど」


 カジムは何かを考えるそぶりをして、アコを見た。アコが頷く。


「よし。それなら、こんなのはどうだ?」


「はい?」


「俺たちの仕事を、実際に見るのさ」


「実際に?」


「ああ。実はこの後、狩りに行く予定でな。なに、近場だし、危険なんかない。もちろん、タダというわけには行かないがな」


 同行の提案に、ゾランは好奇心が沸き上がる。モンスター相手の仕事を見るのは、正直なところ怖い気持ちもあったが、カシャロ近郊にはそれほど凶悪なモンスターが出没しないのは知っている。せいぜい、畑を荒らすビッグラッドや、ホーンラビットくらいのものだ。田舎に住んでいたころは、見かけたこともある。村の畑に出た時は、青年団のみんなで退治していた。恐れるほどではないだろう。


「もちろん! 同行させていただけるのなら、取材料はお支払いします!」


「よし。良いだろう。依頼ってことで受けるが、それで良いか?」


「はいっ」


「費用は、これだけだ」


 そう言ってカジムが指を一本突き出した。


「えーと、千……?」


 念のため、そう呟く。カジムが眉を寄せた。バレヌ王国で流通する貨幣の単位は、バレヌである。ゾランが呑んでいるルートビアは六〇〇バレヌ。ビールは八〇〇バレヌだ。


「一万……」


「十万だ」


 十万バレヌを提示され、ゾランはぐっと息を詰まらせた。少しだが貯金もあるし、払えない金額ではない。


「じゅ、十万……ですか……」


「嫌なら良いんだ。俺たちはべつに依頼を受けなくても良い」


 カジムが肩を竦める。


(どうしよう。絶対、経費なんか認めてもらえないよな……でも……)


 ここの取材料十万バレヌは、恐らく自腹を切ることになるだろう。生活欄の記事を任されているのに、冒険者の記事を書いて経費は通らない。


(でも、ここで記事を書けなきゃ、俺はずっと生活欄の記事を書くだけだ)


 ずっと、エセラインに勝てない。ずっと、胸を張って一人前の記者になったなんて、言えやしない。


 ぐっと拳を握りしめ、ゾランは顔を上げた。


「――十万、ですね」


 カジムがニッと笑った。アコも頷く。酒場の他の冒険者がチラリとこちらを見て来た。店員が肩を竦める。


「交渉成立だ」


 差し出された手を、ゾランは力強く握り返した。








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