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第3話 潰れかけの出版社 3

(なんだよ、エセラインのヤツ……)


 ブーツのつま先で石畳を蹴って、ゾランは唇を曲げた。ちょっと言い過ぎたかとは思うが、あんなに怒ることかと思う。そもそも、「伝手がある」なんて言い出したから、ゾランだってそう言ったのだ。


「……くそーっ。俺だってな、良い記事書いてやるんだからっ。あんな奴に負けるかよっ!」


(そもそも、俺だってチャンスさえあれば、良い記事は書けるはずなんだ)


 生活欄の記事では、一生かかっても一面は取れない。ゾランが一面を取って、一人前の記者になるためには、どうしたってそれだけの内容を書く必要がある。つまり、重大な事件を担当するか、人気記事である冒険者の記事を書くかだ。


(エセラインは冒険者ギルドに行くって言ってたっけ……)


 つまりエセラインは、冒険者の記事を書く当てがあるのだ。ワインや猫の記事ではなく、英雄である彼らの記事だ。


「……」


 鞄を開き、中から古い革の手帳を取り出す。傷のある赤茶色の革表紙を慈しむように撫でて、ゾランは瞳を閉じた。


(いつか、一人前の記者になって、ラウカに会いに行くんだ……)


 頬を撫でる穏やかな風。揺れる黄金の麦の穂。どこまでも広がる空には、入道雲が浮かんでいた。あの夏を、ゾランは忘れない。あの日を胸に、記者になったのだ。


『泣くな少年。オレは真実を探しただけだ。オレは何もしてないさ』


 眩しい笑顔。頭を撫でる手。あの背中を、自分は追い続けている。


「――うん」


 瞳を開き、顔を上げる。


「やっぱり、足踏みなんかしてらんない。俺だって……!」


 そう意気込んで、ゾランは力強く歩き出した。



 ◆   ◆   ◆



「ここが、冒険者ギルド……だよな」


 グレーの煉瓦で出来た重厚な建造物が、大通りに面して聳え立っている。正義を示す秤に重なるように、剣と杖が交差した紋章が描かれた看板。入り口は左右に二つある。向かって右側が、冒険者たちが出入りする入り口で、左側が依頼人受付やその他の手続きのための入り口だ。ゾランの故郷の村には冒険者ギルドの支局はなかったし、上京してからも一度も訪れたことはない。ゴクリと喉を鳴らし、看板を見上げる。


(冒険者……怖いってイメージがあるけど……)


 英雄として活躍する冒険者も多いが、粗野で乱暴というイメージも多い。そのイメージにたがわず、トラブルを起こして紙面をにぎわせているのもまた、冒険者だ。酔った冒険者に殴られて骨を折った、なんて話は、酒場ではよく話題に上がるものだ。


「……とにかく、入ってみよう。取材の申し込みは、左のドアだよな……」


 扉をそっと開き、中の様子を窺う。荒くれどもで溢れているとばかり思っていたが、どうやら冒険者たちのフロアとは完全に仕切られているらしく、中に居たのは商人らしい恰好のものや、学者のようないで立ちのものばかりだった。ホッと胸をなでおろし、あたりをキョロキョロと見回す。


(エセラインのヤツ……、居ないじゃん……)


 冒険者ギルドの方へ行くと言っていたから、てっきりここで鉢合わせするかと思っていたので、ゾランは拍子抜けした。


(まあ……嫌味を言われなくて済んで、良かったけど!)


 だが、それならどこに行ったのだろうと、少しだけ釈然としなかった。エセラインがどこに行ったのかは気になったが、気を取り直して受付の方へと進む。ギルド内は依頼人たちで列が出来ていた。ゾランは彼らの声に耳を傾けながら、列に並ぶ。


 護衛の依頼、配達の依頼、採取の依頼。様々な依頼が飛び交っている。首都であるカシャロには、特に多くの依頼が舞い込むようで、ここで受け付けられた依頼の他にも、他の支局から回ってくる依頼もあるようだ。職員たちが忙しく働く様子を、ゾランは興味深い視線で眺める。


(こういう働く人に焦点をあてるのも、面白いよな……。まあ、一面は取れないけど……)


 ゾランにとって、『知らなかったことを知ること』は、何にも勝る面白いことだ。好奇心がうずうずと沸き上がる。そんな風に観察をしているうちに、あっという間にゾランの番になった。受付の職員がゾランを見て、スッと目を細めた。


「ご依頼でしょうか?」


「あ、すみません。取材の申し込みって、こちらから受付出来るんですよね」


「失礼ですが、なにか身分証などはお持ちでしょうか?」


「あ、はい。社員証が」


 鞄から社員証を取り出し、受付の男に見せる。男はじっくりと社員証を確認し、眉を寄せた。


「クレイヨン出版、ですか――」


「はい。実際に冒険者の方にお会いして、出来れば同行出来ると――」


「残念ですが、当日申し込みは受け付けておりません」


「――え」


「こちらの用紙に記入いただき、審査の上回答させていただきます。直近でも、三か月は先になるかと」


「さ、三か月っ?」


「冒険者の方で断る場合もありますし、重要事件については専属記者が優先になります。クレイヨン出版は専属記者契約をしていませんから、申請されても取材が出来る保証はありません」


「そっ、それって、何とかならないんですかっ!?」


「お答え出来かねます」


「――」


 ゾランは押し黙って、拳を握りしめた。背後から商人風の男が「まだか?」とせかす声を聴いて、慌てて列から外れる。申込用紙を見つめ、溜め息を吐き出した。


 専属記者契約の話は、聴いたことはあった。大手新聞社は冒険者ギルドと連携して、情報があればすぐに上がって来るらしい。クレイヨン出版のような弱小の出版社など、はなからのだ。


「っ……」


(これじゃ、取材出来ないじゃん……)


 どうにかして、取材できないだろうか。頭を悩ませる。


(エセラインは伝手があるって言ってた……ってことは、何かやりようがあるはずだ)


 まっとうに取材をするのが難しいのは、エセラインも同じはずだ。恐らく彼も、何らかの手段を用いて取材をしているに違いない。


(冒険者受付のほう、なんとか覗けないかな……)


 扉から出て、対象の位置にある扉の方を見る。槍を背負った男と弓を背負った女が扉をくぐる。扉の前で待ち伏せして、声をかけるのもアリだろうか。そう考えていた時だった。


「おい、アンタ」


 背後から声をかけられ、ゾランは振り返った。くすんだカーキ色の布のコートを羽織った、トサカのようなモヒカンの男がゾランを見て指をさす。


「はい?」


「アンタ、クレイヨン出版のひと?」


「はい、そうですが……」


 話を聞いていたのか、ゾランが肯定すると男は人懐こい笑みを浮かべた。


「初めて見るなあ。クレイヨン出版に、アンタみたいな若いヤツがいたなんて知らなかったよ。ほら、エセライン。アイツがちっと有名だろ?」


「はあ……」


 エセラインの名前を出され、ゾランは複雑な気分になった。生活欄を書いているゾランなど、知らないのだろう。


「俺はマルコってんだ。アムステー出版のライターさ」


「あっ。ゾランです。よろしく」


 アムステー出版を『低俗』と馬鹿にしたことがあるゾランは、内心バツが悪かった。


「クレイヨン出版は冒険者の記事に力を入れることにしたのか? なかなか、金がかかるだろう。うちは大抵、ギャンブルネタだからなあ」


 はっはっは、と豪快に笑うマルコに、ゾランは曖昧に相槌を打った。


「やっぱり、お金がかかるものなんですか」


「まあな。ギルドに中抜きもされるし。逆に、金さえ積めば、取材できるってこった」


「なるほど」


 ゾランは頷いたが、半分ほどしか理解できなかった。金を積んでどうにかなるのなら、専属記者はいらないのではないだろうかと首を傾げる。その様子にマルコはピンと来たらしく、馴れ馴れしくゾランの肩に手を回し耳元に囁く。


「なんだ、もしかして直接交渉したことないのか?」


「直接交渉?」


「この近くに冒険者が集まるダイナーがあってな。そこに行きゃ、ギルドを介さず直接冒険者と交渉が出来る。もちろん、ギルドを介さないやり方は好まれないがな。みんなやってるのさ」


「そんな方法が……? そのお店って、どこにあるんですか?」


 マルコは無精ひげの生えた顎を撫でて、「うーん」と唸った。


「お願いします。マルコさん」


「マルコさん、なんてよせやい。マルコで良いさ。そうだな。本当は情報料って言いたいとこだが――同業のよしみだ」


 マルコはそう言いながら、懐から紙束を取り出す。さらさらと何かを書きつけ、ゾランに差し出した。地図と、店の名前のようだ。ダイナーの名前は『青の麦亭』だ。


「一流冒険者はあまり使わないが、駆け出しや中級冒険者の話なら聞けると思うぜ」


「ありがとう、マルコ!」


「いや、良いってことよ。ゾラン、あんたの記事、楽しみにしてるぜ」


 そう言うと、マルコは手を振って路地の向こうへと消えて行った。


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