科×妖・怪異事件譚
第28話
悪食の縄事件【中編下】
「ところで、一応の確認になるのだけど皆は動く死体の胸元で蠢く影は、見えているのかしら?」
「いや、私は見えないな」
「ええ、私もですわ」
「僕も見えないね」
動く死体に視線を移した後、茆妃は花蓮、早苗、由羅の三人に対し、必要事項について問うが……。
返ってきたのは全員が全員まったく同じような答えだった。
つまり、状況は最悪の一途を辿っているという事である。
「じゃあ、どうやって対処する気なのよ?」
そんな状況に、とてつもなく悪い予感を覚え……。
茆妃は思わず、三人に対して鋭いツッコミを入れてしまう。
だが、その問いに対して三人は「何とかなる」と主張するあり様で茆妃の心配など、どこ吹く風といった様子。
流石に、この状況に一抹の不安を覚えた茆妃だったが、その不安を払拭するかのように由羅が即座に動いた。
そして、彼女は刀身の無い柄に影を集約して生み出した影の刃で迷うことなく、死体の胸元に刺突を放つ。
「この通り、意識を集中すれば僅かな違和感は掴めるからね
原因が分かれば、それを模索する手段はいくらでもあるよ」
「なるほど……根拠はあったのね」
影の刃で胸を貫かれた動く男性の死体は突如として動かなくなり……。
胸元から無数の目を持った蛇のような見た目の縄が姿を現す。
その寄生縄は影の刃により串刺しになった状態で「ぐごごご!」という、奇妙な奇声を上げ……。
鰻のような仕草でクネクネと体を捩らせ、のた打ち回っていた。
そして、その何とも言えない不快な光景を目にした早苗と花蓮が思わず、顔をしかめながら……。
「うわっ……気持ち悪いな、これ……?」
「確かに悍ましいわ……」
生理的な嫌悪感を含んだ表情で呟いた。
「うん、まるで寄生生物みたいで気味悪い良いね……」
また、由羅も顔に嫌悪感こそ出してはいなかったものの……。
早苗と花蓮の言葉に同意し、小さく頷く。
そんな状況を目の当たりにし、茆妃は考え込むような仕草をしながら花蓮に問いかける。
「寄生生物……
ということは、この縄が体内に寄生して死体を操作しているって事かしら?」
「恐らく、そうだろうな……
しかし、その本体は別だろうが……」
「そうなんだ
で、本体の性質とか所在とかの目星はついたの?」
「残念ながら手がかりが不足してるからな
所在に関しては性質や所在に関しては、まだ模索段階だ」
「相変わらずの役立たずぶりね、花蓮
なんか、尊敬するわ」
「こちらこそ、いつも毒婦のような一言を、ありがとう……
お陰で心の修業になるよ」
「ほほう……
誰が毒婦ですって?」
花蓮と茆妃はお互い、殺意の籠る視線をぶつけ合いながら冷たく微笑む。
しかし、動く死体が二人の方へと近づいた瞬間、花蓮と茆妃は、いがみ合いを止め、示し合ったかのように攻撃態勢に移る。
茆妃は必要最小限の動きで動く死体の攻撃を躱し、その胸元に浄波を突き立てるのと、ほぼ同時。
花蓮も霊気で生み出した短刀を死体の胸元に向けて放つ。
その直後、耳障りな呻き声が上がり、二体の動く死体は力なく崩れ落ちた。
「予想通り、この寄生する縄は胸元以外には寄生できないみたいだな……」
「ええ……
どうやら死体の心臓に寄生しているみたいだわ」
「ただ、それが分かっても対処が一時しのぎにしかならないのは、
不味いな」
「ええ…何度、倒してもキリがないわね
中の寄生する縄を倒したところで、また別の縄が寄生するだけだし……
こんなのジリ貧だわ」
花蓮と茆妃は今さっき倒した動く死体に別の寄生縄が寄生しようとする様子を見守りながら、うんざりしたように言う。
「助けた女の人も早く非難させないが、このままだと守り切れないな
この際、死体の心臓でも潰すか?」
「それ……誰がやるの?
私は絶対やりたくないわよ」
「私だってやりたくないぞ」
「なら軽はずみなことは言わないで!」
「はいはい
とは言ったものの実際、どうしたものか……」
状況は最悪……。
しかも、この状況を解決する糸口すら見つからない。
また、悪いことが起こる時には続けざまに、悪いことが起こるのが定番。
実際、今回もその例に漏れず、その悪いことを告げる使者が二人の元に駆け寄ってくる。
その使者というのが……。
困った表情をした由羅だ。
彼女は花蓮と茆妃の元に辿り着くと、言い難そうに二人にこう告げた。
「不味いことになったよ……
実は退路を確保しようと出口を探してみたんだけど……
どうやら、ここら辺一帯は一種の封鎖空間になっているみたいなんだ」
「封鎖空間?」
由羅の言葉の意味が分からず、茆妃が首を傾げる。
「そうだな……
簡単に言うと私たちは、この場所に閉じ込められたってことだな
出口のない迷路と言った方が分かりやすいか?」
「ははは……悪い時には、悪いことが重なるものね」
「確かに……」
ここまで最悪の状況が重なったとなると、もはや笑うしかない。
その結果、三人の脳裏に一瞬、現実逃避にも似た思いが過るが……。
早々に思い直し、三人は即座に前向きに対策を考え始める。
だが、そんな時、炎の槍で一人で奮闘していた早苗が怒気を込めた言葉で叫ぶ。
「ちょっと、そこの三人!
遊んでないで、早く加勢しなさい!!」
「別に遊んでいるわけじゃないぞ?
どうにか、この状況を打破しようと三人で打開策を思案しているだからさ
悪いが、もう少し頑張ってくれ」
「ふ、ふざけないで!
だったら、せめて交代で考えるか、誰か加勢に来なさいよ!」
「ふっ……この程度の状況を一人で対処できないとはな……
大きいのは態度と口だけか?」
「い、言わせておけば……!
いいでしょう!
この程度、私が何とかしてみせますわ!!」
「うむ、流石は燃え盛る女、素晴らしい熱血ぶりだ
頑張れ頑張れ、さ・な・え~♪
頑張れ頑張れ、さ・な・え~♪」
必死に奮闘する早苗に向けて、楽しそうに声援を送る花蓮。
「お、覚えてなさいよぉぉぉ!!」
早苗は涙目になりながら死体に胸元に向けて炎の短剣を放ち、内側から寄生縄を焼く尽くしていく。
一方、花蓮、由羅、茆妃の三人は再び、対策会議を開始した。
しかし……。
「さて、早苗が時間を稼いでくれている間に、どうにか打開策を考えるとしようか」
「この所業……
鬼も真っ青だよ、花蓮」
「あ、うん……同意見
流石の僕もドン引きかな……?」
「あ~、うるさい!
そんなことは、どうでもいいから早く打開策を考えろ!」
「あ~、はいはい
分かってるわよ……」
茆妃は花蓮に詰め寄られ、不満げにそう答える。
三人寄れば文殊の知恵、きっと良い方法を見つけ出せるはず。
そう思っていたのだが実際は……。
「参ったな……本当に何も思いつかないぞ」
「うん……本当に参った」
「困ったわね……
あの寄生虫みたいな縄から本体の居場所を追えるんなら、こんなに悩まなくて済むのに」
「ん……??
今なんて言ったんだ、茆妃?」
「寄生虫みたいな縄から本体の居場所を探せたらな~って言ったの
それがどうかしたのよ?」
「その手があったか!」
「何か思いついたの、花蓮?」
「ああ、思いついたぞ、対策を!」
「それはどんな対策なんだい?」
由羅もまた興味津々といった様子で、何かを期待した表情で花蓮に問いかける。
そんな茆妃と由羅に対し、花蓮は自信ありげな口調で告げた。
「要するに寄生縄をとっ捕まえて、引っ張り出せばいいんだよ
本体をさ」
「でも、どうやって?」
「それは僕も気になったよ」
花蓮が放ったその一言に茆妃と由羅は思わず首を傾げる。
「少し落ち着け今、説明するからさ……」
まずは、寄生縄を捕まえるだろ」
「でも刀とかで串刺しにして引っ張り出したら直ぐに。消滅しちゃうんじゃない??」
「ところがだ
実は少し観察していたんだが、寄生する縄は地面に落ちた段階で消滅してるだよ
つまり、死体から引っ張り出した直後であれば少なくとも暫く消滅しないってことだな」
「理屈は分かったけど……
それ、誰がやるのよ?」
「頼んだぞ、相棒!」
「結局、私がやるのね……」
花蓮から重要使命を託されて、茆妃は心底嫌そうな顔をするが……。
結局のところ、その方針を信じるしか道はなく……。
茆妃はうんざりした表情のまま、仕方がなく頷いた。
そして、早々にその対策を実行するべく、茆妃は近くにいた中年女性の動く死体に特攻をかけると……。
即座にその胸に向けて浄波を突き立てる。
こうして、寄生縄を死体の内側から引き摺りだした茆妃は……。
花蓮達にそのことを伝えるべく、声を張り上げた。
「捕まえたわよ!
後はお願い!」
「でかしたぞ、茆妃!
というわけだ
由羅、お前の力を貸してくれ」
「何をすればいいんだい?」
「この縄の影から本体の影を追跡する術をかけてくれよ
当然、使えるよな?」
「使えるけど追跡するだけじゃ本体の元まで辿り着けるか分からないよ?
何せ、ここは封鎖区間内なわけだし……」
「確かに普通なら、この空間外に潜んでいたら打つ手はないだろうな
だが、安心しろ
その場合の対策は考えてある!」
「分かった……信じるよ
いくよ、影月暗影術・影辿り!」
由羅は頷きながら影辿りの術式を組み、自身の影を死体から引き摺り出された寄生縄の影に重ねる。
それから約一分後……。
由羅は少し緊張した面持ちで言葉を紡いだ。
「見つけたよ、でも……」
「封鎖区間外にいたのか?」
「うん……よりによって現世ではなく、異空間内
どうにかなりそう?」
「想定内だ」
「何をする気だい?」
「浸食の術で悪食の縄の本体を直接攻撃するんだよ、式神で」
「ふ~ん、花蓮って、そんな式神も使えたんだね?」
「いや、そんな残念ながら現在、使役できるものに、そういった能力を使える式神はいないな
だから、これから作るんだよ」
「作るって……失敗して、こちらを襲ってきたりとかしないわよね?」
「安心しろ、私は優秀な式神使いだぞ
任せておけ!」
「本当に……大丈夫なの?」
「ああ、何せ、今回は全ての材料が揃っているからな
例えば、この餓鬼玉の魂魄の一部とか……」
「うわっ……、ここで餓鬼玉が出てくるとは……
というか、いつ餓鬼玉の魂魄なんて回収したのよ?」
「ふふふ……こんなこともあろうかと消滅する前に、ちょっとな
そんなわけで餓鬼玉の魂魄と寄生縄を触媒にして式符に取り込み、人造式神を作っていくぞ!」
「もはや、ゲテモノ専門の料理人だわ……」
「そこ、失礼なことを言うんじゃありません!
この作業は繊細な作業なのだよ、茆妃くん!?」
花蓮はそんな、おふざけにも似た口調で茆妃を一喝すると、すぐさま寄生縄と餓鬼玉の魂魄という、二つの媒体と式符に対して霊力を集中させた。
その結果、式符に溶け込んだ二つの媒体が、一つの形を成し……。
真っ黒な丸い玉のような何かに変貌する。
目も鼻も口もなにもない球体。
しかし、その球体からは七つの触手が生えており……。
その触手の先端には真夜中のような小さな球体サイズの闇が浮かんでいた。
「うわっ、なんて禍々しい式神……!
あの媒体じゃ、こうなるのも仕方がないわよね……」
「そう言うなって
この式神こそが、私たちの救世主になるんだからさ」
「まぁ、見た目はともかく、能力は疑う余地もなさそうだね
それで、この式神の名前はなんていうんだい?」
由羅はそんな緊張感のないやり取りを、サラリと流し、淡々と花蓮に問いかける。
それに気を良くしたのか、由羅の期待に応えるべく、花蓮は楽し気な口調で言った。
「よくぞ、聞いてくれた!
この式神の名は黒縄球餓『こくじょうきゅうが』だ!」
心底、自信に満ち溢れた表情で……。