科×妖・怪異事件譚
第26話
悪食の縄事件【前編】
「しかし、マズいことになったぞ……
これは?」
「マズいってことは、もしかして……?」
「恐らく、どこかの段階で変異したようだ
もう敵は悪気の縄とは呼べない何かだろうな……」
「つまり、悪気の縄が別の存在に進化しちゃったってこと?」
「ああ、その認識で間違いない
となると考えていた策は通じないか……」
「それで具体的に、どの辺が変わったのよ?」
「うーん……それは遭遇して実際に、その行動を見ないと分からないな
妖の残している妖気から今までと別物になったという確証だけは得られるんだが、どう変わったかまでは分からないし……」
「それじゃあ、どう対処していいか分からないじゃない
どうして、いつも妖の知識がどこか中途半端なの?
この役立たず!」
「なっ!
誰が役立たずだ!?」
「花蓮しかしないでしょ?
しかも、大飯食らいだし」
「誰が大飯食らいだ!?
その言葉、撤回しろ!」
「だったら少しは役立つところを見せてよ
そうしないと今度から大食漢花蓮って呼ぶからね!」
「いくらなんでも不本意すぎるぞ、その呼び名は!
しかし、そう言われてもな~
変異の方向性は一通りじゃないからな~」
茆妃から言われた一言に花蓮は、ひたすらに頭を悩ませる。
だが、そんな時……。
「また会ったね
君たちも妖退治に来たのかい?」
突然、後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「え……由羅さん!?
ということは……」
「アイツも来てるってことだな……」
由羅の顔を見て花蓮が、心の底から嫌そうに顔をしかめる。
そして、その直後……。
「はぁ……
また、エセ巫女と一緒になるなんて……
まさか、貴女たちも悪気の縄を滅しにきたんじゃないでしょうね?」
早苗も花蓮の顔を見て心底嫌そうに告げてくる。
その瞬間、花蓮は心底、嫌そうな顔をしたが、その思いを押し殺し……。
現在の状況を早苗たちに告げるべく口を開く。
「放火魔どもに情報を明かすのは癪だが、今はそんなことを言っている場合じゃないからな……
いいか、良く聞け
悪気の縄は変異してしまって、もう私たちの知る悪気の縄じゃなくなってしまったようだ
油断していると返り討ちに遭うぞ」
「変異ですって……!?」
花蓮から告げられたその一言に早苗は動揺し、明らかに深刻そうな表情を浮かべる。
そして、動揺している早苗の表情を見るなり、由羅が徐に言った。
「早苗……変異ってことは、また頭地蔵のような状況になっている可能性があるんじゃないかい?」
「いえ、そうとも限らないわ
自然的な流れの変異であれば、文献上に記載のあるものの可能性もあるから」
そんな由羅からの問いかけに早苗は、少し自信なさそうに答える。
だが、その直後。
由羅と早苗に対し、花蓮が警告するかのように言った。
「いや、自然的な変異である可能性は低いかもしれないぞ?
何せ、あの変質者がまた現れたからな」
「変質者って、まさか八神田とかいう……」
「そう、その八神田です」
しかし、早苗のその問いに答えたのは花蓮ではなく、その右側で今まで黙って話を聞いていた茆妃であった。
そして、早苗は茆妃の会話に由羅が割り込み、ある疑問を2人に対し、ある疑問を投げかける。
「実は後に知ったんだけど、八の神の田と書いてヤナギダと読むんだようだよ
まさか、そんな読み方をするなんて誰も思わないよね?
僕も名前を見た瞬間、漢字これでいいの?って思ったし」
「ええ、それは確かに私も思ったわ
流石は変質者だなと……」
「その一言、完全に八神田一族全体を敵に回すやつだよな?」
そんな早苗、茆妃、由羅のやり取りを聞き、花蓮は思わず苦笑したものの、
八神田の姓についての情報共有を始める。
「まあ、その気持ちは分からんでもないな
ちなみに、これは古乃破姉さんから聞いた話なんだが、
どうやら八神田と書いてヤナギダと読むようになった切っ掛けは戦国時代にまで遡るらしいんだ
実はその当時は八神田家は呪術による要人の暗殺などを行っていたらしくてな
その関係で多くの恨み買っていたらしいんだよ」
「なるほど、それは恨まれるのは当然よね」
「まあ、そうだな
だから遠方に赴く際の襲撃なんてザラで、堂々と名乗れない状況に
あったらしいんだよ
それで苦肉の策で用いたのが、名称の改善だったわけさ」
「ふむふむ、そういうことだったのね
でも、それなら柳って字に田んぼの田に改称したらいいだけだったんじゃない?」
「おいおい、茆妃
なに言ってんだよ!
いくら命を狙われるからって、先祖代々名乗ってきた家名を、そう簡単に変えられる訳ないだろ?
例えばだが、九条の姓が苦情とかになったら、お前なら受け入れられるのか?」
「そ、それは流石に、キツいわね
正直、勘弁してほしいです……」
「だろ?
だから家名を変えずに、読み方だけを変えたらしいんだよ」
「うーん、それにしても姓を変えることって、そこまで意味あるのかしら
顔が割れていたら普通に狙われるような気がするんだけど……?」
花蓮の説明に対し、茆妃は納得しかねる表情のまま答える。
「言いたいことは分かるよ
しかし、八神田家にも体裁というものがあるからな
家名まで変えたら闇討ちに怯えている呪術師の一族なんて噂が立ってしまうだろ?
だから体裁だけは保たなければならなかったんだ」
「確かに、そんな噂が立ったら面目丸つぶれよね」
「そういうことだな
で、読み方を変えることで、呪術による認識阻害の術をかけやすくなったらしく、それを利用して闇討ちを上手く回避してそうなんだ
要するにヤナギダという読み方は、そういった背景の名残だな」
「そういうことだったんだ……
人に歴史ありって、ヤツね」
茆妃は花蓮の説明になって納得し、うんうんと頷く。
しかし……。
「まあ、それは分かったけど、それって今の状況で必要な情報なの?
お願いだから少しは、これからの対策について考えてよね」
切迫した状況で、そんな緊張感のない会話を続けていた茆妃と花蓮に、対し苛立った早苗が激を飛ばす。
流石の茆妃と花蓮も図星を突いた、その一言にはグウの音も出ず、素直に「申し訳ありません」と頭を下げるしかなかったのである。
こうして数秒後、本格的に作戦会議が開始されたわけだが……。
「それで、これからどうするつもりなんだ
偉そうに言うからには何か考えはあるんだろうな?」
「勿論よ
貴女たちと違って私と由羅は、しっかりと話し合っていたんだから」
花蓮から放たれた問いに対し、早苗は高飛車な態度でそう答える。
だが……由羅はというと、そんな二人のやり取りを苦笑しながら見守っていた。
何故なら……。
(ご、ごめん……早苗
実は僕、八神田の読み方のことが気になって聞き耳立ててたから
適当な返事ばかり返してたんだよね……)
まさに知らぬが何とやらである。
こうして由羅と話し合ったという前提で、早苗は花蓮や茆妃を含めて今後の方針について話し合いを続けた。
その結果……。
「いい?
私たちの見立てでは悪気の縄の変異の方向性は恐らく、悪食の縄よ」
「悪食の縄か……
これは中々に厄介な方向性に変異したものだ
もっとも、それは変質者が絡んでなければの話だがな」
「ええ、その点に関しては同感
事実、不安要素ではあるわね」
早苗は花蓮の言葉に素直に頷いた。
だが、その直後、早苗はやや不満そうに、こう続ける。
「だからこそ、不本意ではあるけど今回は協力しなければならないと思っているのよ」
「今回はじゃなくて今回もだろ?」
「うるさい!
どうでもいいでしょ、そんなこと!
それよりも、まずは現実を見なさい!」
早苗は言葉の揚げ足を取られ、怒りのあまり顔を赤らめながら花蓮を怒鳴りつける。
そして、それと同時に早苗はある方向を指差す。
その方向に花蓮と茆妃が視線を傾けると苦悶の表情のまま、老若男女の惨たらしい遺体が転がっていた。
数にして数十名。
その全てが絞殺死体で、その凄惨さは目を覆うばかりの状況。
そんな光景を目の当たりにし、花蓮は思わず息を呑む。
「こ、これは……確かにいがみ合っている場合じゃなさそうだな?」
「ええ……
この状況じゃ、警察官が立ち入るのも危険でしょうね……」
無残な現状を目にし、花蓮と茆妃も思わず息を呑む。
「どう、少しは状況が分かったでしょ?
だから協力して悪食の縄を仕留めけらばならないわ」
「確かに早く解決しないと、どんどん犠牲が出てしまいそうだな」
「そういうことよ
だから今は、くだらない感情にかまけている場合じゃないわ」
「確かに、その通りだな」
花蓮は状況の深刻さを理解し、早苗の言葉に頷く。
だが、その直後。
「まあ、そう言いながらも何時も先に突っかかってくるのは、お前の方だけどな」
そんな嫌味を早苗に言い放つ。
「くっ……し、仕方がないでしょ!?
貴女があまりにもズボラで適当で頼りないんだし
なら私が古乃破さんの代わりに貴女を戒めてあげなきゃいけないじゃない……」
「わ、私がズ、ズボラで適当で……頼りないだと……?」
「ぷっ……あはははははっ!
え、ええ……確かに的を……くぷっ、射ている……わ
ズ、ズボラで……適当だし……」
早苗のする指摘がツボに入り、茆妃は腹を抱えて地面を叩く。
しかし、そのことが癇に障った花蓮は即座に茆妃を怒鳴りつける。
「おい!
そこ笑うんじゃない!」
しかし……。
「ご、ごめん……ぷ……はは…ひぃひぃ……
く、苦しい~!!!」
「ほう……そうか……
そんなに殴られたいんだな?」
当然、そんな不遜な態度を許容できるはずもなく、花蓮は早々に怒りの鉄拳の構えを取る……。
しかし、既に我慢のできない程に怒っていた花蓮は、それを留めることなく
即座に、その怒りを解き放っていた。
こうして、ノーモーションで放たれた花蓮の鉄拳は見事に茆妃の頭部を直撃。
それを喰らった茆妃は声にならない声を発し、頭を抱え、しゃがみ込み込む。
そして、頭を抑えながら恨みがましい目で花蓮のことを睨めつける。
「いたた……うう……
何も頭を叩くことないでしょ……?」
「反省が足らんな……
もう一発いっとくか?」
「い、いえ……もうお腹いっぱいです!」
こうして……いつも通りの緊張感のない恒例行事を終え、二人は早苗の方へと向き直った。
恐怖や迷いを断ち切った真剣な表情のまま……。