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第25話 悪気の縄事件【後編】

科×妖・怪異事件譚


第25話 


悪気の縄事件【後編】


「こんなの…どう対処しろと?」


男性の遺体を見下ろしながら青ざめた顔で呟く茆妃。


「確かに神出鬼没すぎて厄介だな……」


そんな茆妃の意見に花蓮も心の底から同意する。


しかし……。


「とはいえ、手が無いという訳でもない」


「えっ? あるの!?」


花蓮から放たれたその一言に茆妃は驚きの声を上げる。


だが、それは当然の反応であろう。


あんな目にも止まらぬ早さで現れて、人を瞬殺して消える妖相手に対抗手段など講じられるなど信じろという方が無理である。


ところが花蓮は、その状況を見て尚、自信ありげに言う。


「だったら肉を切らせて骨を断つだけよ!」


その言葉には決して揺るがぬ自信が込められていた。


しかし……。


「肉を切らせて、骨を断つ……

それって、つまり誰かが囮になって、

悪気の縄が攻撃を仕掛けてきた時を狙い打ちするとことだよね?」


「察しがいいな

どうだ、名案だろ?」


花蓮は茆妃の理解の早さに感心しつつ、嬉しそうに微笑む。


だが、茆妃の方はというと、その一言を聞き逆に心配そうな表情を浮かべる。


「いやいや、それは流石にリスクが高過ぎるわよ!」


「ん、リスクってなんだ?」


「それは……えーとー……

つまり、危険ってことね」


「それはどうだろう?

私はそうは思わないぞ」


「どういうこと……?」


茆妃が放った鋭利過ぎる正論の直撃を受けても一切動じない、花蓮。


そんな花蓮が確信に満ちた態度を崩すことなく、自信ありげに口を開いた。


「まずは悪気の縄が何故、脅威であると感じるのか、そこから考えていこう

まず、悪気の縄は相手の不意を突いて、対象の命を奪うことに特化した妖だよな?

そして、その速度はあまりにも早い」


「ええ、確かに、あの早さは反射神経が優れているってだけで、どうにかできるものではないと感じたわ

でも、そのことと肉を切らせて骨を断つ作戦が有効であるのとは全くの別問題ででしょ?」


「いやいや、発想の転換をしてみろよ、茆妃

特化ということは、それ以外が疎かってことだろ?

だったら速さや瞬間移動の能力以外の部分は比較的低いってことだ

何より、犠牲者は悪気の縄のことを警戒してないから常に無防備

これなら瞬殺できて当然だと思わないか?」


「確かに警戒していれば対処できる可能性はあるわね

 要するに、そこに付け入る隙があると考えているのかしら?」


「その通り、漸く理解してくれたようだな」


「でも仮に花蓮のその仮説が正しかったとして、どうやって退治する気なの?」


だが肝心の対抗手段が示されていないことに違和感を感じつつ、茆妃は恐る恐る問いかけた。


あえて、そこを追求した理由は何か、とてつもなく悪い予感がしたからである。


そして、その予感が的中する前触れのように花蓮が不敵な笑みながら口を開く。


「いくら悪気の縄が神出鬼没で素早いといっても攻撃の時だけは隙が出来るだろうからな

まあ、これは悪気の縄に限った話ではないか……」


「とはいっても、その攻撃した瞬間に反応して、その攻撃を防げるかは別でしょ?

それに上手く攻撃の瞬間に反応して悪気の縄の攻撃を囮になった人が回避で縄を掴めたとしても首を絞められないように対処することってできるかしら?

だって、出来なければ私たちの目の前で命を落とした男性の二の舞になってしまうじゃない」


「心配し過ぎだ

さっき犠牲になった男性の状況を見る限り、瞬殺されなければ縄の部分は

確実に掴めるし、捕まえてる状態なら対処は容易だ」


「何故そう言えるのよ?」


「いいか、犠牲になった男性は霊的な能力がないはずなのに悪気の縄の姿を見えていた痕跡がある

その証拠に目撃者は悪気の縄が現れたのを目撃しているだろ?」


「そういえば、そうね」


「また、犠牲者の男性は首を絞められまいと悪気の縄の輪になった部分を一瞬だが反射的に手で掴んで抵抗した形跡があるんだよ

それが何を意味するか分かるか?」


「掴めるってことは肉体を持つ類の妖ってことだよね……?

それに見えるってことは、頭地蔵みたいに実体化できるってことだし……

うーん……」


「分からないか?」


「悔しいけど分からないわ……」


花蓮からの問いに茆妃が口を尖らせながら悔しそうに答える。


その様子を見て花蓮は満面の笑みを浮かべながら続けざまに言う。


「そっかー、分かんないのか~

それじゃあ、答えてあげようかな~」


「ぐう……お願い…します…」


「まあ、そんな冗談はさておき、さっき見た限り悪気の縄にはそれほどの

力はない

恐らく、絞める力自体は成人男性未満だろうな」


「なんで、そう断言できるの?

絞める力が、その程度なら目の前で犠牲になった男性は少なくとも簡単にはやられなかったはずでしょ?」


「いや、それは物理的な理屈の話だろ

いいか、悪気の縄は、なんだかんだいっても妖なんだぞ

だったら、霊力を操る才のない一般の人が悪気の縄の絞める力に

抵抗できるはずがないだろうが

それこそ、空気を掴むようなものだ」


「でも掴んでたし、流石に空気は違うような……」


「掴めたからといって、その力に抵抗できるかは別問題だよ

実体化したから確かに掴めはしているが、霊力や術式を持って抵抗しなければ悪気の縄の力を押し戻すことはできないさ」


「なるほど…その理屈なら確かに悪気の縄の体を掴めようが、

襲われた人の力が強かろうが攻撃は防げないことになるか

改めて考えてみたら妖って、物理的な手段では退治したところ

見たことなかったわね」


「まあ、簡単に言えば、そういうことだな」


花蓮が心底、上機嫌な顔で微笑む。


しかし、茆妃は未だ納得できておらず……。


やや、不安げな表情で花蓮へと問いかける。


「でもね、誰かが囮になる方法は穴があるんじゃない?

だって、どちらが狙われるか分からないよね?」


それは当然の疑問だった。


だが、その問いすら見越していたか、花蓮が笑顔を崩さないままの淡々と答える。


「漸く、そこに気付いたか

だけど問題ない

何せ囮は二人で行うんだからな」


「はぁ!?

ちょっと、私も霊力を操る才はないんですけど!

私が狙われた場合、どうしたらいいのよ!?」


「安心しろ、そこはしっかりと考えている

というか茆妃は妖や私たち術師の霊力と数多く接しているから、

既に多少の霊力を操るくらいのことは出来る状態にあるんだよな

どう、驚いた?」


「え……えーと……

それ初耳なんですけど?」


「それはそうだろ

言ってなかったし」


「どうして、教えてくれなかったのよ!?」


「言ったら絶対に調子に乗って、妖絡みの事件に首を突っ込みまくるだろ?

だから言わないでおいたんだよ」


「し、失礼な!

そこまで無謀なことはしないわよ!

もしかして、私のことを馬鹿にしてる!?」


茆妃は花蓮から放たれた失礼な発言に怒り顔で反論する。


しかし、内心では……。


(うう……完全に否定できないことが悔しい……

短絡的な思考の花蓮に見透かされているなんて、屈辱だわ!)


そんな図星を突かれた茆妃は心の中で悶絶する。


だが、それを花蓮に悟られるわけにはいかない。


そう考えた茆妃は、そのことを花蓮に悟られないように何とか話題を逸らそうと試みる。


だが……茆妃が話し出すタイミングを潰すように花蓮が突然、話し出した。


「それはさておき今は茆妃が霊力を使えることが、有利に働いているのは確かだ

まさに怪我の功名ってやつだな」


「ぐう、怪我の功名って、なんて不名誉な扱い……」


「そう凹むなよ?

お陰で安心してコイツを託せるんだからさ」


屈辱のあまり、顔を伏せていた茆妃に向けて、花蓮が古びた脇差を差し出した。


「え……これは?」


「破妖刀浄波『はようとう・じょうは』だ……」


「破妖刀浄波……?

何か凄そう……」


「その模造刀だよ」


「模造刀って……レプリカじゃないの!?

いきなり、品格が激減したような……」


「いや、それはどうかな?

確かに本物には及ばないが、力は折り紙付きだぞ?

それに浄波なら襲われた際でも悪気の縄をぶった切れるから安心だろ?」


「悪気の縄をぶった切れる……

ふふふ、そう! これよ!

私はこういう、シチュエーションを待ってたの!」


花蓮から破妖刀浄波のレプリカを受け取り、怪しく微笑む茆妃。


しかし、そんな茆妃の姿を目にし花蓮は思わず青ざめた。


(あれ……?

もしかして私……渡す相手を間違えてたりする……?)


だが、そんな軽い後悔を抱きつつも状況が状況だけに、


あえて、ツッコミたいとの思いを押し殺し……。


ひとまず茆妃に対して覚悟を問う。


「楽しそうで何よりだ……

ところで準備の方は大丈夫か?」


「ええ、勿論よ!

私に任せておきなさい!」


「あ、ああ……

頼りにしてるぞ」


花蓮は茆妃のやる気と覚悟を確認し一瞬、不安そうな表情を浮かべたものの……。


そのまま立ち尽くしているわけにもいかず……。

作戦実行のために、その場を後にする。


だが、歩き出したまさにその直――。


突然、近くから絶叫にも似た悲鳴が鳴り響く…。


「な、なに!?」


「まさか…!?

行くぞ、茆妃!」


「ええ、任せておいて!」


悲鳴を聞きつけ駆け出した花蓮の後を追い、茆妃もまた迅速に走り出す。


その後、悲鳴の発生源を特定した花蓮が、長屋裏の路地へと向かう。


当然、茆妃もまた花蓮に追いつくために長屋裏の路地へと足を踏み入れた。


だが、そこにあったのは……。


「こ、これは……?」


「見ての通りさ

どうやら異変を察した悪気の縄が、人目のつかない場所にいる人に狙いを

変更したようだな」


「それで、こんなことに……?」


茆妃は青ざめた顔で、ある一点を呆然と見つめた。


その視線の先にあったのは……。


山のように積み上げられた五人の老若男女の遺体と……。


不運にも、その惨状に遭遇し、恐怖のあまり泣きじゃくる中年女性の姿であった……。



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