科×妖・怪異事件譚
第24話
悪気の縄事件【中編】
「今度は何を企んでいるんだよ
狂人八神田?」
「つれないですねぇ
ドクターSとは呼んで頂けないのですか?」
「そう呼んであげる義理はないと思うのだけど?」
「悲しいですねぇ、悲しいですねぇ
貴方らには人の心がないのですか?」
「それをお前のようなキチガイから言われる日がくるとはな
世も末ってことか……」
どの口が言う。
そんな思いを抱きながら八神田の方を用心深く睨みつける花蓮と茆妃。
だが、八神田はその扱いは不本意だと言わんばかりに、ため息をつく。
「やれやれ、危害を加えないと言っているのに、どうして信じてくれないのですか?」
「いや、むしろ……
どうして信用してもらえると思ったんだ?」
「殺そうとしてきた相手を信じられる人間がいたら頭の構造が、
かなり、可哀そうなことになっていると思うけどね」
「うーん……おかしいですねぇ?
昔読んだ小説では死力を尽くして戦った者同士は宿敵として認め合い、
共に力を合わせて困難に立ち向かうというのがセオリーだったはずなのですが……」
「誰が誰を宿敵と認めるって?」
「お願いだから、そのシチュエーションは辞退させて頂けないかしら
とてつもなく不本意なので……」
「貴女らは人として、相当の問題を抱えているようですねぇ
まるで拷問官と話しているような錯覚を覚えますよ」
「なんか、とてつもなく酷い言われようだな?」
「ええ、彼のような変質者に、そこまで言われるのはまさに侮辱
しっかりと正義の鉄拳を叩き込んで、牢屋に投獄してあげましょうね」
八神田の発した一言に激しい怒りを覚えた花蓮と茆妃は、冷たく微笑みながら力強く拳を握り締める。
しかし……。
「ああっ! いいですねぇ!!
その冷たい眼差しに、その人を人とも思わない、その振る舞いぃぃ!!
貴女らこそ、真のサディストに違いありません!」
「サディスト……?
なんだよ、それは?」
「人を痛めつけることに喜びを見出している真正の変態って意味よ」
「そっか~……変態か~
うん、今すぐ殺そう」
「ダメよ、殺したら、あの変質者と……
いえ、ド変態と一緒になっちゃうでしょ?」
「なら、このまま言わせておくのか!?」
「そんなわけないでしょ?
どうせなら証拠が残らないように鏡界とかで灰も残さず消し炭にしなきゃ
こんな社会のゴミを始末した程度で犯罪者扱いされても割に合わないでしょうに……」
「ああ、なるほど~、消し炭にすればいいんだな~
でも残念ながら鏡界は妖や式神のような特異存在は燃やせても、
人間は燃やせないんだよ~
本当に残念だ」
「大丈夫よ
絶対にアレは人間の形をしているだけの妖だと思うから試しに燃やしてみたら案外いけるんじゃない?」
(うむ……間違いなく、この御二人は真正のサディストですねぇ
まさか日本で、これほどの逸材に出会えるとは……
生きてて本当に良かったですぅぅ……)
花蓮と茆妃が相談し続ける中、感動のあまり、涙する八神田。
だが……。
そのことに気づいた花蓮と茆妃が、その奇怪な行動にドン引きし……。
即座に八神田から距離を取る。
「あ、ああ、アイツ!
いきなり泣き出したぞ!!?」
「え、ええ……何のつもりなのかは分からないけど……
この上なく不気味だわ……」
「ありがとう……素晴らしい褒め言葉ですねぇ」
「いや……褒めてない!
褒めてないからな!」
「ええ、貶しているわよ!
間違いなく!!」
「そうなのですか?
まあいいでしょう……
気分がいいので、少しお手伝いをして差し上げましょう」
「手伝うだって……?」
「一体なにを企んでいるの?」
「いえいえ、企んでいるなんて誤解ですよ
最初に言ったように私は観察にきただけなのですから」
「観察ですって……
でも何のために?」
「当然、怪異に、どんな可能性があるのかを知るために、
決まっているではないですか?」
「お前基準で決まっているとか言われても理解できるか!」
花蓮は式符を構えながら八神田に敵意を向けながら、そう告げた。
しかし、八神田の方はそんな敵意など意に介さず、表情一つ変えずに淡々と話を続ける。
そして……。
「まあ、どうでもいいですが……
あの悪気の縄、私の見立てでは後3人くらいの命を取り込めば、
恐らく……化けるでしょうねぇ」
「化けるですって?
それって、どういう……」
「まあ、それに関しては、そちらの巫女モドキさんの方が
詳しいと思いますが?」
「ねえ、花蓮……
八神田の言ってることは本当なの?」
「ああ、不本意だけどな……
八神田が言っている化けるというのは、妖の進化のことだ」
「進化って、そんなことあるの?」
「ああ、妖には2つほど力をつけていく方向性があってな
1つは姿が殆ど変わらずに能力だけが強まったりしていく成長
もう1つは見た目も性質そのものも変化する進化だ」
「性質そのものがって……
具体的には、どういったものなの?」
「うん、例えばだが、疱瘡婆は天然痘を伝染させる妖なんだが、これが進化した場合、天然痘を伝染させるのではなく、致死性のガスを発生させたり、
伝染させた相手を妖に変える等……
まったく別の性質を有する妖に変わってしまうんだよ」
「要するに元々の状態より、厄介な存在に変化するってこと?」
「まあ、そんなところだな
ところで、それを私たちに伝えて、お前にどな得があるんだ?」
「そうですねぇ……
強いて言うなら素敵なお嬢さん方に、恩を売れるくらいでしょうか」
「それを信用しろと?
絶対に何か隠してるだろ?
そう思わないか、茆妃?」
「ええ、それには同感ね
でも本当に悪気の縄が進化するっていうなら、こんなところで八神田の相手をしている場合じゃないけどね……」
「確かに、その通りだな
いくぞ、茆妃」
「そうね、急ぎましょう!」
花蓮と茆妃は八神田に背を向け、再び三田方面へと歩き出す。
だが、例え背を向けても花蓮と茆妃に油断はなかった。
八神田は油断ならない相手。
決して気を許してよい人間ではない。
しかし、意外にも八神田に何かをするような気配はなく……。
慈しむような瞳で見つめながら、ただただ、こちらを見送る。
だが、それはそれで不気味としか言いようがなく、花蓮と茆妃は何とも言えない寒気を感じながら、その場を後にした。
「なあ、本当に何もしてこないぞ?」
「ええ……何か意外だわ」
そして、八神田と遭遇した場所から数十メートル程、移動した直後……。
どうしても八神田の動きが気になった茆妃が、それとなく後方を確認するが……。
「え?」
「どうしたんだよ、茆妃?」
「八神田の姿がない……」
「なんだと……?
一体どこに行ったんだ?」
茆妃の意外過ぎる一言に、花蓮も驚き思わず振り向く。
「足音もしなかったのに気配が突然、消えた……?」
「実際に姿もないし、まるで幻か妖かみたいな奴だな?
まったく、訳の分からない……」
茆妃と花蓮はまるでタヌキにでも化かされたようなスッキリとしない気分に浸りながらも……。
気を取り直し、三田方面を目指す。
こうして、八神田と遭遇してから約50分後……。
二人は漸く港区三田一丁目へと辿り着いた。
「色々あったが、漸く辿り着いたな?」
「ええ、なんというか……
妙に疲れたわね……」
「それに関しては同感だ
そんなことより、これからどうする?」
「とりあえず、情報を集めてみるとかかな?」
「具体的な手段は?」
「当然、地道な聞き込みよ
目撃情報に噂……まあ、聞けることは全て聞いてみましょう」
「まあ、悪気の縄の気配が分からないから、それしかないよな」
「ん?
いま気配がどうとかって言ってたけど、式神で妖の瘴気とか念とかみたいなものは追えないの?」
「残念だが追えないんだよ……
これが」
「なんで?」
「それは悪気の縄が潜伏隠蔽が得意な類の妖だからだ」
「潜伏隠蔽が得意な妖だと探せないの?」
「ああ、探せないとまでは言わないが、限りなく探すのが難しいんだよ
例えるなら、かくれんぼが得意な子供みたいなものだな
かくれんぼの上手い子供は探すのが難しいだろ?」
「ええ、確かにかくれんぼが得意な子供って探すのが大変よね
私も子供の頃、進兄様とかくれんぼをして、いつまでも
見つけられなかったということが何度もあって……」
「だから探偵に憧れたのか?」
「それは別問題よ
切っ掛けの一つではあったけど……」
「切っ掛けにはなってたのかよ……」
「何か文句でもあるの?」
「いや、ないけど……」
突然、茆妃に睨まれた花蓮は、誤魔化すように口ごもった。
そして、その空気を少しでも緩和しようと考えた花蓮は、自分たちの前を歩いていた男性に声をかけようと慌てて駆け寄ったのだが……。
その直後、突然、周囲に不穏な空気が渦巻く。
(な、なんだ?
この不安を感じさせられる感覚は!?
これ以上、前に行くのは何かマズい!!)
花蓮は何とも言えない危機感を感じ取り、反射的に足を止める。
その刹那。
目の前を歩いていた30代ほどの男性の目の前の空間から突如、黒い首吊り縄が出現した。
そして、目にも止まらぬ速さで男性の首に絡みつき……。
男性の命を瞬時に断ち切る。
それとほぼ同時だった。
黒い首吊り縄は姿を消し、周辺に何とも言えない静寂だけが残される。
「あ、あの黒い縄が……
悪気の縄だっていうの……?」
「そのようだ……
しかし、何とも厄介だな、悪気の縄という妖は……」
一瞬で絶命させられた男性の遺体を見下ろすと……。
花蓮は心底困った顔で、そう力なく呟いた。