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第20話 地蔵坂・頭地蔵事件簿【中編の上】

科×妖・怪異事件譚


第20話 


地蔵坂・頭地蔵事件簿【中編の上】



「ふーん、ここが牛込天神町の地蔵坂か?」


「ええ、そうよ」


「私さ、ここ初めて来たんだけど、茆妃は来たことあるのか?」


「新宿区はたまに足を運ぶけど、神楽坂方面は私も初めて来たわ」


「そうなんだ

で、どこから調べる?」


花蓮に方針を問われ、一瞬考え込む茆妃。


それから数秒後、茆妃は思案を終え花蓮へと告げる。


「えーと、それなんだけど、怪異である可能とかあるから……」


「あるから……なんだ?」


「まずは花蓮の式神とかで、それらしいのを探ってみてもらえないかしら?」


「うん……まあ、確かにその手もあるか

妖の現れる場所には通常とは異なる量の瘴気や邪気などの淀みが残されているからな

たださ……」


「たださ……って何か問題でもあるの?」


「ああ、対象が明確でない以上、今回の地蔵の妖と関係あるものが引っかかってくれるかは保障できないんだよな」


「言われてみれば確かに、そういう可能性もあるわよね……」


花蓮の告げた一言に茆妃は頷く。


しかし……。


「でも、その時はその時よ

考えても真実は分からないもの

まずは行動しないとね」


「まあ、そうだな」


そんな茆妃の言葉に花蓮は肩を竦めながら同意する。


その後、花蓮は即座に八方向に一枚ずつ式符を放った。


手から離れた式符は、すぐさま8匹のカラスへと姿を変え……。


各方面へと飛び立つ。


「あっ、今回はカラスの式神なんだね」


「カラスじゃなくて黒曜

少しは覚えなよ」


「そう言われてもね~

カラスは、ちょっと覚えにくいかな~

八神田くらい印象がインパクトがあったら、ドクターS的な感じで覚えれるのだけど……」


「それ、間違えても黒曜に言わない方がいいぞ?」


「え、なんで?」


「何か思い違いをしているようだが、式神は人間みたいに意志を持っているんだ

だから何かの拍子で機嫌を損ねたりしたらさ

茆妃だけ守ってもらえないなんてことだって、あり得るんだぞ?」


「き……肝に銘じておくわ」


「ああ、賢い判断だ」


「ところで黒曜は、どのくらいで状況を把握してくれるのかしら?」


「うーん……そうだな~」


茆妃から質問された花蓮は、腕組みをしたまま考え込む。


そして、1分ほど経過したころ、花蓮が茆妃に告げた。


「この広さだと差し詰め、1時間くらいってところだな」と。


「1時間か~、意外と早いわね?」


「ふふん、黒曜の探知能力は、かなり優秀なんだぞ」


茆妃の一言に対し、花蓮は自慢げに答える。


しかし、その直後……。


「なっ……!?

なんで、アイツらがここにいるんだ!?」


「え……どうかしたの?」


動揺した花蓮の様子に驚き、茆妃が思わず問いかけた。


だが、花蓮は茆妃の問いに答えることもなく……。


いきなり、地蔵坂の方に向けて駆け出す。


「ちょ!

ちょっと待ちなさいよ、花蓮!?」


慌てて花蓮の後を追う茆妃。


だが、坂の中腹で花蓮が突然立ち止まる。


それとほぼ同時。


花蓮の足元に突如として、炎の円陣が生じた。


しかし、花蓮は異変を察し、即座に2枚の式符を周囲に纏わせる。


花蓮の周囲に生じたのは水の体を持つ蛇。


水蛇精・緑柱。


その2匹の水蛇精が瞬時に水弾を生み出し足元に生じた炎の円陣を消火する。


だが、水蛇精は消火を行いながら同時に、前方の木々にも水弾を放っていた。


ところが、その水弾は木々に命中する直前。


火炎の刃が水弾を両断した。


そして、水弾が蒸発した直後、木々の後ろから切れ長の目をした長髪の女が……。


「は~、うっとおしい……

まさか、銀髪のエセ巫女と顔を合わせることになるなんてね」


「誰がエセ巫女だよ!?

この根暗女!」


「こんな美女を捕まえて、根暗女とはご挨拶だねぇ

異国人のくせに日本人の真似してんじゃないよ?

紛い物風情が!」


「この……言わせておけば……」


花蓮は怒りのあまり、右こぶしを力強く握り締める。


それを静かに見守っていた茆妃は、まったく状況についていけず……。


一瞬、呆気に取られていたが何とか我に返り、恐る恐る口を開く。


「あの〜、二人はどのような知り合いなのかな~?

なんか、そちらの黒い着物の女性とは、とっても不仲なように見えるのだけど……」


「来てたのか、茆妃

コイツはな、炎霊術で妖を退治を請け負っている妖退治の専門家

根暗早苗だ」


「誰が根暗よ!?

私の名前は、な・く・ら・さ・な・え・!

名倉早苗よ!

何度言ったら分かるの!?」


「あっれ~

そうだっけ~?」


「くっ……ふ、ふん

やっぱり、異国人だわ!

胸ばかりに栄養がいってるから、オツムの方がスカスカね!

その証拠におバカさんだから人の名前一つ覚えられないじゃない!」


「誰が胸ばかり大きいおバカさんだって!?」


(むむむ……

言われてみれば、確かに豊満な胸をしているわ

恐るべし、花蓮とそのお胸……)


こうして早苗と花蓮が言い合っている最中……。


茆妃は花蓮の胸を凝視しながら、その存在感に言葉を失っていた。


だが、そんな緊張感のないやり取りは、ある人物の出現により突如として終わる。


その人物とは……。


「早苗、何をしているんだい?」


「漸く戻ったのね

それで首尾はどう、由羅?」


「仕留めたよ、頭地蔵は

でも……」


「どうかしたの?」


「こっちの方は分体みたいだね

僕の刃から伝わってきた手応えが、凄く希薄だったからさ

まず間違いないよ」


「なら本命は袋町の地蔵坂の方ってことね」


「そうだね」


由羅は早苗の言葉に無表情のまま頷く。


その瞬間を見計らい茆妃が、由羅に向けて問いかける。


「ちょっと、そこの洋服のアナタ!」


「ん、僕に何か用?」


「一人称が僕ってことはアナタ、男性なの?」


「え……いや

僕の性別は女だけど?」


「だったら、どうして自分のことを僕なんて言うのかしら?」


「えーと、それは小さい頃は男として育てられたからかな……

なんか、それに慣れちゃったんだよね」


「なるほど、一つの謎が解けたわ

人生色々ね

ありがとう、参考になったわ」


「どういたしまして」


茆妃が頷くのを見て、由羅もそれに倣い頷く。


しかし、そのやり取りを見守っていた早苗と花蓮が半ば呆れながら二人に「なに慣れ合ってるんだよ!?」と駄目出しをする。


「あ、いや……だって私は別に遺恨とか無いし……」


「うん、それは僕も同意見だね」


そして、二人のそんな弁明が終えた後、花蓮が由羅と早苗に対し問いを発した。


「なあ、さっき頭地蔵がどうとか言っていたけど、まさか妖退治の依頼を引き受けているのか?」


「そうだとしたら何?」


しかし、早苗はその問いには答えず、花蓮の方を睨めつける。


だが、その直後、その会話に茆妃が割って入った。


「ねえ、由羅……さんでいいのかしら?」


「影月由羅だ

それで、なにか用?」


「あ、私は九条茆妃ね

少し聞きたいんだけど、もしかして貴女たちは頭地蔵という妖を退治に来たの?」


「うん、その通り

でも、こちらの頭地蔵は手応えがなかったからさ

恐らく本体は袋町の地蔵坂にいると思うよ」


「そうなのね

実は私たちも地蔵坂の事件を調べに来たのよ

状況次第では解決しようと、考えているわ」


「ちょっと!?

由羅、何を勝手に仕事詳細をバラしてんのよ!?」


「あれ?

駄目だった?」


「駄目に決まってるでしょ!?」


悪気なく依頼内容を口外する由羅に呆れながら早苗は深いタメ息をつく。


そして、何とか心の整理に終えた早苗が花蓮と茆妃に向けて言った。


「まあ、いいわ……と・に・か・く・!

これは私たちが請け負った依頼なんだから邪魔だけはしないでよ!

分かった花蓮!?」


「さ~、どうしようかな~?

そんな押しつけがましく言われてもね~」


「くっ……このエセ巫女が……

あと、え~、確か九条さんだったかしら?」


「九条茆妃です」


「貴女も後悔したくなかったら早く、そこの紛い物と縁を切った方が利口よ?

そこの落ちこぼれと一緒にいたら、いつか絶対に命を落とすことになるから」


そんな早苗の悪意ある一言に茆妃を抑えがたい怒りを感じた。


そして、ムッとした表情のまま茆妃は内なる感情を抑えることなく……。


即座に外部へと解き放つ。


「名倉さん!

貴女が花蓮のことをどう思ってようと、私には関係ない話です!

それに花蓮は私の大切な相棒!

花蓮のこと、悪く言わないでくれますか!」


「茆妃、あんた私のことを……?」


茆妃の魂が込められた一言。


花蓮はその言葉に一瞬、胸を熱くする。


しかし……。


(でも……大切な相棒だっていう割にはさ

私に対する普段の扱いが結構酷いのは何でだ……?

なんか、複雑な心境だな~)


それもほんの一瞬。


セミの寿命よりも短いものだった。


こうして、どこか釈然としない思いを抱えながら……。


花蓮は、二人のやり取りを静かに見守った……。


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