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第19話 地蔵坂・頭地蔵事件簿【前編】

科×妖・怪異事件譚


第19話 


地蔵坂・頭地蔵事件簿【前編】




「は~」


「ちょっと!

顔を見るなり、タメ息とか失礼でしょ!?」


「いや~、そう言われても~

最近、本当に面倒ごとばかりだし~」


不機嫌な表情で物申す茆妃に対して、花蓮が面倒くさそうにそう告げる。


「なに言ってるんだか

私だって頑張っているでしょ?

この前だって、変態八神田から守ってあげたじゃないの!」


「でも、それは茆妃が持ってきた話が原因だろ?

違うとはいわせないぞ?」


「うっ……」


「それに私が暴走して、この世のものとは思えない気付け薬を飲まされたのもさ~

茆妃が素直に私の言うことを聞いてくれなかったことが原因だろ?

あ~、本当にマズかったな~

死ぬかと思たよ~」


「ううっ……」


花蓮の鋭い指摘を受けて、茆妃は心の底に深い傷を負い……。


再起不能寸前まで追い込まれる。


だが……茆妃とて、ただ手をこまねいて反省するような弱者ではない。


そう……九条茆妃はしたたかなる人間。


決して無策で戦地には赴かないのだ。


そして、無数の銃撃のように飛び交う言葉の弾丸が、撃ち尽くされた一瞬の隙を突き……。


茆妃が敵陣へと突撃をかける。


「うんうん、花蓮の言うことはもっともだわ

ところで最近、牛鍋というものの噂が巷に溢れているのだけども

そういったものに興味はないかしら?」


「牛鍋……

え……牛って食べれるの?」


「勿論、食べられるわよ

話によれば、この世のものとは思えないほど美味しいとか……」


「こ、この世のものとは思えないほど美味しい……だと?」


花蓮の喉元に突きつけられる誘惑のナイフ。


その鋭い切れ味を前にして、百戦錬磨の花蓮ですら身を硬直させる。


しかし……。


(いやいや、何を惑わされているんだ私は!?

毎回このパターンで茆妃に乗せられて結局、手伝ってしまっているだろうが!?)


花蓮は何とか自らの食欲という伏兵に打ち勝つべく……。


己に激を飛ばす。


だが、茆妃はそんな心の隙を決して見逃さなかった。


「あと、牛鍋をやっているお店では、カスタードプリンという甘味も取り扱っているらしいわね?」


「か、かすたーどぷりん……?」


「ええ、牛乳、 卵、砂糖、バニラエッセンスを使って作った洋菓子のことよ」


「よ、洋菓子……だと?」


「そう、洋菓子

甘くて滑らかな舌触りで、一度食べたら病み付きになってしまう

カスタードプリンとは、そういう至高の逸品なの」


「ごくり……」


カスタードプリンの詳細を聞き、花蓮の喉から救難信号が発せられる。


だが……。


それでも花蓮は自らを戒め続けた。


(私は負けない! 

二度と誘惑になど屈するものかぁぁぁぁ!!)


そう……もう二度と茆妃を危険に晒すような失態をおかさぬために……。


屈するわけにはいかない。


そんな覚悟と信念の元、花蓮は……。


自らの内に潜む強敵と死闘を繰り広げるのだった……。


そして、それから……数十分が経過した頃。


「うーん、美味しい~♪

まさか……牛鍋が、これほどの旨いとは本当に驚いたぞ?」


「ええ、初めて食べたけど本当に美味しいわよね

ところで、花蓮?」


「ん、なんだ?」


「お行儀が悪いから話しながら食べるのは、あまり良くないかと……」


「細かいことは気にするな

食事というものは自由に食べる瞬間こそが、一番旨いんだからさ♪」


「まあ、別にいいのだけど……

周りを見てもそう言える?」


「ん……?

あっ……!?」


周囲を確認し、花蓮は初めて周囲の視線に気付く。


(これはもしかして、目立ってる……?)


流石の花蓮も、この刺さるような視線は耐えがたかった……。


即座に無言となり、花蓮は黙々と食事を続ける。


それから約一時間後……。


花蓮は念願のカスタードプリンと未知との遭遇を果たし、その食感と上品な甘さに酔いしれる。


更に3回もカスタードプリンを御代わりし、花蓮はやっと箸ならぬスプーンを置いた。


「あ~、満足満足……」


しかし、その刹那。


花蓮は不意にあることに気づかされる。


(あっれ~?

私なんで、ここで牛鍋やらカスタードプリンを堪能しているんだっけ~?)


考えてみれば店に来るまでの記憶が全くない。


気が付いた時には、運ばれてきていた牛鍋に舌鼓を打っていて……。


更にカスタードプリンを3回も御代わりをしていたという状況……。


まさに奇怪。


今までの人生で一度も経験したことのない、驚天動地の怪事件そのものだった。


そして、そのことに気づいた花蓮は、青ざめた顔で茆妃に告げる。


「ねえ、茆妃……」


「どうしたの、花蓮

顔色が悪いけど……?」


「いやさ、なんていうか……

実はここまで来るまでの記憶が全くないんだよ

もしかして、私たちタヌキに化かされてる?」


「それ、本気で言ってるの?」


「失礼だな!

私は常に本気だぞ?」


(常に本気って……

だとしたら普段の発言や行動も本気ってことだよね?

それ、色々と問題があるような気がするのだけど……)


茆妃は花蓮の普段の言動や行動に思い返し、思わずタメ息をつく。


しかし、このままというわけにもいかず……。


茆妃は花蓮に店に来るまでのことを、一通り説明した。


そして……。


「なるほど……

あの後、私は茆妃の後を素直についてきたというわけか……」


「ええ、そうよ」


その問いに茆妃は頷きながら答えた。


(うーん……

甘味の魅力に屈しまいと、死力を尽くしていたところまでは覚えているんだが……

その後の記憶がな~?)


自身の身に起きた不可解な状況に納得できず、花蓮は思わず首を傾げる。


しかし、その直後。


そんな花蓮の様子を苦笑しながら見守っていた茆妃が突如、口を開く。


「まあ、それは後から考えたらいいじゃない

それより、私の話しを聞いてくれないかな?」


「え……?

あ、ああ、そうだな

分かったよ」


そんな茆妃から発せられた一言に対して、花蓮は何とも言えぬまま複雑な表情で頷く。


正直な話、この状況に釈然としないものはあるものの……。


ご馳走までしてもらっておきながら今更、話も聞かないで帰るという恥知らずなこともできない……。


そんな後ろめたい思いから花蓮は……。


ただただ、茆妃の話を聞き続けるしかなかったのである。


こうして、茆妃が話し始めてから20分程が経過したころ……。


黙って話を聞いていた花蓮が不意に口を開いた。


「大体の話は分かった

要するに新宿区神楽坂方面で妖の目撃談があったってことだな? 」


「具体的に牛込天神町の地蔵坂と袋町の地蔵坂よ」


「まあ、それはいい

で実際その目撃談っていうのは、どういったものなんだ?」


「そうね……

これはあくまでも噂になるのだけど……

その化け物地蔵は古びた社近くで目撃されていて、気が付くまで襲ってこないそうよ

ただ、気が付いてしまうと……」


「気が付いてしまうとなんだよ?」


「いきなり襲い掛かってきて、目撃者を頭からバリバリと食べてしまうとか」


「いや、ちょっと待て!

それだと目撃者がいるのはおかしいだろう?

そうなると遭遇した人間は全員殺されてしまうわけだし」


「ところがね

頭から食べられたはずの何人かが生きていたらしいのよね

ちなみに警察の調査では目撃者の一人が、化け物地蔵に襲われた際、

頭から食べられて、気が付いたら元の場所にいたと証言しているわ」


「うーん、それ夢ダルマの時みたいな夢関連の妖じゃないのか?

夢で悪さをされただけだとしたら何だってできるだろうしさ」


「まあ、それに関しては進兄様たちも、一旦その可能性も考えたみたいなの

でも、地蔵坂を調査したら、ある証拠が出てきてね……」


「ある証拠ねえ……

それは、どういったものなんだ?」


「頭から食べられるって証言で、大体想像つかないかな? 」


「というと?」


「うん……

まあ、例えば熊とかに人が襲われたりするでしょ

そうなった場合、その周辺ってどうなると思う?」


「それは当然、嚙まれたり引っ搔かれたりしたら周囲には血痕が……

ああ、なるほど

そういうことか!」


「漸く理解してくれたようね

そう、地蔵坂周辺の地面には大量の血痕があったのよ

しかも死体はなかったわ……」


「確かにこれがもし人間の仕業なら死体を運ぶ際に、誰かに目撃されていないのは不自然だよな

隠す場所だって、そう多くはないだろうし?」


「そういうことね

だから花蓮には、これが噂通りの妖絡みの事件なのか、それとも通り魔的な事件なのか……

その判断をしてほしいの

どうか、そのために力を貸してもらえないかしら?」


「仕方がないな……

で、もし本当に妖絡みの事件だった場合はどうするつもりだ?」


「その時は報告して、進兄様に判断を仰ぐわ

八神田の一件で進兄様にも釘を刺されているしね」


茆妃は苦笑しつつ、花蓮に対しそう告げた。




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