科×妖・怪異事件譚
第18話
巨大餓鬼玉遭遇後日談
「こんにちは
元気になったみたいね、花蓮?」
「ええ、何とかね
誰かさんのお陰で、ここ一週ほど何を食べても、あの危険物の味しかしなくてさ
本当に酷い目に遭ったな~」
「は、ははは……
いや~、でもそれは花蓮が暴走したから仕方がなかったわけで……
それに古乃破さんでも花蓮の暴走を止めるのは、かなり大変みたいだし……ねぇ?」
花蓮から向けられる冷たい視線に耐えきれず、茆妃は目を逸らしながら、そう答える。
しかし、茆妃からそう告げられた直後、花蓮は呆れ顔で言った。
「何を言ってるんだか
古乃破姉さんが私の力を封じ直す程度のことで、手こずるわけないだろ?」
「え……?
でも一人では難しいようなこと言ってたし、そんなことはないと思うのだけど……」
「やれやれ、まだ理解していないようだな
古乃破姉さんは天才的な術者であると同時に、人が苦労するのを見てご飯を3杯はいける猟奇的な思考の持ち主なんだぞ?」
花蓮は茆妃の一言を即座に否定し、真顔で古乃破の本質について語り始める。
こうして、花蓮が把握する古乃破の真実を語ろうと口を開いた直後……。
突然、室内に冷たい殺気が……。
「あらあら
何を話しているのかしら、花蓮ちゃん?」
「ひぃ!?
こ、古乃破……姉さん!?」
足音もなく背後に忍び寄り、背後から声をかけてくる古乃破。
突然、訪れた脅威を目の当たりにし、花蓮の顔が一瞬で死人の顔色へと変化した。
しかし、古乃破はそんな花蓮のことなどお構い無しに、淡々と言葉を続ける。
「それで何の話をしていたの
か・れ・ん・ちゃ・ん・?」
「いや、その……
古乃破…姉さんが、助けにきてくれた時、なんで本気でやらなかったのかな~という話をちょっと……
そうだよな、茆妃?」
「えっ?
ええ、その通りです
あは、あはは……」
何とも言い難い空気に呑まれ、茆妃は即座に話を合わせた。
それが正しいことであるかはさておき……。
合わせないと何かがヤバいという、直感が働いたのである。
その結果……。
「成る程
そう見えたわけですか
確かに間違いではありませんね」
古乃破は全力を出していないことを、素直に認める。
「あの……
何であんな回りくどいことをなさったのですか?」
「そうですね
まず1つには茆妃さんの鍛練のためです」
「私の鍛練のため……ですか?
でも何故あんな実践的な形で……?」
「まず、その理由ですが……
茆妃さんは自分の信じる道を突き進む気質ですので、止めても言うことを聞きませんよね?
だから実践で少し揉まれて頂こうと思いまして」
(うっ……
耳が痛い……)
図星を突かれ、茆妃は思わず顔をしかめる。
だが、茆妃の都合など関係なく、我知らずといった感じで古乃破は話を続けた。
「そんなわけで少しでも危険に対処できるように、実践経験を積んで頂いたわけです」
「は、はあ……
実践経験ですか……」
(一歩間違えれば命を落としていたと思うんですが
本当に確信があったんだろうか、古乃破さんには……?)
当然、古乃破のそんな一言に対し、物申したいことはあるものの……。
明らかに自分に非があるため、茆妃は何も言えぬまま……。
ただただ、その言葉を受け入れるしかなかった。
しかし……。
古乃破に一言物申そうとする勇者が降臨する。
その人物とは……。
「まあ、確かに古乃破姉さんの言うことは何時も正しいと思うよ
でも私の暴走の対処に関しては、どう説明するのさ?」
「なんの事ですか?」
「いや、だから……
なんで直ぐに抑制術式で、暴走を止めなかったって話だよ」
「だって……
そんな強引な事をしたら賢さとは無縁の花蓮ちゃんの頭が
パーになってしまうでしょ?
そんなの姉として耐えられないわ
よよよ……」
「賢さとは無縁とか、頭がパーとか流石に酷すぎない!?
言っていいことと悪いことがあると思うんだけど!」
「ごめんなさい
悪気はないのよ、悪気は
ただ、口が滑っただけで……」
(いやいや、悪気しかないでしょうが!?)
とんでもない言われように、心底不満そうな表情を浮かべる花蓮。
しかし、古乃破は花蓮の態度を完全にスルーしながら笑顔で告げる。
そして……。
「まあ、冗談ですが」と。
相手の気持ちなど完全に無視した一言を言い放った。
(冗談にしては、悪意が強すぎるような……
他人事とは言え、花蓮のことが少し気の毒になってきたわ)
こんな神室姉妹のやり取りを目の当たりにし……。
茆妃は血の気が引いた顔で、その様子を静かに見守る。
だが、そんな時、古乃破が徐に口を開く。
「まあ、それはさておき
今回のことは花蓮ちゃんがしっかりと修行に励んでいれば何の問題もなかったのではないでしょうか?
あの程度の餓鬼玉くらい簡単に倒せたと思いますし」
(あの巨大餓鬼玉を簡単に……?
本当にそんなことが可能なの……?)
突然、古乃破が放った一言。
それは実際に巨大餓鬼玉と戦った茆妃にとっては、信じがたい話だった。
しかし、古乃破ほどの実力者が言うのならば、その言葉が嘘とも思えない。
ならば……。
(事実ってことになるよね?)
到底信じられない話だが、こういった事柄に関して古乃破が、いい加減なこと言うとも思えない……。
そう感じたからこそ、茆妃はその言葉を重く受け止めるしかなかった。
ところが……。
「いやいや、無茶言わないでよ!
あんな巨大な餓鬼玉に、どんな攻撃が通用するっていうのさ!?
大がかりな術なんて使ったら消耗が酷くて動けなくなるでしょ!!」
花蓮はそんな言葉の重みなど完全に無視して、古乃破に向けて言い放つ。
だが……。
「何故そういった発想になるのですか?
いくら餓鬼玉が巨大であろうとも、それを構成する核に関しては
強固でも巨大でもないのですよ?
なら簡略化した集約術式を幾重にも積み重ね、外部の妖壁ごと
破壊すれば良いだけでしょうに?」
「う……いや、でもさ
核の位置を探すなんて、あの状態じゃ難しいと思うし……」
「何を言うかと思えば……
そんなものは秘匿性の強い式神を使役して、探り当てれば良いだけのことでは?
他に何か言うことはありますか?」
「ううう……
いや、そもそも秘匿性の強い式神を使役できないよ、私……」
「だ・か・ら・
使役できるように、もっと修行しなければいけないでしょ?
それが出来ていたら茆妃さんが危険な目に遭わなくても済んだと思いませんか?」
「思い……ま…す」
「ね?
だから反省してもらうために、あえて抑制術式を直ぐに行使しなかったのです
もっとも茆妃さんにも花蓮ちゃんのことを知ってもらう良い機会でもあったので、今回は手伝ってもらうことにしたのですが」
「じゃあ、気付け薬の一件は?
なんで私に飲ませたの?」
「うーん、それはですね
新しく作ってもらった気付け薬の効果を、せっかくだから試しておきたかったんです
花蓮ちゃんで試せたお陰で、この気付け薬の効能は想像以上に高いことが分かりましたし……
今回は本当に学びが沢山ありましたね
花蓮ちゃんに感謝です」
(それは古乃破姉さんにとって学びだよね……
私は実験動物かよ!?)
とことん不満しかなかったが、古乃破に迷惑をかけてしまったことは事実。
助けてもらったこともまた事実である。
そのため、もはや悪態のつきようもなく……。
花蓮は「申し訳ありませんでした!」と素直に頭を下げるしかなかった。
こうして、花蓮が詫びを終えるのを見届けた古乃破だったが……。
その直後、ゆっくりと口を開く。
「ところで花蓮ちゃんと茆妃さんを襲ったドクターSという、危険人物に関してなのですが
伝手を頼って調査をお願いしたところ、その正体が判明しました」
「え……?
あの狂人の正体が分かったのですか?
でもどうやって……?」
「知り合いに情報収集に長けた術師がいまして
その人から調べてもらったんです」
「へ~、そうなんだ?
まさか、あの紳士風変態の正体が、こんなに早く分かるなんてね
正直、驚いたよ
ところでドクターSって結局、何者だったの?」
「まず彼の本名ですが、八神田勝功という岩手県出身の元呪術師です」
「呪術師って……
私には頭のおかしい科学者に見えましたけど……?」
「私には変人医師に見えたぞ……
まさか、呪術師とは」
「人は見かけによらないということですね
ともあれ、その狂気から実家から縁を切られています
その後、素性を隠し科学を学んだのち、外国でも禁忌の人体実験を繰り返し、お尋ね者となって帰国したとか……」
「想像以上に、とんでもない危険人物だったんですね?」
「ええ、関わらないに越したことはないと思います」
茆妃の問いに答えながら、古乃破は静かに頷いた。