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第17話 巨大餓鬼玉遭遇談【後編】

科×妖・怪異事件譚


第17話 


巨大餓鬼玉遭遇談【後編】



(多分、あそこだと思うんだけど……)


茆妃は古乃破から告げられた言葉を心の中で反芻しながら、下谷万年町の中を駆け抜ける。


話では餓鬼玉本体の所在は下谷万年町で、多くの遺体が埋まっている場所。


更に怪異現象の生じている異変の多い場所であるという。


そんな違和感を覚える場所といえば、もうあの場所しかなかった。


袖を引く少年の幽霊が目撃されている柳の木の下。


その根元だ。


こうして、その場所を探し続ける茆妃だったが……。


その最中、ある違和感に気づき立ち止まる。


(おかしいな……

同じ場所をグルグルと回っているような……

何か、そんな違和感を感じるんだけど?)


明らかに奇妙だった。


下谷万年町をくまなく歩いていたわけではない。


しかし、昼間に来た時はそこまで広い地域という印象はなかったのだから。


ならば何故、ここまで迷うのか?


茆妃はこのままだと埒が明かないと考え、状況の整理を始める。


古乃破の話によるとドクターSは人工的に餓鬼玉を作る際、下谷万年町の住人を全員殺害しているはずだと言っていた。


だからこそ目撃者もなく、邪魔されることもなく……。


餓鬼玉を作るという作業に、没頭できたのであろうと。


言われてみれば確かに、それならば辻褄が合う。


昼間ですら下谷万年町で、住人らしき人間を見かけなかったことも。


更にはドクターSのような怪しげな人物が常駐していたのにも関わらず、それが噂にならなかった事も頷けるというものだ。


そして、判明していることがもう一つ。


袖引きの少年霊の噂を流したのは、ドクターSだということである。


その目的は噂を流すことで、餓鬼玉の存在力を高めるため……。


そして噂を聞きつけた人間を呼び込むための仕掛けである。


当然、人間は殺害し餓鬼玉に喰わせるために呼び込む……。

それ以外に理由はあるまい。


つまり、怨念を育てるために死体を喰わせていたのだ。


しかし、一体どれだけ喰わせれば、あの大きさになるのだろうか……?


(まったく……

あの男、本当に狂っているわ……)


その狂人故に成し得る過程を想像し……茆妃は深いタメ息をつく。


だが、それでも考え続けなければならなかった。


現段階の情報だけでは、この状況を解決する術はない。


つまり、狂人ドクターSの思考を読むしか、この現象を解決するヒントはないのだ。


ならば何をどうすれば、この場所から抜け出せるの……?


そう考えた直後。


不意に茆妃はある、とてつもなく馬鹿げた考えに辿り着く。


(いやいや、まさか……

流石にそれはあり得ないでしょ?)


慌てて、その考えを振り払う茆妃……。


しかし、それでも。


その馬鹿げた考えこそが、この状況を打破する糸口になるような気がしてならなかった。


だからこそ……。


(まあ、ダメ元でも一応ね

とりあえず、ものは試しということで……)


茆妃は少し前に、古乃破から渡された破魔刀を鞘から引き抜く。


そして、多少の迷いはあったものの……その刃先を勢いよく地面へと突き立てる。


その瞬間!


グオォォォォォォォ!!!!


そんな絶叫が響き渡り、周囲の空間がグニャリと歪み……。


10メートル程先に見覚えのある柳の木が現れる。


いや、現れたのではない。


隠されていただけで最初から存在していたのだ。


「まさか、本当に下谷万年町全体に根を張っているなんてね……

本当にとんでもない怪物だわ」


こうして、茆妃は迷宮化する現象から抜け出せたことに安堵しつつ……。


ゆっくりとした足取りで歩き出す。


僅かな距離しかない柳の木の元へ。


だが、茆妃は一切、気を抜いてはいなかった。


実際に下谷万年町全体に餓鬼玉が根を張っているという考察が正しければ、このまま何事もなく辿り着ける可能性はほぼ皆無。


何かしらの妨害があるはずなのだから。


これは妖に限らず、生物ならば目前の危機に対して何かしらの防衛本能が働くだろうという、道理から導き出した答え。


茆妃なりの確信だった。


そして、柳の木の目と鼻の先まで接近した瞬間。


突然、足元の地面が弾けた。


「予想通り!」


その可能性を事前に予想していた茆妃は後方へと瞬時に跳びのき、飛び出してきた小さな餓鬼玉を破魔刀による一撃で断ち切る。


それと同時に、その勢いのままに放った逆袈裟が、もう一体の餓鬼玉を切り裂く。


だが、それで全てではなかった。


周囲には手まり程度の大きさの餓鬼玉は合計5体。


小柄なれども、決して油断できる相手ではない。


茆妃は即座に破魔刀を正面に構えながら餓鬼玉たちの動きを気を配った。


餓鬼玉たちも破魔刀の斬撃を警戒し、茆妃の動きに注視する。


しかし、そんな膠着状態が、いつまでも続くはずもなく……。


理性の欠片もない餓鬼玉たちが、先に動きを見せた。


だが、それは当然、戦略的な意図があったわけではない。


ただ、本能の赴くままに餓鬼玉たちは茆妃の柔らかな肉を食い千切ろうと飛び掛かっただけだ。


そうなることを先読みしていた茆妃は一切動揺することなく、その動きを一つ一つ丁寧に目で追う。


そして、一閃は一撃で3体の餓鬼玉を切り裂き、隙のない連撃で残りの2体も瞬時に葬り去った。


こうして、瞬く間に餓鬼玉たちは地面へと転がり落ち……。


ただの無残な肉塊と化す。


「まったく、いきなり襲ってくるなんて……

まるで野生動物以下ね?」


茆妃はそんな文句を言いながら破魔刀を鞘に収めると、再び柳の木に向けて歩き出した。


しかし、柳の木へと漸く辿り着いた瞬間。


誰かが突然、袖を引っ張った。


(え……なに?)


「助けて……」


茆妃は即座にその方向を確認するが、その視線の先に居たのは……。


寂しそうに佇む少年の幽霊であった。


その少年の幽霊はとても悲しそうな……。


今にも泣きそうな顔で茆妃の方を見ている。


ドクターSが獲物を釣るための撒き餌として、用意された噂の少年霊。


だが、茆妃には、この少年霊の表情がとても作られたものだとは思えかった。


きっと、本当に助けを求めている。


少なくとも茆妃には、そう感じられた。


だからこそ……。


「何を助けてほしいの?」


「お母さんを……

皆を助けて……」


「ええ、わかったわ

今、助けたあげるからね……」


茆妃は胸を締め付けられるような思いを抱きながらも。


優しく微笑む。


その後、茆妃は怒気を纏いつつ、柳の木の根元に向けて再び引き抜いた破魔刀を勢いよく突き立てた。


そして、木の根元に破魔刀が突き立てられた瞬間!


ウゴォォォォォォォォ!!


そんな雄叫びとも悲鳴ともつかぬ奇声が響き、木の根元が一気に盛り上がる。


それと同時に地面から現れたもの、それは……。


この根と巨大な骸骨が融合したような姿の妖。


巨大な骸骨の顔の所々に小さな餓鬼玉の口が生えている……。


まさに異形の存在だった。


それは今まで見てきた餓鬼玉とは明らかに異なる何か。


そんな奇怪な存在を目の当たりにし、茆妃は緊張した面持ちで破魔刀を構える。


そして、重々しい圧力に晒されながらも茆妃は思考を巡らせた。


この構えから放てる最速の一撃は何なのかを。


前方に放つ刺突か?


もしくは予備動作の少ない前方方向への斬撃だろうか?


茆妃はいくつかの攻撃結果を予測し、餓鬼玉本体の動きに気を配る。


そんな中、餓鬼玉の生えた木の根から攻撃の兆しが……。


(来るわ!)


茆妃は攻撃軌道を即座に読み、右方向へと跳んだ。


その直後、さっきまで茆妃がいた地面へと、勢いよく巨大な木の根が叩きつけられる。


だが、その攻撃後の隙は茆妃にとっての好機だった。


茆妃は一気に木の根を駆け上がり、巨大な骸骨の顔面に向けて一刀を見舞う。


その瞬間、破魔刀が青白い光を発して巨大な骸骨の顔が消滅した。


しかし……。


直後、骸骨の内部で苦しみ悶える人々の顔が蠢きだす。


更にそれらの顔が生えた真っ黒な球体が、心臓のように脈動し……。


不気味に鼓動を発し始めた。


「これが……本体の核かしら

本当に悍ましい……」


この世のものとは思えない程に不気味な造形を目の当たりにし、不快感を示す茆妃。


だが、悍ましいからといって、それは立ち止まる理由にはならなかった。


茆妃は覚悟を決め、ゆっくりとした足取りで再び核の方へと歩き出す。


核を壊せば全てが終わる。


だが、最後まで油断はできない。


決して、しくじるわけにはいかないのだ。


この役目を託してくれた古乃破のためにも、花蓮のためにも。


それに自分のためにも失敗は許されない。


でも、それだけではない……。


(あの少年霊と約束したからね

お母さんを……

皆を助けるって……)


少年の幽霊とも約束したから……。


そんな思いを背負い、茆妃は全てを終わらせるために歩き続ける。


だが、餓鬼玉本体にとって脅威である茆妃を、黙って放置するわけもなく……。


前方に存在する餓鬼玉の核から数十体の小型の餓鬼玉が姿を現す。


しかし、極限の集中状態にして多くの思いを背負う今の茆妃にとって、そんなものは障害にもならなかった。


茆妃はもっとも隙の少ない軌道をなぞり、最速最短の連撃を放ち続ける。


こうして流れるように放たれた斬撃に付け入る隙はなく、極小の餓鬼玉は次々とただの肉塊に変わっていった。


それから数分後……。


遂に極小の餓鬼玉すら生み出せなくなった餓鬼玉の核は、ただ力なく鼓動を続けたまま沈黙する。


「もう抵抗は終わりなの?」


茆妃はそう呟きながら餓鬼玉の核へと刃を向けた。


力を使い果たし萎んだ黒い核と、崩れ始めた餓鬼玉の外殻。


この餓鬼玉には自身を構成する存在力が、恐らく残っていないのだろう。


茆妃は餓鬼玉の朽ち果てていく姿を見て、そう確信する。


そんな自分の直感を信じ……。


茆妃は渾身の力を込めて破魔刀の切っ先を、核に向けて一気に突き立てた。


その瞬間。


餓鬼玉の外殻が砕け散り、無数の光の玉が上空へと放たれる。


「終わったの……かな?」


夜空に輝く無数の光。


それを見つめながら茆妃は少年霊が救われたのなら嬉しいな……と。


心の底から思った。


そして、光の玉が消えていく最中……。


「お姉ちゃん、ありがとう」


そんな少年霊の声が、確かに聞こえた気がした。


(本当に良かった

自由になれたんだね……)


こうして、茆妃は形容しがた達成感と共に、その場を立ち去る。


だが、その後。


茆妃はある大事なことを忘却していたことに、改めて気が付かされることになる。


つまり……。


「あらあら、お疲れ様でした

怪我も無いようで何よりです」


「ええ、大変でしたけど何とかなりました

それとこれ借りていた刀を、お返ししますね」


「はい、確かに」


古乃破は茆妃から破魔刀を受け取り、大袋にしまい込む。


だが……。


「あの……それで、花蓮の方なんですけど」


「はい、それがですね

実はまだ抵抗を続けて中々、作業の方が進まないんですよ……

本当に困りました」


「え……?

古乃破さんでも難しいんですか?」


茆妃からの問いに古乃破は困ったような表情で答える。


「まあ、そうですね

暴走して霊力が強くなったことも、そこそこ問題なのですが……

最大の問題は抵抗されると抑制術式の微調整ができないことなんですよね」


「そうなんですか……

ところで、その微調整に失敗したら花蓮はどうなってしまうんです?」


「最悪は消し炭

運良ければ頭がパーになる感じでしょうか」


「え……?

ちょっと、待ってください!?

いま消し炭とか、頭がパーとか言いました!?

本当に洒落にならないじゃないですか!」


サラッと発せられたとんでもない発言に、動揺する茆妃。


しかし、古乃破はそんな茆妃に対して微笑みながら言った。


「でも花蓮ちゃんが眠ってくれれば、その問題は解決しますよ

だから茆妃さん

少し手伝って頂けますか?」


「え、あの……

私に何をさせる気ですか?」


「簡単なことです

隙をついて花蓮ちゃんに、この気付け薬を飲ませるだけの話ですよ」


(簡単じゃないよ!?

ぜんぜん、簡単じゃないよね!?)


この状況で花蓮に近づくとか、まさに自殺行為。


簡単な話ではない。


しかし……。


自分の責任が大きいのだから茆妃に断るという選択肢などなかった。


それ故に……。


「あの………

気付け薬って、これって材料はなんなんでしょうか?」


茆妃は真っ黒な液体の入ったガラスの小瓶を見つめたまま、古乃破にそう尋ねる。


「ああ、これはですね

黒トカゲの塩焼きを煎じたものに、素敵な薬草の数々を練り合わせたものですね」


「素敵な薬草の数々……

あの……それは一体?」


「勿論、企業秘密です」


「企業……秘密」


「というわけで、手伝ってくれますよね?」


「は、はい……

手伝います……」


こうして、茆妃は古乃破から気付け薬を受け取り、半強制的に協力することとなった。


その後、古乃破のサポートにより、何とか花蓮に気付け薬を飲ませることに成功した茆妃だったのが……。


その結果、花蓮は気付け薬のあまりのマズさに三日三晩、覚醒と意識消失を繰り返し……。


苦しみ続けることとなったのだった……。




































































































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