目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第16話 巨大餓鬼玉遭遇談【中編】

科×妖・怪異事件譚


第16話 


巨大餓鬼玉遭遇談【中編】



「ねえ、下谷万年町の入口前まで戻って来てしまったけど……

どうしよう?」


「このまま逃げて、あの巨大な餓鬼玉が上野で暴れ回ったら一大事だからさ

何とか、ここで迎え撃つしかないな……」


「やっぱり、それしかないよね?」



茆妃と花蓮は緊張した面持ちで、巨大餓鬼玉と戦う覚悟を決める。


しかし……。


その直後、花蓮が茆妃に向けて言った。


「なあ、こんな時に悪いんだけど……

一つ頼まれてくれないかな?」


「何を頼むつもりなの?」


「私はここで何とか時間を稼ぐからさ

茆妃には、古乃破姉さんを呼んできてほしいんだよ」


「なっ……!?

何言っているのよ!

花蓮一人を置いていけるわけないじゃない!」


花蓮が放った予想外の一言に茆妃が思わず憤慨する。


だが、花蓮は一歩も引かず茆妃へと言い放った。


「黙って言うことを聞いて!

よく考えなさいよ!?

このままだと、私たち二人とも巨大餓鬼玉の餌食なんだぞ!

それに上野に住む人たちだって危ないでしょ!?」


「分かっているわよ、そんなの!

でも巻き込んだのは私だし、花蓮だけ置いて行くなんてできないよ!」


「大丈夫だって

私はこれでも専門家だぞ?

時間稼ぎくらいなら何とかなるって

だから早く、古乃破姉さんを呼んできてよ

とはいえ、できば早く戻ってきてくれると嬉しいけどね……」


花蓮は覚悟を決めたように、茆妃へと優しく微笑む。


しかし、茆妃はそんな花蓮の覚悟を見事に踏みにじり、勢いよく言い放った。


「なら私が責任をとって巨大餓鬼玉の足止めをするわ!

だから花蓮が古乃破さんを呼んできなさいよ!」


「ア、アホかぁぁ!!

専門家でもない茆妃が残ったって、足止めなんかできるわけないだろ!?

頼むから考え直せ!」


「冗談じゃないわ!!

花蓮にできるんだから私にできないはずがないでしょ!?

まったく、私も随分と軽く見られたものだわ……」


「いい加減にしろぉぉぉ!!

いつまでもバカな夢を見ているんじゃない!!

目を覚ますんだ、茆妃!」


まったく言うことを聞かない茆妃の態度に憤慨した花蓮は、怒りに任せて右手での平手打ちを放つ。


だが、茆妃はその平手打ちを蝶のようにひらりと躱しながら、カウンターの右平手打ちを花蓮の右頬へと叩き込む。


「あふぅっ!?」


「どうかしら、これで分かったでしょ?

あんな暴漢男にあっさりと殺されそうになった花蓮よりも、私の方が上手く時間稼ぎできるってことがね?」


「い、言わせておけば……!

もう、どうなっても知らないよ!!」


怒りに身を震わせる花蓮。


そして、深呼吸の後、花蓮の中で何かが弾ける。


その直後だった。


花蓮の身に目に見えた異変が生じ始めたのは……。


「あ……ああ

ああああああああ!!!?」


突然、苦しみだす花蓮。


「ど、どうしたの花蓮!?」


茆妃は花蓮のそんな異変に一瞬、戸惑うがその数秒後……。


急に花蓮が纏う空気が変質する。


その後、落ち着きを取り戻した花蓮が顔を上げるが……。


何かが、おかしかった……。


凛凛と朱色に輝く瞳と、寒気を覚えるような張り詰めた空気。


それは明らかに今までの花蓮とは異なるもの。


まるで、そこにいるが危険な妖でも居るような……そんな感覚。


だが、それでも茆妃は花蓮へと声をかけた。


だが……。


「ねえ、大丈夫なの……

なんか、とても苦しそうだったけど?」


「うふふふふ……

大丈夫、大丈夫だよ」


そんな問いに対して、花蓮が怪しく笑う。


しかし、違和感を覚える部分は、それだけではなかった。


一つ一つの動作。


そこには妙な冷たさ宿っている。


そして、心配そうに見つめていた茆妃の眼前で……。


花蓮が無造作に懐から7枚の式符を取り出す。


その様子を見て、茆妃はある種の危機感を覚える。


「ちょっと、待ってよ!?

まさか、式神を私に向けて使おうとか考えていないよね!?

いくらなんでも、それは卑怯だと思うんだけど!」


流石の茆妃も花蓮のこの行動には動揺し、何とか落ち着かせようと言葉をかける。


だが、肝心の花蓮の方はというと、全くその言葉を聞こうとしていない。


いや、厳密に言うなら言葉が耳に入っていないようだった。


そんな心ここにあらずの花蓮は、その瞳に怒りと狂気を宿らせながら……。


殺意を含む笑顔で茆妃に告げる。


「ねえ、茆妃

勝てば官軍、負ければ賊軍と言うだろ?

だから手段は選ぶべきではないんだよ 」


「いや、それもう完全に殺し合いでしょ!?

ちょっと、考え直そうよ!

さっきのことは謝るから!」


「大丈夫、大丈夫

心配しなくても命までは取らないからさ♪

でも、上手くやれる自信はないんだけどね

だ・か・ら・

もしかしたら障害者になったり、植物人間になってしまっても……

そこは勘弁してほしいかな~」


花蓮はそう言いながら式符を使って呼び出した7つの雷球を周囲に漂わせる……。 


(ヤ、ヤバいんじゃない……これ?

花蓮、本気でキレちゃって我を忘れているわ……)


そんな変貌した花蓮の威圧感に茆妃は気圧されながら……。


思わず後ずさる。


どうにか一定距離を保ちながら様子を窺うが、隙を見せれば一瞬で終わってしまう。


そんな危機感を感じ取りながら茆妃は、花蓮の動きに注視する。


だが、その直後だった。


追いついてきた巨大餓鬼玉が突然、花蓮の後方から突撃してきた。


「あ、危ない花蓮!?」


それに気づいた茆妃が花蓮に向けて即座に叫ぶが……。


巨大餓鬼玉の接近に気づいた花蓮は、怒気を放ちながら巨大餓鬼玉に言い放つ。


「邪魔するな!

この木偶の棒が!!

今、立て込んでいるのは見れば分かるだろ!!?」


その言葉とほぼ同時だった。


突進してきた巨大餓鬼玉に、向けて7つの雷球が解き放たれ……。


雷光を纏う雷鳥へと姿を変貌させる。


そして、その雷光の翼が刃となり、巨大餓鬼玉は一瞬で7つの肉塊へと変えた。


(こ、これは一体どういうことなの……?)


圧倒的な殲滅力と破壊力。


上空からは肉塊と化した巨大餓鬼玉が降り注ぎ、それらは動かぬ物体と化す。


そんな信じがたい光景を目の当たりにし、茆妃は形容しがたい寒気を覚えた。


巨大餓鬼玉を瞬時に葬ってしまった花蓮の力。


それは明らかに異常すぎる何か。


今までとは異なる異質の力だとしか思えない……。


それはまるで……。


今まで抑制されていたような何かが、溢れ出ているような……。


そんな異質な何かを実感させられる。


だが、今はそんなことを考察している場合ではなかった。


何故なら……。


「さてと……

木偶の棒は始末したから、さっきの続きをやろうか

る・い・?」


「ははは、はは……

え、遠慮します……」


迫りくる脅威を再認識し、茆妃は様子を伺いながら再び後ずさる。


正直なところ、茆妃には雷鳥の攻撃を回避する自信はなかった。


何せ、雷鳥が放つ電撃の剣はあの巨大餓鬼玉を、一瞬で葬り去るようなシロモノ。


更に目にも止まらぬ速さまで備えているとくれば、回避は完全に不可能だ。


(夢だったら良かったのに……)

しかし……。


だが、いくら否定しようとも茆妃の目前に突きつけられている眼前の危機は紛れもない現実。


目を背けるわけにはいかない。


(本当に困ったわ……

古乃破さんならきっと、この状況でも何とか出来るんでしょうけどね……)


「は~……

ここに古乃破さんが居たら良かったのに……」


茆妃は思わず、緊張感のないタメ息をついた。


当然それは完全にただの愚痴であり、泣き言でしかなかったが……。


しかし……。


「もしかして今、私のことを呼びましたか、茆妃さん?」


その直後、突然、背後から聞き覚えのある声が響き渡る。


「えっ!?

な、なんで古乃破さんが、ここに?」


「なんでって……

花蓮ちゃんがテンパりすぎて暴走したのを感知しましてね

だから止めにきたんです」


「暴走……?

どういうことですか?」


「そうですね~

簡単に言うと花蓮ちゃんの霊力は膨大過ぎて、実は本人には制御できない状態なんです

それを私が抑制する術式をかけることで、制御できるようにしているってことですかね~」


「ということは術が解けたんですね

でも何で?」


「恐らくは強い感情の負荷が引き金となって、術式を崩壊させてしまったんでしょうね

まあ、細かい原因までは分かりませんが……」


そんな説明の最中、花蓮の放った雷鳥が古乃破に襲いかかるが……。


古乃破は高速の動きで襲い掛かる雷鳥を持っていた日本刀で軽くいなす。


それを見て茆妃は古乃破の化け物じみた実力を改めて実感。


ヤバ過ぎるその実力に思わず、顔を引きつらせる。


「そ、そうですか……

は、ははは……」


そんな無茶苦茶な状況を目の当たりにし、思わず苦笑する茆妃。


だが、怪獣大戦争のような姉妹同士による戦いの最中……。


巨大餓鬼玉の肉片が、再び活動を開始した。


蠢く肉塊が向かう先にあるのは、一番大きな肉塊。


そして、大きな肉塊の元に辿り着いた小さな肉塊の群れは、大きな肉塊に吸収され……。


巨大餓鬼玉の形を構築し始める。


しかし、それを見逃す、古乃破ではなかった。


その動きに即座に気づき、術式で生み出した火炎球を巨大餓鬼玉に向け放つ。


それはまさに刹那の出来事だった。


復活中の巨大餓鬼玉は一瞬で焼き尽くされ……。


原型を留めないただの消し炭と化す。


こうして、花蓮の攻撃をいなしつつ古乃破が巨大餓鬼玉を瞬殺……。


したかのように見えたのだが……。


「うーん……

これは参りましたね~」


「どうかしたんですか?」


「ええ、これから花蓮ちゃんの暴走を止めて、制御の術式を再構築する予定なのですが……

このままだと術式を組んでいるうちに、また巨大餓鬼玉が復活してしまうんですよ」


「え?

でも消し炭になってますよね?

まさか、ここから復活するとでも?」


「ええ、疑似体は確かに消し炭になってますが……

でも本体は別にありますから復活してしまいますね」


「本体が別って、どういうことですか?」


「まあ、例えるなら今の餓鬼玉は操り人形みたいなものなんです

この餓鬼玉は普通の個体と異なっていて、動けない本体から思念を受けて動いているようなんですよ

だから本体を叩かないと、また直ぐに復活してしまいますね」


古乃破から告げられた……そんな絶望的な一言。


しかし、その一言が茆妃に植え付けたのは絶望ではなく……。


燃え盛る闘志だった。


「あの……古乃破さん

実はですね

もし私にできる事があるのなら是非、手伝わせて頂きたいのですが?」


「あらあら、それはとても助かります

でも、とても危険なお手伝いになると思いますよ

それでもやりますか?」


「勿論です!

どうか、その役目この茆妃にお任せください!」


そして、茆妃は危険性を理解して尚……。


巨大餓鬼玉の本体を退治する役目を買って出るのだった。


凛凛と瞳を輝かせながら……。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?