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第15話 巨大餓鬼玉遭遇談【前編】

科×妖・怪異事件譚


第15話 


巨大餓鬼玉遭遇談【前編】



「ねえ……

何か不穏なこと言ってたように聞こえたのだけど?

気のせいかしら……」


「気のせいじゃない……

あの変質者、今こう言ってたからな

餓鬼玉に後は任せるってさ……」


「違います!

違いますよ、粗暴な巫女さん!

実験体零零七号餓鬼玉です!

名前はと~お~っても!

大事なんですよぉ!

しっかりと覚えてくださいねぇ!」


「う……

変質者なのに細かい……」


ドクターSの告げられた一言に、心底嫌そうな顔をする花蓮。


しかし、当の本人はというと、そんなことなど、お構いなしに我が道を独走する。


そして、そんな緊張感のないやり取りを終えた後、ドクターSは無造作に懐から取り出した袋の中身を、周囲にばら撒く。


「鼻と口を塞いで!」


ドクターSの奇妙な行動を警戒し、花蓮はすぐさま茆妃へと注意を促す。


「分かってるわよ!」


それに応じ、茆妃は即座にハンカチで鼻と口を塞いだ。


そんな中、銀色に輝く鱗粉のような粉が周囲に飛散。


だが、何も起こる気配はない。


一体何故?


状況を飲み込めぬまま、花蓮と茆妃立つ尽くす。

その様子を嘲笑うように眺めつつ、ドクターSが突如、二人に向かって告げた。


「お嬢さん方……

そう警戒しなくても大丈夫ですよ

毒ではありませんから

ただし、こちらの方には注意を払った方が良いかもしれませんがねぇ?」


(こちらに注意だと……?

ん……なんだ!?

突然、向こうから強烈な瘴気が!?)


「それでは、これで失礼したしますよ、お嬢さん方」


そして、そんな不穏な言葉を残し……。


ドクターSが突然、暗がりの奥の方へと姿をくらます。


(瘴気の正体を吐かせないと!)


「待て!

何逃げてんだよ、この変質者!」


花蓮はドクターSが逃走を図ったのに気づき……。


即座にドクターSを追って暗がりへと走り出す。


だが、次の瞬間、茆妃が花蓮の襟首を掴み、その動きを阻害した。


「ぐえっ!?

げほっ、げほっ!

いきなり何するんだよ!?」


喉を押さえ、苦しそうに咳込みながら告げる花蓮。


だが、茆妃はその苦情をサラリと流し、余裕のない表情で花蓮に言った。


「下手に追って行ったら返り討ちに遭うわよ

それより……

今はそれどころじゃないと思うけどね……」


「どういうことだ?

え……??

ちょ、ちょっと!

何の冗談だよ……?

なんなんだ、あの大きさは……!?」


花蓮は茆妃の視線の先を確認し、驚愕のあまり目を丸くする。


だが、それは必然というべきことだった。


それを目にしたらきっと、誰しもがそうなるであろう。


何せ、その視線の先にあったのは……。


家屋並の大きさを有する巨大な赤黒い球体だったのだから。


勿論、それがただの球体でないことは言うまでもない。


「ねえ……花蓮」


「何さ、茆妃」


「まさか、あれが餓鬼玉という妖じゃないよね?」


「勿論よ

と言いたいところだけど……

自信ないんだよね……

少なくとも、あそこまで大きい餓鬼玉は聞いたことないかな~」


「なら、あれは餓鬼玉ではないという結論でいいかしら?」


「うん、そうだといいな……

私は心の底から、そうだったらいいな~と願っているぞ」


「それ……

完全に現実逃避だよね?」


遠い目で現実から目を背ける花蓮。


茆妃はそんな花蓮の発言にツッコミを入れながら、今後の行く末を静かに見守る。


しかし、現実とは常に残酷なものだった。


そう、常に無慈悲であり続けるもの。


そして、花蓮と茆妃が見守る中、地面から湧き出したそれは……。


ゆっくりとした動作で、刃物で横に切り裂かれたように突然、真ん中からパックリと裂け始める。


当然、自滅したわけではない。


何せ、その開いた球体の中には……。


無数の人間の歯が、びっしりと生えそろっていたのだから……。


その数は数千もしくは、もしくはそれ以上か……?


球体の中身は、ただただ凶悪で不気味で。


悍ましく在った。


特に悍ましいのは、その歯を構成している根元。


それは人間でいうところの歯茎部分に当たるのだが……。


その歯茎部分には……。


飢餓で苦しみ死んだと思われる亡者の顔が生えていたのだ。


そんなこの世の悪夢のような存在を目の当たりにし、花蓮と茆妃の顔から一気に血の気が引く。


(何の冗談よ……

これが本当に現実だっていうの……?)


だが、それは明らかなる現実。


それはまさに絶望の顕現だった。


「ねえ、これ……

どうしたらいいと思う、花蓮?」


「うーん、どうするかな~

でも、まあ……

それは後から考えるとしてさ……

とりあえず、今は逃げようか?」


「ええ……

私もその意見に賛成よ!」


茆妃は花蓮の意見に素直に頷くと、ゆっくりと後ずさる。


ところが、その直後。


ボエエエエエエェェェェェ!!!!


そんな雄叫びとも奇声ともつかぬ声が響き渡り……。


突然、巨大な餓鬼玉が茆妃と花蓮の方へと動き始める。


「に、逃げろぉぉ!!」


「何の冗談よ!!?

お願いだから夢なら覚めてぇぇぇ!!」


突然のことに焦りつつも茆妃と花蓮は距離を取るために慌てて、その場から駆け出す。


だが、そもそもサイズが違い過ぎた。


こちらの百歩以上が彼方の一歩でチャラになってしまうのだか正直、逃げようもない。


こうして、圧倒的な速度の前になす術もなく……。

その距離は無情にも、どんどん縮まっていく。


「ヤバい!

このままだと追いつかれる!!」


「ねえ!

追いつかれたら……

どうなるのよ!?」


「噛みつかれたら、その部分が喰われて無くなるな

それで……

最後には肉塊になって咀嚼されて……

原型は無くなってしまう

だから絶対に追いつかれるな!」


「何よ、それぇ!?

いくらなんでも最悪すぎでしょ!?」


「そうだな!

だが、手はなくはないぞ!」


「本当に!?

その言葉、信じていいの!?」


「ああ、断言してもいい!

古乃破姉さんなら間違いなく退治できるからな!」


「ちょっと何なのよ、それ!

完全に他力本願じゃないの!?

少しは自分で何とかする方法を考えてよ!」


「アホか!

あんなバカデカい物に通用する術なんか、私が使えるわけないだろ!?

それに少しは現実的に考えてみろよ!

あれが現実的な生物だったとして、拳銃や刀が通用する思うのか!?」


「あ……うん

確かに、あの大きさの生物がいたとしたら……

拳銃や刀じゃ退治は難しいかな~……」


「だろ!?

だから今は逃げるしかないんだ!」


「ええ、それはまあ分かったんだけどね……

実際どうしたらいいと思う?

私たちもう少しで追いつかれそうなのだけど……」


着実に迫りくる絶望の瞬間。


このままだと確実に巨大な餓鬼玉の餌食になってしまう。


だが、花蓮はそんな中にあって冷静さを保ちながら茆妃に告げる。


「前に古乃破姉さんから聞いたことなんだけどさ

餓鬼玉は目ではなく生気で、存在を認識しているらしいんだ

だから生気を式神に付与して飛ばせば、時間稼ぎくらいはできると思う」


「うん、信じてるわよ」

「ああ、やってみる」


茆妃が頷くのを確認した後、花蓮は懐から5枚の式符を取り出し、即座に周囲へと放った。


そこから生まれ出たのは白い蝶の式神・真珠『しんじゅ』。


それらは瞬時に餓鬼玉の回りを飛んで、気を逸らし……。


5方向に散らばって飛び去っていった。


そして狙い通り、それに釣られた餓鬼玉は迷ったような仕草を取りつつ、その場で立ち止まる。


「はあ、はあ、はあ……

動きが止まったけど……

これでどのくらい時間稼げるのよ?」


「はあ、はあ……

分からない……

何せ、真珠を操れる距離は十町程度の範囲

恐らくは、あまり長く持たないと思うが」


「十町……

大体、1キロ程度の距離ね

でも、あの巨体なら意外と長めに足止めできるんじゃない?」


「それは、どうかな?

餓鬼玉には触覚体を備えている個体もいるらしいからな

何とも言えないな」


「え、なによ

触覚体って?」


突然告げられた聞きなれない言葉に、茆妃は思わず顔をしかめる。


そんな茆妃に対し、花蓮は面倒くさそうに説明を始めた。


「まあ、そうだな~

簡単に言うと触手みたいなものだ」


「しょ、触手ですって……?

それってもしかして、あのニョロニョロしてヌルヌルする感じの……?」


「ああ、ニョロニョロしてヌルヌル?

粘液のことか

そうだな……

滑りはあると思うが、基本的には複数の口が伸びて追ってくる感じだな

だから想像しているよりは多少、気持ち悪くはないと思うぞ?」


「いやいや!

それは十分に気持ち悪くて、不気味だから!」


こうして逃げている最中に茆妃と花蓮は、実に緊張感のないやり取りをする。


だが、次の瞬間。


フワッとした雰囲気が、一瞬にして緊張感に満ちたものへと変わった。


そして、その切っ掛けとなったのは……。


「ねえ、花蓮」


「なにさ、こんな時に?」


「あれなんだけど、もしかして……

触覚体とかいうものだったりするのかな?」


「どれ?

あ……冗談だろ

触覚体だよ、あれ……」


茆妃が走りながら指差した右方向。


その頭上方向を確認し、花蓮の顔から一気に血の気が引く。


頭上を漂っていたのは眼球のない青白い亡者。


数にして3体。


そんな趣味の悪いものを目の当たりにしたら、誰だって恐怖で身が竦むのは普通だろう。


しかし、花蓮は……。


「あの変態野郎!

次、会ったら絶対に償わせてやるぅぅ!!」


怒りと共に右こぶしを力強く握り締めた……。


そして、懐から取り出した3枚の式符を勢いよく放つ。


それとほぼ同時、3枚の式符が空中で融合し、大型の狼を生み出す。


「行け、黄玉『おうぎょく』!

我が敵を殲滅せよ!」


召喚された黄玉は主人である花蓮の命に応じ、すぐさま目にも止まらぬ速さで駆け抜けた。


こうして、瞬く間に目標である触覚体の元に辿り着いた黄玉は……。


その鋭い爪で斬撃で瞬時にて、触覚体を胴体から両断する。


「す、凄い……

まさか、こんな隠し玉を持っていたなんて驚いたわ!」


「そうでしょう、そうでしょう

能ある鷹は爪を隠すと言うだろ?

私はな、実践でこそ力を発揮するんだよ」


「そうだったんだね

なら、あの子で餓鬼玉も何とかなるんじゃない?」


「あのな~

何とかなるなら最初から黄玉を呼んでるって」


「あっ……

やっぱり、無理だよね

あはは……」


こうして、黄玉の力によって窮地を脱した茆妃と花蓮。


だが、まだ窮地は去っていなかった。


何故なら次の瞬間……。


「嘘だろ……?

一瞬で真珠が全滅させられた……」


「嘘でしょ?

だとすると次の目標は……」


「ああ、私たちだな

餓鬼玉がこちらに近付いて来てるし……」


更なる脅威が訪れたからだ。


一難去ってまた一難。


茆妃と花蓮は、そんな間もなく訪れる窮地を察知し……。


迎え撃つ覚悟を固めるのだった。




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