目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第13話 袖口引き童事件譚【中編弐】

科×妖・怪異事件譚


第13話 


袖口引き童事件譚【中編弐】



(なんて悲しそうな表情……

過去に何かあったのかしら……)


今まで知らなかった花蓮の一面を垣間見て、茆妃はとても切ない想いとなる。


当然、気にならないわけがない……。


しかし、今はそのことに触れない方がいいとの思いが湧き、茆妃自らの衝動を静止した……。


今はまだ早い……。


それでも、いつかは話してくれるはずだ……と。


茆妃は自分自身に、そう言い聞かせた。


こうして、何とか心を落ち着けた茆妃は、これからの方針について花蓮に尋ねる。


「ところで、これからどうしたらいいのかしら?

私はここで張り込むのも一つの手だと思うのだけど?」


「いや、それはお勧めしないぞ」


花蓮は茆妃が提示した方針を即座に否定する。


「なんで、張り込みだといけないの?」


その理由が分からず、茆妃が不満げに言った。


そんな茆妃に対し、花蓮は宥めるように話を続ける。


「まあまあ、そう急くなって

私たちは今とても疲れているだろ?」


「確かに疲れているけど……

少し頑張ればなんとかなるでしょ?」


「分かってないな……

万全の体勢で挑まないと全力は出せないぞ」


「それはそうだけど……」


「焦って行動している時ほど、大きな失敗はしやすい

それにあの少年の幽霊は夜じゃないと、あまり活動は出来ないみたいだからな

結局、夜まで待つのが一番だ」


「そうだったのね……って!

だったら夜じゃないと幽霊が活動しないことを先に言うべきじゃない?」


「ああ、すまない

疲れてたから頭が上手く回らなくてな

だから話す順番を間違えた

あ~、疲れたな~

疲れすぎて頭が回らない~」


「絶対にワザとでしょ?」


「いや、大真面目に間違えただけだぞ?」


ワザとらしく微笑む花蓮に対し、茆妃が冷ややかな視線を向ける。


だが、結局のところ花蓮の言葉通りにする以外に道はなく……。


周辺住民から近くにある旅館の場所を聞き、夜まで休憩することとなった。


そして……。


「うん、イケるな

ここのかき揚げそば?」


「私、こういうのは初めて食べたけど結構、美味しいわね?」


「だろ?

これぞ、古き良き庶民の味ってヤツだよ」


花蓮と茆妃は旅館の一室で浴衣姿のまま、かき揚げそばに舌鼓を打つ。


こうして食事を終えた後、花蓮が徐に口を開いた。


「あ~、食べた食べた~

ところで今、何時だ?」


「午後の8時よ」


茆妃は懐中時計で時間を確認しながら花蓮へとそう告げる。


「じゃあ、そろそろだな」


「ええ、分かったわ」


そう花蓮に告げられ、何をするべきかを理解した茆妃は、そそくさと私服に着替え始める。


また、花蓮も一息ついたあとに、ゆっくりとした動作で巫女服へと着替え始めた。


「それにしても……

お風呂に入った後にまた汗をかく可能性があるというのは、実に好ましくない話だな」


「何を言ってるんだか

汗をかいたら、またお風呂に入ればいいだけでしょ?」


「あのなぁ……

そうは言うけど帰ってきた時に、お風呂に入れる時間だとは限らないんだぞ?

つ・ま・り・

朝まで、お風呂に入れなくなるってことだ」


「う……

そ、それは確かに好ましいとは言えないかも……」


花蓮が何を気にしているのかを漸く理解し、茆妃は心底嫌そうな顔をする。


しかし、だからといって止めるという選択肢はなく……。


花蓮と茆妃は女将に外出してくることを告げ、旅館を後にする。


無論、行くべき場所は少年の幽霊を目撃した下谷万年町の柳の木の場所だ。


そこは旅館から10分圏内の範囲にあり、決して遠くはない。


また、特に急ぐ理由もないため、花蓮と茆妃はあえて歩きながら例の場所を目指すことにした。


もっとも、それは建前で走って汗をかきたくないというのが本音だったのだが……。


ともあれ、歩いて向かったところで予想通りというか何というか。


下谷万年町に近付くにつれ、ただでさえ少ない人通りがどんどん少なくなっていった。


そもそも、この時間に仕事をしている人間が少ないのだから当然といえば当然のなのだが……。


それでも……。


その様子を目にした花蓮と茆妃は奇妙な違和感を感じざる得なかった。


「う~ん、想像はしていたけど……

まさか、こんなに人が居ないなんて思わなかったわ」


「まあ、当然だな

下谷万年町は訳ありの人たちが住んでいる場所だ

普通こんな時間にわざわざ、そんな治安の悪そうな場所にはいかないだろ?」


「なるほど……

何か納得できたわ

というか私たちって、もしかして結構ヤバいところに行こうとしてない?」


「今更、何言ってんだか……」


茆妃のそれとなく発せられた一言に花蓮は思わず呆れる。


しかし、その直後、花蓮はある違和感に気付く。


「ところで例の噂、何か変じゃないか?」


「え、どの辺が?」


突然、花蓮から告げられた一言。


その言葉の意味が理解できず、茆妃は思わず顔をしかめる。


「よく考えてみてくれ

今だって、こんなに人気がないんだぞ?

ならさ、噂で語られている少年の幽霊に袖引きされた連中は一体、何で下谷万年町の周辺を歩いていたんだ?」


「そ、それは……」


言われてみれば確かにおかしい話だった。


茆妃は花蓮が言わんとしていることの意味に漸く気づき、思わず口を噤む。


考えてみればまさに、その通りだった。


こんな時間に貧困層の人間のたまり場である下谷万年町に、行く理由なんてあるとは思えない。


だからといって飲食店や飲み屋があるとかの可能性も考えてはみたが……。


明るい時間帯に下谷万年町で周囲を確認した際、周辺に店のようなものもなかった。


つまり、それらの可能性は皆無ということだろう。


ならば下谷万年町の近くを、何故わざわざ通ったのだろうか?


違和感に次ぐ違和感。


そんな好奇心に当てられ、探偵に憧れを持つ茆妃は嬉しそうに思考を巡らす。


突然、突きつけられた謎。


これを解くなというのは酷というものだ。


こうして思考に思考を重ねた結果、茆妃は何とか、いくつかの可能性を導き出す。


そして、徐に口を開いた。


「例えばの話になるんだけど……

下谷万年町に住んでいる人が自分の体験した噂を広めたという可能性はないかしら?」


「いや、それは可能性としては、ほぼ無いだろうな?」


「なんで、そう断言できるの?」


「簡単な理由だ

噂というのは一般生活層の人たちの間で広がるものであって、貧困層の人たちが流しているものではないだろ?」


「言われてみれば、そうかも……」


茆妃は花蓮のそんな一言に少なからず納得し、渋々頷く。


「だから貧困層の人たちと接点のない一般生活層の人たちの間で噂が広がることは無いんだよ

そう考えると普通に噂を広めたのは、一般生活層の人間ってことになるんだけど……」


そう言い終えたあと花蓮は答えを出せないまま一瞬、沈黙する。


(でも一体なんのために一般生活層の人間が、下谷万年町に来たんだ?)


考えれば考えるほど、まともな答えが出てこない。


ならば、逆に考えられる可能性は一つだけだった。


まともではない理由で下谷万年町を訪れたという結論……。


恐らく、それしかあるまい。


そして、考えられるものといえば……。


「ねえ……私、思ったのだけど……

さっき花蓮が言っていたことが事実だとしたら下谷万年町に来ていた一般生活層の人って、何か如何わしいことをしに来ているんじゃない?」


「やっぱり、そう思うか?

実はさ、私もそう考えていたところなんだよ

それで、いくつか可能性を考えてみてたんだけどさ

聞くか?」


「勿論、聞きたいわ

それで花蓮が考えた可能性って、どういったものなの?」


「そうだな……

一つは下谷万年町の住人の女性が体を売って生活をしていた可能性だな

それなら一般生活層の人間が下谷万年町を訪れるのも、おかしいな話ではないからさ」


「は~……

それ……最悪過ぎるから絶対にあってほしくないわ」


花蓮から告げられた一言に、茆妃はタメ息をつきながら心底嫌そうな顔をする。


しかし……。


「でもさ、もう一つの可能性の方が、もっと最悪なんだよな」


「もう一つの可能性……?

それって一体……」


「本当に言っていいのか?」


茆妃の問いに対し、花蓮が覚悟を問うように告げた。


「ここまで聞いて今更、聞かないという選択肢はないでしょ?

勿体ぶらないで早く教えて頂戴よ」


「気分の悪い話だから、気持ち悪くなっても自己責任だからな」


そう念押しして、花蓮は重々しく口を開く。


こうして、語られた内容。


それは……。


「実は昔、古乃破姉さんから聞いた話になるんだけどさ

ある貧困層の人々がヒッソリと住まう集落があったんだよ

その集落では、その日の糧を得るために女性が体を売るのは日常茶飯事でな

場合によっては、はした金を得るために自分の子供まで売る親も居たんだよ」


「親が自分の子供を……?

なによ、それ……

とても正気とは思えないわ」


「そう思うだろ?

でもさ、そこに住んでいる人たちにとっては、それは普通のことだったんだ

まあ、そんな風に倫理感が狂いまくっているから自ずと、そこを訪れるよそ者も倫理感が欠如している連中ばかりでな

かなり、胸糞悪い状況だったんだよ」


「そうなんだね

ちなみに、どんな風に倫理感が欠如していたの?」


「まあ、例を挙げるなら貧困層の人々を金で買って人体実験をするとか……

後は人気のない時間帯を利用して、通り魔殺人をする輩がいるとかみたいな感じかな

な、胸糞悪い話だっただろ?」


「人体実験に通り魔殺人って、狂っているにも程があるでしょ!?

でも殺人なんて起こったら普通、警察が動くはずよね?」


「いや、ところがそうじゃないんだよな」


「何でよ?」


花蓮の一言に納得できず、噛みつく茆妃。


しかし、茆妃から発せられた問いに対し、花蓮は心底嫌そうに答える。


「貧困層の人々が住まう場所ってさ

大半が一種の無法地帯なんだよ

だから治安も悪いし、警察も簡単には手を出せないんだ

だから、やりたい放題ってわけさ」


「そういうこと……

要するに西洋でいうところのスラム街ってわけね」


「巣羅無……なんだって?」


「スラム街よ

貧困層の人々が住まう、荒廃した地域のことを

海外では、そう呼んでいるわ」


「へ~、初めて聞いたな」


「良かったわね、一つ賢くなれて」


「余計なお世話だ」


「そんなことより、何で古乃破さんはそんな無法地帯に足を運んだのよ?

警察官でもないのに……」


古乃破の行動を意味。


そこに違和感を感じた茆妃は徐に、そんな疑問を投げかける。


その問いに対し、花蓮は呆れたような表情で言った。


「やれやれ……

随分と、くだらない質問だな?

決まっているだろ

古乃破姉さんが関与する事柄といえば、妖絡みの依頼だよ」


「妖絡みの依頼……

一体何があったの?」


「集落に餓鬼玉が出現したんだよ

それで周囲の人間が喰われて、古乃破姉さんが退治しに行くことになったんだ

まあ、それは何時ものことなんだけどさ」


「なんで、そんなものが……」


「まあ、こういった人の闇が潜む場所にはな

欲望や怨念が集まるから妖が生じやすい環境が整っているんだよ

ちなみにその村は貧しかたっため、皆が飢えていてな

他者を犠牲にしても自分は食事にありつきたい

生きたいという思いが渦巻いていたらしいんだよ」


「つまり、その思いが一つになって餓鬼玉が生まれたってことかしら?」


「まあ、そういうことだ」


「ということは、つまり……」


「ああ、下谷万年町も同じような状況があるならさ

その集落と同じようなことが起こり得るってことだろうな……」


花蓮は緊張した面持ちで、茆妃にそう告げた……。





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?